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竜魔伝説  作者: 融合
神攻編
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96話 樹の雫

 翌日。

 ユーラシアは放課後に、西館にある魔法研究科研究室へと訪れていた。

 約三ヶ月ぶりの来訪である。

 研究室内には人の姿が見えず、明かりも数箇所のみ付けられている状態。

「おっ、誰かと思えばユーラシアじゃないか!随分と久しぶりだな。どうしたのだ?もしかして、また研究に協力してくれる気になったのか?」

 イニレータがくりっと、それしてパッチリと開かれた大きな瞳を輝かせてユーラシアへと向ける。

「今日は室長に話があって来たんだ」

「室長に?それはまた珍しいな。一体何の要件なのだ?」

 イニレータはすでにユーラシアには擬似魔力樹が施されていることを知っているため、隠す必要はない。

 それに、世界樹の話が伝わるのも時間の問題。

「イニレータも一緒に聞く?」

「いいのか?」

「その代わり、今日ボクから聞いた話は誰にも言わないでね」

 イニレータは任せておけ!と、自信満々な様子で平たい胸をポンっと叩く。

「そういえば、今いるのはイニレータだけ?他のみんなはどうしたの?」

「魔法研究科は、魔導祭には一切関与しないからな、実質二ヶ月間の夏休みなのだ。その間は研究室に来るも来ないも各自の自由。マーラとポディーノは実家に帰っているらしくてな、後一週間ほどで学園に戻ってくると言っていたぞ」

 以前来ていた時は、静かながらも常時機械音が鳴り響いていたが、今はそれすらもなく、二人の会話のみが室内に響いている。

「イニレータはすごいね。先輩たちが休んでいる時にも一人で研究なんて」

 イニレータはない胸を自慢げに反らせてみせる。

「私は優秀だからな!だけど、魔導祭直前の九月末には、試験がある。今のところ私はずっと研究室のメンバーを維持し続けているが、それも楽ではないのだ。私だって毎日毎日焦りの絶えない日々を送っているのだぞ」

 そう話すイニレータの目元には、若干寝不足から来るクマができていた。

 表面上はいくら明るく振る舞っていようと、毎日のように先輩たちの圧を感じて過ごす日々は、決して楽ではない。もちろん、大好きな研究をすることは楽しいだろうが、その分嫌味なことも言われている。

 イニレータは、それでも一度たりとも挫けずに努力し続けている。

 ユーラシアの中に、イニレータを尊敬する感情が芽生えた。

「ほんとに、すごいね」

 その瞬間、研究室の扉が開かれ一人の老人が入って来た。

「室長。ユーラシアが話があるみたいだぞ」

「話とな?」

 室長は軽くユーラシアへと視線を向けると、すぐさま自室へと歩き出す。

「そこで待っていろ」

 そうして椅子に腰を下ろして数分待っていると、私服から白衣に着替えた室長が青い光の扉の先から姿を見せる。

「それで、改まってワシに話とは何かの?」

 室長はコーヒーを片手にデスクの上へとお尻をつく。

「もしや、おぬしの力の話か?」

 ユーラシアは驚いた様子で目を見開き室長に視線を向ける。

「そ、そうです。どうして分かったんですか?」

「なぁに簡単なことよ。ワシはかつて、それなりに腕の立つゴッドスレイヤーであった。まぁ、もう何十年と昔のことだが。それに、これまでいくつの擬似魔力樹を作って来たと思っとる」

「それは初耳なのだ!もしかして、今の話も内緒にしておいた方がいいのか?」

 イニレータは驚きと戸惑いの表情を交互に浮かべる。

「別に隠すことでもあるまい。それよりも、おぬしの話を聞かせてくれるか?まずはそれからだ」

「はい」

 ユーラシアは、自身の魔力樹が本当は世界樹であることを明かした。

 そして、その世界樹がある人によって封印された理由と、その封印の鍵として擬似魔力樹が作られたこと。作った本人がその鍵の開け方、つまり、擬似魔力樹の解き方を知らないということを話した。

