89話 探し人
ローズ・シャーレンの魔法属性は、無属性よりも希少な光属性。扱う魔法は「信頼」。
彼女の扱う信頼魔法の一つには、両者信頼していることが条件となり、その条件を満たした者へとローズ自身の思考を念写することができるというものがある。要するに、自身の思考を他人と共有することができる。
ローズは西側ゴッドスレイヤーの隠密班と呼ばれる隊のリーダーであり、その班員約五十名が統一の思考の元で行動している。言わばローズのための部隊である。
しかし、彼らは自らローズの思考を望み、ローズはそれに応えてあげたにすぎない。彼らは皆、何かしらの理由で迫害を受け、居場所を無くしてしまった者たち。そんな彼らに救いの手を伸ばしたのが紛れもないローズなのである。それ故に、信頼よりも強固な絆によってローズと彼らは繋がっているのだ。
しかし、彼らは一見何でもローズの意のままに従わせることのできる存在かにも思えるが、思考の共有をしたとしても百%が思い通りになるわけではない。
彼ら一人一人は当然だが異なる人間であるため、思考は同じでも性格や意思の強さなどの根底が異なっている。
例えば、オルタコアスで気絶するユーラシア、アート、ミラエラを包囲した際、ローズの意思とは無関係に部下が発砲してしまったのは、『銃弾を放つ』というローズに生じた思考を、ローズ自身は意思の強さで制御することができたが、意思の弱い部下たちではそうはいかなかった。
そしてローズの「信頼」による思考の念写は、自らの思考を自身に念写することもできる。
例えば、あるAという人物を思い浮かべた思考を物理的に自身に念写したとすると、ローズの外見はAの外見となる。この魔法も同じく他人にも適用できるのだが、両者が信頼し合っていることが条件となる。
そしてローズは、オルタコアスで見た一件をユーリへ話した後、ユーラシア・スレイロットの人物像を「信頼」により思考念写しようとしたのだが、なぜだかできなかった。
ユーリへと普段は冷たく当たりつつも、信頼し合っていないはずはないと、ローズは疑ってすらいなかったのだ。
そのためローズは、ユーリへの思考念写ではなく、自身へと念写をして自身の思うユーラシア・スレイロットへと変身した。
その姿は、アート・バートリーのもの。
ローズはそれが間違った認識だと気づくことなく、ユーリにも間違った認識を植え付けてしまった。
場所:オルタコアス(入場門)
「まさか、あんな顔するなんてね」
ローズは先ほど、自身の思考念写が使えなかったことに関して見るからに悲しそうな表情を浮かべていた。
「だけどわざとじゃないんだぜ?俺が信用できるのは、王だけだからな」
「次の者!」
ユーリは無事検問を通過すると、その周囲には興味津々な様子でユーリに視線を向ける民たちが多く集まっていた。
大抵、ゴッドスレイヤーの名前は世界的に広まっていたとしても、その素顔まで知っている者はそうそういない。ゴッドスレイヤーたちは、普段神への手掛かりとなりそうな遺跡調査や素材調達のためのダンジョン探索など、市民たちの目が届かないような場所での任務をこなしているのだ。勿論、大々的に顔が知られているゴッドスレイヤーも数多くいるのは事実だが、ユーリは比較的顔は知られていない方。ましてや西側領土ともなると、名前を聞いても知らない者がいたとしても不思議ではない。エルナスなどは、本職が校長なため、名前を聞いてもゴッドスレイヤーであると分かる者は少ないだろう。
しかし、先ほどの検問所で名前を呼ばれた瞬間、瞬く間にユーリへと民たちの視線が一気に釘付けとなったのだ。
例え自ら民たちに顔を売ってはいなくとも、東側ゴッドスレイヤー最強の男ともなると、噂が噂を呼び遠方の地まで広がっていく。
情報収集するにあたり、目立ちすぎるのは賢いとは言えない。しかし裏を返せば世界樹を崇めているという民たちに警戒されずに情報収集できるということでもある。
しかしユーラシア・スレイロットは、既にこの地にいないことはローズから聞かされている。
ましてや、魔力の気配を感じた日から今日で八日目。
勢いでオルタコアスへ来てしまったはいいものの、ユーリがどう情報収集しようかと悩んでいると、一人の老人が独り言のように呟いた。
「ユーラシア様がこの地に来てくれたおかげで、私らオルタコアスの民は、以前よりもより強い意志で団結することができるようになった。今日もあの美しいお姿を拝見したいのぉ」
ユーリはその発言を決して聞き逃さない。
「ユーラシア・スレイロットくんはまだこの国に?」
「もちろんじゃよ。昨日もお姿を拝見させてもらってのぉ。ありがたや、ありがたや」
老人は嬉しそうな表情を浮かべ、両手を何度も擦り合わせる。
そんな老人の発言に疑問を抱いたものの、あまり深く考えることはしなかった。
「黒っぽい髪に、赤い瞳・・・・・もしまだこの国にいるとなると、案外すぐに見つかりそうな気はするんだけどね」
この世界の人々は、ユーリの知る限り髪色が明るい者が多いい。そして、パッと見る限り周囲に黒っぽい髪色の者は一人もいない。
「何言ってるの?ユーラシア様は黒髪なんかじゃないよ!」
すると、近くでユーリの呟きを聞いていた少年から耳を疑うような発言が飛び出す、
「何だって?黒髪っていうか黒っぽい髪色だろ?」
「全然違うよ。だってユーラシア様の髪は真っ赤だもん」
事前に聞いていたローズの情報とは明らかに異なっている。
流石に軽く聞き逃すことなどできず、なぜ直接名乗られたというローズの情報に誤りがあったのかを思考する。
いや、そもそもこの少年の言っていることが間違っている可能性は?
しかしその線はすぐさま消える。なぜなら、周囲の者たちは、皆少年の意見に対して首を縦に振っているからだ。
「あっユーラシア様だ!」
「どこに⁉︎ほんとじゃ、ユーラシア様じゃよ」
「今日も神々しいわねぇ」
などと、一様に盛り上がりを見せる民たち。
そしてそれはユーリも同様。
即座に少年の目線の先へと視線を向けると、建物から姿を見せる真っ赤な髪の少年が見えた。
気がつくと、ユーリの足は考えるよりも先に動いており、一切の躊躇いなく声をかけていた。
「君が、有名なユーラシア・スレイロットくんかな?」




