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竜魔伝説  作者: 融合
神攻編
71/269

70話 アーノルド邸への招待 その一、ユーラシア・スレイロットとはどんな奴か?

 馬車を走らせること三日。

 ようやくアーノルド邸へと到着した。

 アーノルド邸は、ポーメル国の中央都市「カーディナル」にあり、一際目立つ多少の赤みがかった崖の上に佇んでいる。

 崖の赤みは、いわゆる赤錆。崖を形成する岩の細部には、剣の材料となる金属類が多様に含まれているのだ。そして、崖の後方に海が広がっているために、その水分を吸い取り錆が生じてしまっているというわけだ。しかし、その金属の錆をやすることで、錆が取れた金属はより滑らかに何段階も上質な金属へと生まれ変わるのだ。更に、アーノルド邸が建つ崖を削ることで剣の材料を入手しているわけだが、海水に含まれる金属成分も吸収しているため、永久機関が生成されているというわけだ。

 カーディナルの特徴は、その発展した活気あふれる街並みを要するところにある。それは、王都クリメシアにも言えることだが、王都クリメシアは、街行く人や、街並みが洋風に飾られたところが特徴であり、カーディナルは和風に飾られた点が特徴なのである。

 そして、アーノルド邸の外見も、四角く横に広がりを見せる造りというよりかは、底面はほぼ正方形をしており、上に向かうほど細い造りとなっている。つまり、日本で言うところの・・・〜城のような様をしているということ。

 しかし、アーノルド家が剣魔のように刀を主として使うのではなく、剣を使うところに日本とは異なる文化を感じられる。

 

 補足だが、ポーメル国は、クリメシア王国よりもソルン村からは近い位置にあるのだ。しかし入学試験の際は、ミラエラが転移の魔法陣を使用したことで一瞬にして移動した。そして、ポーメル国にも今日をもって一度訪れたミラエラとユーラシアは、次から魔法陣を使用することが可能になったのだ。

 

 城のような大きな家。

 その周辺一帯を囲う巨大な壁の一つが扉となって開かれる。

 目の前に現れたのは、花木が生い茂る大きな庭。いくつもの大きな木々と、綺麗に揺らめく多様な色を持つ花たちがユーラシアたちを迎えてくれた。

 その後、ソルン村からの案内役に連れられて家の中へと通される。

 すると、レイン、シェティーネ、セーバ、それに、剣姫であるミルクが総出で出迎えてくれた。

 シェティーネとミルクは、ニッコリとした笑みを浮かべて、ユーラシアとミラエラの存在を喜んでいるように思えるが、レインとセーバはどうやら違うらしい。

 しかしレインの方は、どちらかと言うと気まずいような表情を浮かべている。ユーラシアは信用できる男であり、認めてしまっている自分もいる反面、妹のことも含めて認めたくない気持ち反面といった様子。

 一方、セーバは迷いない鋭い眼光でユーラシアをくまなく見つめる。

「お前が、ユーラシア・スレイロットか」

「は、はいっ」

 セーバは一歩踏み出してユーラシアへと言葉を投げかける。

 二人の間には、三メートルほどの距離が空いているにも関わらず、ユーラシアはその威圧感に押され一気に緊張に駆られる。

「魔力は抑えているようだが、立ち振る舞いは中々のものだ。それに、まだ十とは言え、それなりの色気もある。なるほどな、確かに男として魅力的な奴ではある」

 セーバは更に二歩、三歩と徐々にユーラシアへと近づいていき、腕一本分の距離で立ち止まった。

「なぜ、俺の娘なんだ?」

「え?」

 ユーラシアは、何の話をされているのかまったくもって理解できてはいない。

 ただただセーバの威圧感に苛まれるのみ。

 そしてセーバの凄みは更に増していく。

「お前ならば、他にも寄ってくる女子は大勢いるだろう?」

「え?・・・え?ちょっと待ってください。一体何の話を——————」

「とぼけてんじゃねぇーぞ」

 もはや十歳に向ける目つきではない。

 ユーラシアの隣にいるミラエラが殺意をムンムンとさせてセーバに睨みを利かしているが、まったくセーバは見向きもしない。

「俺の可愛いシェティーネを、たぶらかしやがって‼︎」

 セーバの口から飛び出した無数の唾が、盛大にユーラシアの顔面へとふっかかる。

 