「それはとてもとても驚きなのだ‼︎まさかユーラシアの魔力樹が世界樹とはな。マーラとポディーノのにも早く教えてやらなければ!」

 ユーラシアの話を聞いたイニレータは、まるで幼い子供のようにテンションが上がりまくってしまっている。

「まぁ、ボクの魔力樹が本当は世界樹だってことが広まるのは時間の問題だからね。だけど、封印の話とかはしないでね」

「分かってるのだ。どんな形であれ、擬似魔力樹の話はあまり広めない方がいいのだろう?そのくらい分かっている」

「なるほどの、それで擬似魔力樹のスペシャリストであるワシならば何とかできると思ったわけか」

 スペシャリストだとは思ってはいないが、ここは頷いて見せる。

「結論から言うと、解くことは可能じゃな。しかし、それをすればおぬしの体が保たんのじゃろ?」

 それからユーラシアは更に、オルタコアスがゴッドティアーにより襲撃されたこと。そして、そのゴッドティアーから世界樹の力で国を民を守ったことを伝えた。

「そ、それほどの力がユーラシアにはあるというのか?ひょっとして、この間西側から感じたとてつもない大きい魔力の正体は、ユーラシアだったのかっ!」

 流石のイニレータもユーラシアのぶっ飛んだ話に動揺しまくりの様子。

「誰一人、犠牲を出さなかったのか?」

 ここで初めて、室長は動揺の色を見せ、唖然とした様子でユーラシアへと質問する。

「運良く、守りきることができました。だけど、今後また同じような危機に晒された時、もう一度封印が解けて力を振るうことができるか分かりません。だから——————」

 ここでユーラシアは、室長の瞳の視点が合っていないことに気がつき、話を一度中断させる。

 室長はまるで、何かを考えているように心ここに在らずと言った様子。

「室長?室長?ボクの話聞こえてます?」

「ん?あ、あー悪いの。少し考えごとをしてしまっていた」

「ボクは、どんな危険が訪れてもみんなを守りたいんです。だから、封印を解く方法を教えてください!」

 室長は紙とペンを用意すると、そこへ簡単に魔力樹と魔力核の関係図を描く。

「いいかの。魔力樹の魔力は、宿主の体内にある魔力核へと供給される。そして、その供給度合いは常に一定となっており、魔力樹の大きさに供給量は比例する。つまり、今封印を解けば、おぬしの魔力核は数分と保たずに崩壊するじゃろう。これまで無事じゃったのは、ほんの一瞬の出来事だったから。それでも負担はかなり大きかったために、必ず気絶したのではないかの?」

 ユーラシアは図星を突かれて黙る。

 しかし、体ができていないことはユーラシアとて理解している。理解しているが、もしまたゴッドティアー並みの攻撃を仕掛けられた時に封印が解けなかったら?

 そう考えると、とてつもない恐怖に襲われてしまう。

 死した者を生き返らせることは、誰であってもできはしないのだ。

「まず間違いを訂正しておこう。ワシができるのは封印を解くのではなく、擬似魔力樹を解くこと。封印は、術者本人でなければ解けないからの。次に、擬似魔力樹共々封印が解ける条件・・・・・それは、成長すること。おぬしとて分かっとると思うが、肉体が成長すれば、その分内部の魔力核も成長してゆく。赤子の段階でかけられた封印ならば、成長とともに封印に穴が空いてゆく。こんな風にな」

 室長は、世界樹→擬似魔力樹→魔力核の順に描いた図の世界樹から擬似魔力樹へと向けられる→の大きさが魔力核成長とともに膨れ上がる様を描く。

 世界樹→の部分にかけられている封印の大きさは変わらないため、次第に膨れ上がる→に封印が追いつかなくなる。

「そうなれば、いずれ封印の枷から壊れてゆき、自ずと擬似魔力樹も崩壊し、世界樹の力を使用できるようになるじゃろ」

 ユーラシアの『竜王完全体』は、初めは『竜王』という果実から始まったが、今では魔法ではなく、己の肉体そのものと化している。

 そのため、擬似魔力樹が壊れても何ら影響はない。

 以前例えた川の流れを改めてより正確に例えると、元々の川の水が流れる器の部分が魔力核だとすると、ポンプから押し出される川の水の量と勢いに器が耐えられなければ、水は器からはみ出てしまう。そのため、成長するまでポンプの出入り口に流れを止める壁を作る。しかし、そこから微小に漏れ出る水を逃さぬように作った細い器が擬似魔力樹。そして、魔力核=外側の器は、次第に広く成長していき、ポンプの入り口も同時に成長していく。

 そうしてある程度成長すれば、ポンプの出入り口に張っておいた壁は崩れ、細い道も崩壊する。

 しかしあくまでもこれは例えであり、実際に擬似魔力樹は封印をより強固にする鍵の役割を成している。そのため、擬似魔力樹を取り除けば、封印はより解けやすくなってしまう。

 ただ、あれほど大きな魔力樹だ。

 一体何歳になれば自然と封印が解けるのかは分かったものではない。

「もし、室長の言うように自然の崩壊を待つなら、後何年かかりますか?」

「人によって成長のスピードは異なるため、何とも言えんが、今の状況から推測するに、少なくとも学園在学中には無理じゃろうな」

 となると、少なくとも十七歳を迎えるまでは封印を解くことはできないということになる。

「じゃが、あくまでも自然に封印が解けるのを待つならの話よ」

 そう言って白衣のポケットから、長さ五センチほどの円柱のカプセルを取り出す。その中には、得体の知れない青白い発光する液体が入っていた。

「何なのだそれは?」

 真っ先に興味を示したのはイニレータ。

 食い入るようにカプセルに顔を近づける。

「これは『樹の雫』と言っての、擬似魔力樹のみに効果のある削除の薬じゃよ。使用方法は至ってシンプル。おぬしの擬似魔力樹に直接雫を垂らすだけ」

 室長は樹の雫をユーラシアへと手渡す。

「え?貰ってもいいんですか?」

「数はあるからの。それに、短い間じゃったが、生徒たちの研究に協力してくれたお礼だと思ってくれればよい。だだし言っておくぞ。使う時は自己責任。命を失う危険がおぬしには付き纏っていることを忘れるなよ?」

 八十歳を超えているとは思えない貫禄の目つきを向けられ、ユーラシアは息を飲まされる。

「——————はいッ」

 その後、何やらイニレータが駄々を捏ねていたが、「おぬしにはまだ必要ないじゃろ」と一喝されるやり取りを最後に、ユーラシアは研究室を後にした。


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