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竜魔伝説  作者: 融合
神攻編
79/270

78話 断罪の雨

 時は少し遡る。

 ユキは、グリシャが苦しみ出したタイミングでユーラシアたちの下から離れ、人気の少ない場所へと身を潜めていた。

「世界樹とはよく言ったものよな。たったの十歳で天へ届くほどの大きさとは。ユーラシア・スレイロット、わらわたちの最大の脅威になりうる存在か。其方はここで始末させてもらうぞ」

 ユキは手のひらを地面へとかざすと、直径一メートルほどの水溜りを生じさせる。

 


「神技『舞狂の咎人』」

 


 ユキが使用する水魔法は、魔法ではない。

 ユキは体内に魔力は有しているものの、その魔力を外部へと放出することができないのだ。なぜならば、ユキが使うは神の力。

 つまり、学園での格付け期間の際にも見せた「ムーンフォール」や十年前の「断罪の雨」は、水魔法ではなく、聖水による神技。

 聖水とは、神から与えられし聖なる水であり、不純物など無であり、ユキは聖水を思いのままに操れる。つまり、魔法ではなく聖水を利用することによって、頭の中でのイメージが具現化されるというわけだ。そのため、魔法のように魔力樹に魔法が実るのを待つ必要などなく、自ら好きな神技を生み出せる。

 故に、『断罪の雨』などという万物を貫くデタラメな広範囲攻撃を可能としているのだ。しかし力の上限はあるため、その範囲内での使用となる。

「生贄として捧げる魂は、腐るほどあるのでな」

「神技『舞狂の咎人』」とは、ユキが回収した生物の魂を媒介として、エルナスの傀儡のような操り人形を作ることができる技。媒介とする魂は人や動物、昆虫などなんでもあり。生前生きる意思が強かった魂ほど強力な操り人形となり、罪を犯す咎人と化す。また、媒介とする魂の大きさに人形の大きさも比例するため、昆虫の魂はオススメはできないが、媒介とする魂は複数混合でも可能なため、より強力な咎人を作り出すことができるのだ。

「死した者の魂を使うとは、貴様もかなりの邪道だな」

「誰だ⁉︎」

 ユキは咄嗟に声のした方向へと視線を向ける。

 そこには、アート・バートリーの姿があった。

「え、えっと、バートリーくん。どうしてここに?」

 ユキは咄嗟のことで猫をかぶるが、本人とて無理があることは承知している。

 まさか学園の生徒であるアートにこんな場面を見られてしまうとは、想像もしていなかった。それに、声をかけられるまでなんの気配すら感じ取ることができなかった。

 

 (この男は、自身の魔力すら一ミリの漏れなく制御してみせる天才。己の気配の全てを断つなど朝飯前ということか)

 

「臭い芝居は寄せ。俺はお前の正体を既に知っているのだからな」

「私の正体?一体何のことを言っているのか————」

 アートは揶揄うように鼻で笑うと、近くの壁へと余裕の態度でもたれかかる。

「最高神の手駒なのだろう?」

「最高神様だ」

 ユキは思わず反射的に発言してしまったことにより、既に後には引けなくなってしまった。

 まぁ始めから詰んでいたのだが。

「ボロが出るのが案外早かったな」

 そんなアートの嫌味な発言に眉を顰めるユキ。

「それで?其方はわらわをどうするつもりなのだ?」

「別にどうこうするつもりはない。ただ、コソコソと何をしようとしているのか気になったものでな」

「どうもしないとは、随分甘い戯言よ」

「本心だ。貴様の正体など、バベル試練の段階で気づいていた。もしも正体をバラす気がこの俺にあるのだとしたら、もうとっくの昔にバラしているとは思わないか?」

 ユキはアートの考えが全く読むことができず、更に渋い表情を浮かべる。

「其方は一体何者だ?それに本当の目的は?」

「フム、俺の正体か。そうだな、ユーラシアの友人とでも言っておこう。目的は先ほど言った通りだ」

「まぁよい。それよりも一つ確認しておきたい。わらわの正体は明かす気はないかもしれぬが、わらわの邪魔をしようとは思うか?」

「俺はユーラシアの味方であり、それ以外の者にとっては、敵でも味方でもない」

 ユキは思考する。アートの理屈ではユキ自身はアートにとって味方にも敵にもなり得ない。しかし、ユーラシアを狙おうとするユキはどうなのか、と。

 もしも邪魔となるようならば、ユーラシアまとめてアートも始末するまでだと即座に結論付ける。

 そうして話している間にも、水溜まりの中から、次々と黒くて流動的なコキュートスの人型の時の姿に似ている操り人形たちが誕生してゆく。

「ユーラシア・スレイロットをこの場で始末する。止めたくば止めて見せよ、だが、その時はその自信過剰な其方の鼻柱が折れることになろうぞ」

 鼻柱が折れる。そんなことはあり得ないとアートは心の中で確信しつつも。敢えて神陣営であるユキ・ヒイラギに自身の正体のヒントを与えるようなマヌケは犯さない。

「ユーラシアを倒すのは貴様如きでは無理だと断言しよう」

「邪魔をしないのならばそれで十分。其方こそわらわのことを甘く見過ぎではいないか?わらわは原初。始まりの神人ぞ?いずれは脅威たり得る存在とて、今はまだあやつはわらわに遠く及ばぬ」

