87話 北側領土
北側領土。
そこは、年間通して平均気温がマイナス八十度と、比較的気温変動が見られないことで有名な領域となっている。
そのため、常に視界一帯は白銀の世界となっており、ミラエラの『氷界創造』の影響を受けた東側領土とその姿が重なる。
しかし氷界創造は凍結であったのに対して、北側領土は凍結された地の上に年中通してふさふさとした雪が降り積もっている。
北側領土では、全てが厚さ何百メートル、大きいものでは何千メートルともなる分厚い氷に覆われた大陸がそこら中に存在しており、人類はそんな大陸の上で暮らしている。そのため、基本的に大陸間を移動する際は海を渡らなければならなく、東西南の生活様式とは大きく異なっていると言える。
けれど忘れてはならないのは、この世界には魔法が存在しているということ。普通なら、これほど極寒の地で暮らすことなど不可能のように思えるが、魔法の力を駆使して各々が適切な生活空間を形成し、大陸間も瞬時に移動することもできる。
東西南北には、それぞれにゴッドスレイヤーたちが存在し、領域ごとに仕組みが異なっているわけであるが、住処の名称は「ホープァル」と統一されている。
そして、北側領土に存在するゴッドスレイヤーの住処ホープァルは、まさにとんでもない場所に存在していた。
それは、海底である。
海より陸の方が暖まりやすく冷えやすいとは言うものの、流石にこの寒さの中、海に潜るのは自殺行為に過ぎない。
しかし、海中に存在するホープァルへ行くためには自力で泳ぎ辿り着く必要がある。
なぜならば、海中に存在させるためには水の冷たさや海中生物などの外的要因から身を守るためにホープァルの表面にはあらゆる外的要因からの防護策が施されているからだ。そのため、魔力も阻害する効果も有しており、魔法陣の使用や移動系魔法の使用が制限されてしまっている。そしてそれはホープァルから地上へ戻る際にも当てはまることであり、同じく自力で地上へと戻るしかない。
まぁけれど、ホープァルに出向くのはゴッドスレイヤーくらいなもの。それほどの実力者ならば何の問題もなく辿り着くことができる。
「ハックションッ!」
水も滴るいい男。
水色がかった銀髪をかき上げ、海中から姿を見せたパンツ一丁の男の姿は、その顔面の美しさと鍛え抜かれた肉体美によりまるで一枚の芸術作品の様。
しかし、周囲で釣りをしていた人々は、そんな男に冷ややかな視線を向けていた。
「全く、これだからここは好きになれない。おかげで服が凍っちゃってるじゃないか。王の命を受け張り切って出て来たはいいものの、北の存在を完璧に考えに入れるのを忘れていた」
男は愚痴をたらしながらカチカチに凍ってしまった綺麗に畳まれてある自身の服を見つめる。
「この服結構気に入ってたんだけど」
「なぁ、変態さん。あんた頭おかしいのか?」
すると、釣りをしていた男の一人がドン引きな様子で得体の知れない美男子へと声をかける。
「俺は変態などではないよ。ユーリ・ポールメールという者さ」
男が名乗った途端、辺りがざわつく。
「え、ユーリって言やぁ、東のゴッドスレイヤーで一番強いって噂の——————」
「いやいや、一番は俺じゃない。俺は二番目の男だよ。ってことで、いい服を売ってるお店を紹介してくれないか?」
その後、ユーリは全身黒スーツ姿という意味不明な格好へと着替え、東側領土へ帰還しようとしたその時、西側領土の方面から今まで感じたこともないとてつもなく巨大な魔力反応を感じた。
「おいおい——————今の大きさ、冗談になってないぜ?」
一体何が原因であれほど巨大な魔力が放たれたのかは不明だが、とてつもない事態が起こっていることだけは確実。それも、神に関係していることで。
そう判断したユーリは、再度西側領土へ向かうことを決定する。
これまで、東から南、南から西、西から北を経て約二ヶ月程度の時間を要している。つまり、一つの区間に対して、三週間程度の時間を要していることになる。しかし、ユーリの実力ならばもう少し早く移動することも可能。ユーリは、神からの侵攻が間近に迫っている状況の中、少し観光気分で楽しんでしまっていたのだ。フェンメルを失った悲しみと怒りを忘れたわけではないが、マイペースなところがユーリの特徴なのである。
ユーリは瞬間移動系の魔法は使えなく、転移魔法陣も覚えてはいないため、主な移動手段は飛行となる。
魔法によって空を飛び移動をしている。当然、超速移動も可能なのだが、それでも領土間を移動するには数日の時間を要する。その間終始全力飛行を行うことなど不可能に近い。そのため、速度を抑えつつ移動を行っているわけなのだが、今は力をセーブしている状況にあらず。
「やるしかないかな」
正直、今のユーリは長旅によりかなり疲労が溜まっている。
しかし、ユーリは光速で空へと舞い上がった。
時間にして一時間。
魔力の反応からかなり時間が経ってしまっているが、ユーリは西側領土にある「ホープァル」へと辿り着く。
ホープァルの入り口付近に見える一人の女性の姿。
ユーリは魔力ギレでふらつく足を何とか押さえながら空を見上げて黄昏る女性の下へと歩み寄る。
「君が黄昏れているなんて珍しい。貴重なものを見せてもらった」
腰に拳銃を携える長身の美女は声の元へと振り向き、心ここに在らずと言った表情でユーリのつま先から頭のてっぺんまで視線を動かす。
「久しぶりと言った方がいいのか?随分といい趣味をしているんだな」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
ユーリは飛びそうになる意識を何とか保ちながら早速本題を切り出す。
「さっき感じた巨大な魔力は一体何だい?」
それを聞き、女性は驚いた反応を見せる。
「まさか、あの一瞬の間に飛んできたのか⁉︎」
よく見れば今のユーリの格好は、髪は乱れ、スーツは所々破けてボロボロになってしまっている。
「海水浴後、直行でね」
それに息も荒く、明らかに魔力ギレを起こしている様子。
「ローズ。一体何が起きたんだ?君のその悲しげな表情と何か関係があるの?」
「関係があると言えばあるが、ないと言えばない。私はただ、自分が臆病であると再度思い知らされてしまっただけだ。だって雨が降らされたなんて、誰だって信じたくはないだろう」
ユーリの意識が徐々に遠のいていく。先ほどよりも腰が低くくなっていく。
「もしかして、神が現れたん・・・じゃ」
「お前もそう思うんだな、ユーリ」
直後、横からバタリッと倒れる音がする。
「ユーリ?大丈夫か?・・・・・おい、大丈夫かと聞いているんだぞ、私は」
ローズはこの光景が信じられないと言った様子で倒れるユーリに呼びかける。しかし当然返答はない。
「ユ、ユ、ユーリィ‼︎誰かぁ、誰か助けてくれぇーーーっ!」
ようやく心ここに在らずと言った様子から抜け出したローズであったが、愛するユーリが倒れ伏す現状を前にして、再度正確な判断力を失ってしまった。
その後は無事、ローズの叫び声を聞きつけた他のゴッドスレイヤーたちが意識のないユーリをホープァル内へと運んでくれた。
それから約一週間後目を覚ましたユーリは、巨大な魔力を観測したその日、現場に直行したというローズ班からその時の詳細を聞かされ、すぐさまオルタコアスへと向かうのだった。