「ウッ」

 

 ユーラシアは何とか目を瞑り堪える。

「ちょっと、私はそろそろ我慢の限界よ?」

「あ?」

 ようやくセーバがミラエラへと意識を向けたことで、険悪な空気が流れ始める。

 しかしそんな空気を断ち切ったのは、ミルクの一言だった。

「はいはい。そこまでよ〜とりあえず、長い距離をわざわざお越しくださったのだからご飯にしましょう!」

 そう優しく微笑みかけると、険悪な空気がフッとどこかへ飛んでいってしまった。

 セーバも毒気を抜かれたように大人しくなってしまった。

「はぁ、だな。とりあえずご飯にするか」

 そして昼食を迎えるため、皆は揃って大食堂へと移動する。


 

 流石はポーメル国一の金持ち。

 まるでパーティ会場のような広さを誇る食堂には、端に寄せられたいくつもの小テーブルに、中央には一際存在感を放つ長テーブルが置かれてある。

 そして、しわひとつない真っ白なテーブルクロスの上に並べられた六名分のオードブル。

 オードブルとして出された一品目は、赤身の魚を使用したいわゆるカルパッチョのような見た目。

 皆が席につき、多少の重苦しい空気感故、まずは無言のまま食事が行われていく。

 その後に、ゼラチンを多分に含んだ魚を使用したコンソメスープを経て、早くもメイン料理を迎える。

 目の前に置かれたのは、周囲はこんがり茶色に焼かれているのに対し、身の部分は赤と青が何層にも重なり合ったような見た目の魚が使用された一品。周囲に黒みがかった紫色のソースが添えられている。おまけに、メインの皿の左上にはバケットが用意された。

 

 食事を開始して十分程度。

 アーノルド家の主人であるセーバが重苦しい空気を断ち切るために口を開いた。

「この料理に使用されている魚は、アーモンテと呼ばれるカーディナル原産の魚だ。この魚は主成分が鉄分なため、金属が多様に含まれるカーディナルの海水地帯に多く生息している。そのため、生での実食は金属の味しかしない。だが、ミディアムに仕上げることでアーモンテ独特の臭いが香りへと変化し、旨みを殺すことなく最大限に引き出すことができる」

「初めて聞く魚だわ。私もかなり料理をする方だから覚えておこうかしら」

 ミラエラは興味津々な様子でアーモンテをじっくりと味わう。

「そういえば、ミラエラさんは教師なのよね?その歳で教師になれるなんてすごいわねぇ」

 ミルクは幼子を見る目でミラエラへと微笑みかける。

「人は見かけによらないものよ。私はこう見えて、貴方たちよりも大分年上なのだけれど」

「あら、そうなの?全然そうな風には見えないわねぇ」

 ミルクはまるで実感が湧かないと言った様子で、ふわふわとした態度を見せる。

 ここで竜族の時代から生きているなどと言ったところで、実感は湧かないだろうし、何よりもめんどくさい追及は遠慮したい。

 そのため、分かりやすく売れているであろう名を久々に口にすることにした。

「『氷の女王』という名前に心当たりはあるかしら?私の二つ名よ」

 その名を聞いた瞬間、セーバとミルクが分かりやすく目を見開いた。

「それって・・・・・六十年以上前に活躍してたっていう凄腕の冒険者のことよね?えっ、それがミラエラさんだってこと?」

「俺もミルクもその冒険者の顔は知らないが、話なら聞いたことがある。だが、おかしな話だ。六十年以上前に活躍した冒険者なのだとしたら、なぜ見た目がまだ幼い?」

 セーバとミルクは共に真剣な表情をミラエラへと向けているが、レインとシェティーネはまるで話についていけていない様子。それもそうだろう。二人にとっは、初めて聞く名前のはずだから。

