97話 エルフの都からの帰還
九月四日。
今日は休日だというのに、早朝から外の景色が一望できる学園の庭へと多くの生徒が集まっていた。
生徒たちは列を成し、先頭にはエルナスが腕組みをして立っている。そしてその横にいるのはユーラシア。
「さぁ、間もなく時間だ。盛大な拍手で迎え入れよう!」
エルナスの大声が響き渡った直後、朝日に照らされ天を駆け抜ける数頭のペガサスが皆の視界に姿を現した。
その瞬間拍手喝采とともに盛大な盛り上がりを見せる生徒たち。
更に、遠方の海面からボコボコと気泡が生じ始め、そして姿を現したのは、上半身が美しい女性の姿をしており下半身は魚の姿をしている「マーメイド」。一滴一滴の輝く水しぶきに、透き通るような白い肌、水の中で踊るように滑らかな泳ぎ。それら全てが重なり合い、遠くの景色だというのに見る者全てを虜にしてしまうほどの芸術作品と化している。
下級生は滅多にお目にかかることのできない魔法生物であるため、生徒たちの興奮は最高潮。
しかし、興奮の理由はそれだけではない。
魔法生物たちを優雅に乗りこなす存在に魅了されてしまっている生徒たちも多くいる。
彼らは人類の大半が見ることはできないと言われているエルフたちが暮らす、『エルフの都』の帰還者。憧れてしまうのは当然。
「どうだ?魔法生物を初めて見た感想は」
「実は一度、ペガサスには乗ったことがあるんです」
エルナスは興味深そうに目を細めてユーラシアを見る。
「ほぉ〜、学園の管理していないペガサスというと、もしかしてウィザードファミリアのペガサスか?」
「はい。あの時はフェンメルさんと一緒に乗ったんですけど、とても素晴らしかったことを鮮明に覚えてます」
ユーラシアは、フェンメルとともに満点の星空へとペガサスに乗せられて飛び回った美しい記憶を思い出し、天を駆けるペガサスの群に視線を向ける。
「そうか、フェンメルと一緒だったとはいえ、背中に乗せてもらえたということは、少なくともお前はそのペガサスに心を許されたということだ。ユーラシアには魔導祭の二日目から出てもらう予定だったが、やはり素質はあったか——————よしっ」
エルナスは何かを決心したように真っ直ぐな瞳を天を舞うペガサスに向けて、口笛を鳴らす。
直後、頭上から計五体のペガサスが庭の中央へと舞い降りる。
「ただいまぁ〜エルナス先生!」
学園へ着くなり、真っ先にエルナスに飛びつく女子生徒。
「そんなに私に会いたかったのか?」
エルナスが冗談まがいでそう言うと、女子生徒はエルナスの胸に埋もれていた顔を上に向け、満面の笑みを見せる。
「うん!私、先生のこと大好きだからね〜」
女子生徒は、ロングの茶髪をゆらゆらと揺らしながら、エルナスの大きな胸へと顔を押し付け離さない。
その間にも、マーメイドに乗り学園へと帰還した生徒三名もペガサス組と合流する。
「いい加減話してくれるか?ラウロラ」
「仕方ないな〜。その代わり、後でたっぷり私のために時間作ってほしいな」
エルナスはまるで我が子に向けるのような微笑ましい笑みを浮かべる。
「全くお前という奴は、遠征を経て更に強さに磨きがかかったようだが、中身は何一つ変わらんな」
「だって私は私だもんっ———っと、あれれ?そういえば、なんか随分と知らない顔が増えてるね?」
「当たり前だろ。お前たちが遠征に行ったのは今年の一月。今は九月だぞ?新入生たちも大勢入学した。まぁ、その話も含めて、お前たちのいなかったこの八ヶ月間の話を後でしてやろう」
そうして、エルナスは一度黒服を着ているラウロラたちに背を向け、白制服のユーラシアたちへと視線を向ける。
「ここにいる黒服八名の生徒たちは、学園の代表として八ヶ月間『エルフの都』へと遠征に出向いていた者たちだ。この者たちは我が学園の誇りである。そして、お前たちもいつかこの者たちと肩を並べられるくらいの存在へと成長して欲しい!それでは、今一度大きな拍手を!」
またしてもエルナスの大きな掛け声により拍手喝采が巻き起こる。
「ねぇねぇエルナス先生?その子ってさ、一年生だよね?」
「そうだ」
「これは女の勘ってやつなんだけどさぁ、もしかして先生、その子のこと気に入ってる?」
「よく分かったな。彼はユーラシア・スレイロットだ。私にとっては、お前と同じくらい興味のある生徒と言えるだろう」
その瞬間、ラウロラの瞳が輝きを帯び、強くユーラシアへと向けられる。
「ちょっ、顔、近すぎませんか?」
お互いの吐息が肌にかかってしまうほどラウロラの顔が目の前へと迫ったことで、ユーラシアは思わず動揺してしまう。
「可愛い反応だねぇ。そっかぁ、スレイロットくんって言うんだ〜あれ?・・・あれあれあれ?スレイロットってもしかして、あのスレイロット?」
「そうだ。お前が思っているスレイロットだぞ」
なぜだかエルナスは自慢げな表情を浮かべる。
それに対して、以上にテンションの高いラウロラ。
しかしそれはいつものことなのか、黒服の他七名は、特に平然とした様子でラウロラを見守っている。