 そう言い終えると同時に、計六体の操り人形たちが誕生した。

「其方の力も読めぬ故、今はまだ見過ごすが、侵攻すれば容赦などしないことだけは肝に銘じておけ」

 そうしてユキは、アートには興味が失せたように意識も視線も外し、これから咎人となる人形たちへと命を下す。

「ユーラシア・スレイロットをミラエラ・リンカートンの下から分断せよ。そうじゃな、ただ攻め入るだけでは、あの女に容易に阻止されよう。しかし、あやつを侵入者へと仕立て上げることで、僅かな動揺が生じるはず。よって、ミラエラ・リンカートンの前ではユーラシア・スレイロットを守り、その他の者に攻撃を仕掛けよ。分断後は、力の限りスレイロットを苦しめよ。そして邪魔する者は誰であろうと排除するのだ!」

 命を下し終えるなり、操り人形たちがボコボコと気泡を放ち始め、大きさの変わらぬ見た目も変わらぬ一つの人形へと収束した。

「数より質ということか」

「其方の言う通り。先の一体一体には二十五個ずつのあらゆる生物の魂を媒介として使用しておる。流石に魂一つ一つの生前の意思が強かったため、生み出す際には六体分になってしまったが、生み出した後に統合すれば良いだけのこと。要するにこやつには、計百個もの魂が宿っていることになろう。わらわのコキュートスを圧倒的な力でねじ伏せた存在を倒せるとまではいかぬだろうが、少しでも隙を作れればそれで良いのだ。直後、わらわが雨を降らせよう」

 ユキは少女の顔に似合わぬ下劣な笑みを浮かべる。

「ユキちゃん?」

 またもや予想外の人物が姿を現した。

 今回は、アートの時とは異なり、気が付かなかったのは自身の落ち度。あまりにユーラシアへと意識が奪われ過ぎていた。

 ユキは、一か八かいつものひ弱なユキを演じる。

「ミューラちゃん。どうしたの?」

「お二人を探しに来たんです」

「そうなんだぁ。今、少しバートリーくんとお話ししてるから、心配しないでみんなのところ戻ってて大丈夫だよ」

 おそらく、咄嗟のことでかなりぎこちのない笑みを浮かべていることだろう。しかしユキはそんな笑みを絶やさない。

「私の見間違いでしたらすみません。ユキちゃんは、何かいけないことを企んではいませんか?」

「え?何のこと?」

「ユーラシアくんを、苦しめようとしているのですか?それに、先ほどの雰囲気は一体何なんです?」

 怖いもの知らずでズケズケと踏み込んでくるミューラに、ユキは肩の荷を下ろした気分で視線を向ける。

「はぁ——————。馴れ合いは終わりじゃ。人間如きが、馴れ馴れしいにもほどがあるぞ」

 突然の急変に、ミューラは度肝を抜かれる。

「ゆ、ユキちゃん?いえ、貴方は誰ですか?」

 ユキは再び下劣な笑みを口元に浮かべる。

「ユキ・ヒイラギじゃ。これがわらわの本来の姿よ。それよりも、この段階で二人にもわらわのことが知られてしまったのは相当にまずい状況よな」

 そう言うと、ユキはアートとミューラへ両の手のひらを向け、隔絶空間へと誘う。

 その瞬間、アートの横からミューラのみが消えてしまった。

「どういう理屈かは知らぬが、やはり其方には効かぬのか。しかし、ミューラ・オルカーの接近にも気がついていただろうに敢えてわらわに悟らせず、それでいて技の行使は見過ごした。わらわの邪魔もしようと思えばいくらでもできただろうに・・・・・本当に食えぬ奴よな」

 勘ではあるが、アートには技が通じない気がしたため、敢えてミューラとアートに別々で隔絶空間へと誘う技を施した。その結果、自分自身には何かしらの対策を施したがミューラに関しては一切関与した様子を見せなかった。

 アートはこの時、モナフェスの威力を調整し、敢えてユキの片方だけの力のみを無力化したのだった。魔力の気配は一切しないため、ユキすらアートが何をしたのか理解できていない。

「けれど、其方がユーラシア・スレイロット以外において、誰の味方でも敵でもないことは信じるとしよう。だがそのユーラシア・スレイロットはこれよりわらわに葬られる運命にある」

「しつこい奴だな。お前はあいつの通過点に過ぎない」

 ユキは多少今の発言が頭に来ながらも、懐から取り出した真っ白な仮面を付け、フードを被る。

 その後アートには一言もくれずに天へと舞い上がった。



 

 世界樹の葉の頂点と同等の高さまで上がると、クリメシア王国同様に一都市しか存在しないオルタコアスなど、手のひらに収まるほど小さく見える。

 そうしてもう片方の手のひらを天へと翳すと、雲が日の光を遮る。

 そうして雨が降り始め、次第にその威力を増していく。

 地上へと土砂降りの雨が降っている頃、ユキは違和感を感じた。

 いつの間にか、オルタコアス全体を覆うほど巨大な結界が張られていたのだ。

 

 気のせい?いや、確かに合った気がした。天に視線を向けるミラエラの瞳と自身の瞳が。

 

 そしてそこにユーラシアは既にいない。

 どうやら、咎人が上手くやってくれたようだ。

 

「ミラエラ・リンカートン。確かに其方の結界は強力だが、それでは足りぬ」

 ユキは笑みをこぼすと同時に天へと翳していた手のひらをオルタコアスへと向ける。

 



 『断罪の雨』

 



 降る雨全てが、目では追えない速度を宿して地上向かって降り注ぐ。

 それは万物を貫く雨であり、十年前、人類へと絶望の二文字を刻み込んだ元凶である。

 そんな厄災が再び降らされてしまったのだ。

 ミラエラの張った結界などすぐに砕け散る。

 何の意味もない愚策。

 

 そして狂気の笑みに浸るユキの横で、気がつくと圧倒的な存在感を放つ世界樹が太陽のように眩い光を放ち始めたのだ。

 

「何事じゃッ!」

 

 しかし輝きはほんの一瞬。

 その姿を潜めたと同時に、オルタコアスを守護していた結界も砕け散った。

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