71話 アーノルド邸への招待 そのニ、一堂驚愕!
運ばれてきたデザートは、手のひらサイズのお皿の上に乗るグラス内で完結している一品であった。
デザートが盛り付けられているグラスは下向きの三角錐となっており、量的に言えば二、三口で終わってしまうほどの少量。けれども、夏の暖かな季節とは対照的に、雪のような真っ白いスムージーの中に存在するキラキラと輝く極小に散りばめられた金箔。グラスの底から伸びる螺旋状に作られたチョコレートの先端が数センチスムージーから飛び出しており、先端を囲うようにしてスムージーの表面へと虹のように色鮮やかなソースが円状に添えられている。
「美味しそうねぇ。さぁ、早速いただきましょう」
デザートの中核となるスムージーは常温が保たれており、それ以上でも以下でも温度が変化すると味に多少の変化を及ぼしてしまうため、話は一先ずここまでにして、ミルクはデザートを食べることを皆へ勧める。
「———だが、娘はやらんぞ!ユーラシア」
両親のことは認めているが、その息子までは認めていないという意味を込めて放つセーバの威圧感満載の一言。
そして、セーバの放った一言に誰よりも反応を見せたのは、他でもないシェティーネだった。
「ちょと、お父さんっ‼︎」
ユーラシアはここまで焦るシェティーネを初めて見るため、色んな意味で困惑してしまう。
戦闘時に焦る姿は何度か見たことがあるものの、こうも顔を真っ赤にさせ必死になって取り乱す様子は見たことがない。
「大丈夫だよ、シェティーネさん。多分、無意識に出ていたボクの態度が、セーバさんを誤解させちゃったのかもしれない」
「態度って?」
能天気に尋ねるミルク。
ユーラシアは、少し照れた様子を見せながら口を開く。
「シェティーネさんはすごく綺麗な人だから、気がつくと目で追ってしまってる時があるんです」
「ユーラシア⁉︎」
「ガキ・・・・・」
ミラエラとセーバがほぼ同タイミングで焦りと怒り、両極端な反応を見せる。
「ですが、心配は入りません!綺麗で、カッコよくて人気のあるシェティーネさんと、ボクじゃ釣り合いませんから」
心身ともに成長してきたとは言え、恋愛ごとに関して言えばまだまだ自分に自信を持っていない様子のユーラシア。
話し終えると、黙々と恥ずかしそうにデザートを口へと運ぶ。
シェティーネは、ユーラシアも自分のことが多少は気になってある事実を知れて嬉しく思ったと同時に、ユーラシア自身が自分なんかでは釣り合わないと思っていた事実に悲しさを覚える。
だからこそ、バレないように隠していた感情を表へと出してしまった。
「そんなことない!」
シェティーネは、無意識に出てしまった言葉を必死で口に手を当てて押さえ込む。
しかし時既に遅し。
ユーラシアの握っていたスプーンは「カランッ」と小さな音を立ててお皿の上へと落下した。しかし、再びスプーンを手に取る動作を見せることなく、シェティーネの真っ赤に染め上がった顔を見つめながら静止してしまっている。
「ちょっとユーラシア?しっかりして、ユーラシア!」
ミラエラは、ユーラシアの心が徐々にシェティーネへと傾きつつあることに焦りを抱いていた。
ミラエラの学園入学の目的は、ユーラシアに悪い虫がつくことを防ぐため。そのため、シェティーネの恋心は許容したが、ユーラシアの心まで傾いているとなると焦らずにはいられない。
「何やら気分のよくない展開になってきたみたいだな」
ユーラシアの謙虚な姿勢で怒りが引っ込んだはずのセーバだったが、何やら見つめ合う二人の様子を見ていたら、再び怒りが再発し始めてしまったようだ。
「セーバちゃん?」
しかし、笑顔のミルクがセーバの名を呼ぶと同時に、セーバの怒りは引っ込んでしまった。
ミルクの表情は笑っているが、目は怒っている。
「そこまでにしときなさい」
優しく諭すミルクだが、セーバを落ち着かせるには効果抜群だったらしい。
母強し!正しく、セーバはミルクの尻に敷かれるタイプなのだ。
ミルクはユーラシアとシェティーネとの恋愛に興味津々なのは確かだが、周囲のことを考えずに恋愛に水を差すような真似はしたくないのだ。それ故に大人しく見守ることにする。なのに、セーバときたら娘の気持ちも考えずにズカズカと二人の恋愛に首を突っ込む始末。それ故に多少の怒りをセーバへ向けたのだ。
「ゴホンッ、話を変えるとしよう。先ほど俺が放った「残影術 虚」を捌く際に見せたあの動き。祖父から聞いたことのある無刀流という剣技によく似ていた。ユーラシア、お前はどこでその流派を学んだ?」
「ダンジョン試験の時に出会ったオータルという剣魔から教わりました」
セーバは目を細めて、納得したように何度か頷く動作を見せる。
「なるほど、先ほどの動きも見事だった。無刀流を極めているということは、そのオータルという剣魔は、剣聖魔だな」
セーバは、横目を動かして背後を気にする仕草を見せた後、どこか悲しい面持ちで話し始めた。
「祖父から話を聞いたことしかないが、無刀流の創始者である男と祖父は友であり、よきライバルだったらしい」
世界は広いが、世間は狭い。
思わぬ繋がりが、ユーラシアを驚かせたのだった。
「祖父は八十二歳を迎えた身だ。そして、現在進行形で命の危険を要する昏睡状態に陥っている。もしもお前の師匠から創始者のことを何か聞かされているのなら、教えてくれないか?できることなら、死ぬ前に一度、昔の友と会わせてやりたいんだ」
突如ユーラシアの表情が曇った。
そして案の定、その願いは叶わぬことが知らされる。