「わぁ〜そっかぁ、それは興味持っちゃっても仕方ないよね。だけど、少し嫉妬しちゃうなぁ〜。だけど私も君に興味出てきたからいっか!」
「ラウロラ。これは序の口だ。後でもっとユーラシアのすごい話を聞かせてやろう。もちろん、お前たちにもな」
そう言って、ラウロラ、そして後ろにいる黒服七名の生徒たちに視線を送ると、最後にユーラシアにも視線を向けた。
つまり、ユーラシアも一緒に後ほど校長室へと連行されることを示唆している。
ユーラシアは一人静かに気が重くなる感覚に襲われるのだった。
「おっと忘れるところだった。ユーラシア、今度は一人でペガサスに乗ってみせろ」
エルナスの唐突な無茶振りに、ユーラシアだけでなく、周囲の生徒たちまで状況が飲み込めない状況が生じる。
「エルナス先生。ちょっと、ちょっと待とうよ、え?この子一年生なんでしょ?何でペガサスに乗せる必要があるの?」
「丁度いい機会だ」
そう言うと、エルナスは悪い笑みを浮かべる。
「皆聞け!このユーラシア・スレイロットは、一ヶ月後に開かれる魔導祭にて、学園創設以来初となる一年生での出場となる」
当然の如く飛んでくる理解不能だと訴える反対意見の数々。
中には、ユーラシアに向けられた直接的な悪口なんかも聞こえてきたり。
理不尽極まりない、過剰な贔屓だという意見、嫉妬が大半の意思。
「先生・・・・・ボク、やっぱり出場するのやめた方がいいんじゃ・・・・・」
止むことのない罵倒や反対意見の圧に押されたユーラシアは、当然弱気な態度を見せる。
「何を言っている?本当のお前自身は、この場にいる誰よりもつよいだろ。悔しいがこの私よりもな」
そう言って、エルナスはユーラシアの背中を押して一歩を踏み出させる。
ユーラシアのすぐ目の前には大人しく鼻息を鳴らすペガサス。
「先生がどうしてあの子を魔導祭に出場させようと思ったのかは、これから私の目で確かめればいいとしてもだよ。ペガサスやマーメイドを乗りこなせる素質は、戦闘の実力とは関係ないこと、先生なら知ってるでしょ?」
ラウロラは、エルナスの考えが全く読めずに不思議そうな表情を浮かべる。
「勿論だ。私も始めは、ユーラシアを魔導祭の二日目から出場させようと思っていたんだがな、どうしても試してみたくなったんだ」
「だけど、魔法生物との信頼関係は、すぐには構築できない。まぁレプラコーンとかは別にしてさ。だからまずは、最低限の信頼の勝ち取り方を教えてあげ————————うっそ⁉︎」
ラウロラの言う通り、魔法生物に信頼してもらうためには、月単位の信頼構築の時間が必要となる。
実際、十月の魔導祭の魔導レースに出場する生徒たちは、すでにそのレースに使用する魔法生物との信頼構築期間へと入っている。
しかし今、ラウロラたちは目の前で信じられない光景を目にする。
それは、ユーラシアの伸ばされた腕を拒否するでもなく、むしろペガサス自らユーラシアの手のひらへと頭を近づけに行ったのだ。
更に、首をクネクネと動かしてユーラシアの顔へと自身の顔を何度も何度も嬉しそうな声をあげて擦り合わせている。
こんな光景、熟年のペアでなければ見ることができないほどの現象。よっぽど、ペガサスから信頼、愛情を持たれていなければあり得ないこと。
「ちょッ!」
次の瞬間、ペガサスは己の翼を堂々たる表情で大きく広げると、ユーラシアを背中へと導き、そして勢いよく天高く舞い上がった。
「私は今、夢を見ているの?」
普段はテンションの高いラウロラでさえ、大人しくなるほどユーラシアとペガサスに感情を視線を奪われてしまっている。
先ほどはユーラシアへと批判を浴びせていた生徒たちも皆が静まり返り、その視線全てが天で美しく舞うユーラシアとペガサスに釘付けとなっている。
時間にして僅か一分ほど。
ユーラシアとペガサスは地上へと降りて来て、ペガサスは背中から降ろしたユーラシアへと自ら先んじて頭を垂れる。そしてユーラシアも続くように頭を下げた。
「すごーい‼︎君すごいよ!え?何?一体何をどうしたら、あんなに美しく飛ぶことができるの?ねぇ、教えて」
興奮が爆発して止まらないといった様子のラウロラの圧がユーラシアへと迫る。
ユーラシアの困る姿などお構いなしで、ラウロラは瞳をより一層輝かせる。
「やめたげなよ。彼こまてるね」
すると、ラウロラと同じく黒服を着た男子生徒が助け舟を出してくれた。
「ラウロラに気に入られるとか、災難だたね。だけど、僕も君に興味出てきたよ」
興味がある者の表情とは思えないほど無表情な男子生徒。
「ちょっとぉー!私に気に入られて災難ってどう言う意味かなぁ?マリック」
ラウロラは両頬を膨らませて、あたかも怒っていますよアピールをする。
「そのままの意味」
「ひどーい!」
「こらお前たち、他の生徒たちの前だぞ。全く・・・・・よしっ。それじゃあ、積もる話は校長室でするとしよう」
そうして『エルフの都』遠征組計八名と、エルナス、そしてユーラシアは校長室へと向かうのだった。