「オータル師匠の師匠は、既に亡くなってしまったそうなんです」
セーバやミルクだけでなく、レインやシェティーネも曽祖父が昏睡状態に陥る直前、どんな人かまでは知らなかったが、昔の友と会いたがっていたことを知っていた。だからこそ、既に他界してしまっていることを聞かされ、悲しさに駆られていた。
再度重苦しい空気が漂う食堂。
そんな中発言したのはレインだった。
「そういえば、長期休暇はまだまだ残っているが、この後はどうするつもりなんだ?」
「決めてないわね。もう一度ソルン村へ戻るのもありだけれど」
「あのさ、ミラ。ボク、実は行ってみたい場所があるんだ」
そう話すユーラシアの瞳は、未知の物に対する好奇心、そして、これまでずっと胸に抱いてきた想いを宿して揺らめいていた。
「生まれ故郷に行ってみたいんだ」
かつてミラエラは、一歳にも満たない幼いユーラシアを両親との約束故に生まれ故郷から連れ出した。
ユーラシアは今自身の正体を知り、日々己の力を解放させていっている。
自身の生の原点に興味を抱くのは当然である。
突然ユーラシアの口から故郷に行きたいという発言が出たことには驚いたミラエラだが、その言葉自体への驚きはなかった。
なぜならば、ミラエラとていつかはその言葉を聞かされるであろうことは覚悟していたからだ。
「———分かったわ。すぐにでも出発しましょうか」
ミラエラは懐かしき転生したユーラシアと最初に出会った地。世界樹のある地を想像して優しい笑みをこぼす。
「十年ぶりね」
そんな二人のやり取りを見ていたシェティーネが興味を示す。
「あの、ユーラシアくん。よければ、私も連れて行ってもらえない?」
「ボクは構わないけど、ミラは大丈夫?」
「貴方の判断に任せるわ。けれど一つ言っておくと、ユーラシアの生まれ故郷はかなり遠いいわよ?それでもいいのならついてきなささい」
「場所はどこなんですか?」
どうやらレインもシェティーネ同様、クールな面して興味を抱いている。
「西側にある「オルタコアス」という村よ。いいえ、今はもう国となっているかもしれないけれど」
ここ東の領域とは真反対に位置する西の領域。そこには、ユーラシアの本来の魔力樹である『世界樹』が植えられており、その樹を中心として多種族を受け入れてくれる村が存在している。正確には、既に村ではなく小国となっている。
『ゴッドティアー』の影響で世界全土が多大なる影響を受けたとは言え、その地に存在していたオルタコアス以前の大国は、破壊により文明レベルをゼロにまで巻き戻されてしまったのだ。そのため、以前の住民は他界して今では文明も一から作り直され、新たな生命によって世界樹周辺にその恩恵を受ける土地が形成されている。
「え⁉︎オルタコアスってあの世界樹の?」
まず始めに反応を見せたのは、ミルク。
ここからオルタコアスまでの距離も驚愕に値する程だが、そんなことなどどうでもいい。それほどに、世界樹は有名であり、今に生きる者ならば知らぬ者はいない。
「えっ、ちょっと待って・・・・・ユーラシアくんは勇者の子供で、オルタコアス出身?」
シェティーネが何かに気がついたらしく、目を見開きながら思考に浸る。
「勘違いかもしれないが、世界樹が誕生したのも今から十年前のことだ。ユーラシア、お前まさか・・・・・」
レインもシェティーネ同様に何かとんでもない真実に行き着いてしまった様子。
そしてそれは、セーバとて同様に。
「仮に世界樹が勇者の子の魔力樹だったとして、真実は現地の者たちしか知り得ないことだろう」
実際に、アトラとメイシアが『ラストイルミネイト』を発動したのが今のオルタコアスである地であったというだけで、勇者に子がいるなど、世間の者たちは知りもしないのだ。知っているのは、実際にその地で暮らしていた者たちと、生き残ったその者たちからその話を聞いているであろうオルタコアスの住人のみ。つまり、ほとんどの者たちは世界樹=勇者の子だとは結びつかない。
だが、エルナスなどの勘のいい者や、ユーラシアについて知る者たちであれば、ユーラシア=世界樹であると結び付くのは自然である。
「考えれば不自然なことだ。ユーラシアから感じる微小な魔力の気配・・・・・。フッ、お前の親代わりだと言うその女の仕業だな」
ミラエラはセーバの発言に感心させられるとともに、薄らと笑みを浮かべた。
「ふーん。かなり頭がキレるようね。その通りよ」
セーバとミラエラ、そしてユーラシア以外の者たちは、セーバの発言の意味が全く理解できていないらしく、置き去りにされぬよう必死に頭を回転させている。
「ねぇ、一体どういうこと?セーバちゃん」
「ともかく、俺たちは今、とんでもない奴を我が家へ招いてしまっているようだ」
セーバは興奮する笑みを抑えつつ、ユーラシアへと好奇心を宿した笑みを向けた。
『擬似魔力樹』。その答えに辿り着いたのはアーノルド家でセーバただ一人。そして、セーバとてそのことを自分の口から話すべきではないことくらい弁えている。
「遠いいな」
すると、レインがボソッと何かを呟いた。
「兄さん?」
「認めるよ、ユーラシア。お前は、俺の前を行く存在らしい」
そう語るレインの表情は、ユーラシアへ向けるある想いを諦めてしまったかのようであった。
「兄さん」
「・・・・・レインちゃん」
シェティーネとミルクは、どこか切なさを含む表情を。
しかしセーバは、力の籠った強い瞳でレインの覚悟を見守っていた。そう、かつての自分が通った道を連想しながら。