「まぁ、信じるも信じないも貴方たち次第だけど、嘘をつくメリットがないわね。それと、美貌を保つ秘訣は教えられないわ」

 セーバは軽く舌打ちをするが、ミルクは少し残念そうな表情を見せた。

「確かに嘘をつく理由がないな」

 料理を口へ運びながら静かにそう口にすると、セーバは次にミラエラの隣に座るユーラシアへと視線を向けた。

 ユーラシアは、セーバの視線に気がついたことで慣れないながらに使用していたナイフとフォークを一度置き、姿勢を正す。

「ユーラシア。確かスレイロットと言ったな?」

「は、はい——————えっ⁉︎」

 次の瞬間、突如何の前触れもなく無数の剣がユーラシアへと放たれる。

 レインとシェティーネでは反応することもできぬ速度で迫り来る剣の集合体。


「——————ッ!」


 ユーラシアは咄嗟に後方へと飛んで回避を試みるが、剣は軌道を変えてユーラシアを追いかけていく。

 このままでは、セーバから放たれた剣による攻撃は、ユーラシアが地に足をつける暇もなくユーラシアの体を蝕むだろう。


「フゥ——————」


 ユーラシアは冷静に剣化の呼吸を瞬時に行うと、目と鼻の先にまで迫った無数の刃を手の甲を使い、しなやかに流れるような動きで一つ残らず捌いてしまった。

「ちょっとセーバちゃん!いきなり酷いじゃない!レインちゃんとシェティーネちゃんの大切なお友達なのよ」

「ひどい?今の技で怪我など負うはずがないだろうが」

「幻覚ね」

 セーバはミラエラの回答に多少の笑みをこぼして答える。

「流石は氷の女王と言われていただけはある。ユーラシア、今お前に放った技は、「残影術 虚」と呼ばれる剣術だ。「残影術」は多様な種類が存在しているが、その中でも「虚」は、全てに実態がなく脳を錯覚させる技。故に剣の感触はあっただろう。食らっていても肉体へのダメージはなかっただろうが、脳はダメージを受けたはずだ。まぁ、あの程度ではたかが知れているためミラエラも動かなかったんだろうがな」

「残影術」シリーズは、セーバの言う通り、いくつもの種類が歴代の剣聖たちによって編み出されているが、ブルジブが使用していた「残影術 花」は、セーバさえ知らない技。

「けれどいくら幻覚だと言っても、次に無断でユーラシアへと技を放てば、私は貴方に手を出さざるを得ないことは伝えておくわ」

「ほんとよ!全く、彼らはお客さんなんだからもっと優しく接しなくちゃダメよ」

 女性二人による説教を受けても、全く反省の色を見せないセーバ。

 その堂々たる精神力故、世界に名を轟かせる剣聖たり得るのだろうが。

「炎を彷彿とさせるかのような真っ赤な髪に、緑色の瞳。アトラとメイシアとは、似ても似つかない見た目だが、どこか二人の面影をお前には感じる」

 セーバのユーラシアへと向ける眼差しは、先ほどロビーで向けられた怒りを露わにしたものではなく、遠い日のことを懐かしむようなものとなっていた。

「入学当初は新設された補欠クラスに配属されたらしいな。だが今ではこの二人よりもお前の方が強いと」

「いえ、レインくんやシェティーネさんとは、真剣に戦ったことがないですから、どっちが強いとかは分からないですよ」

 ユーラシアは、両親の前ということもあり多少の謙遜を見せる。

 ここで「はい」と返事をするのは簡単だが、そんなことをすれば、せっかく影を潜めたセーバの怒りがまた再発しかねない。先ほども理由が分からずに怒られただけに、今回も何が怒りのトリガーとなるのか分かったものではない。そう判断しての謙遜だったが、どうやらユーラシアの返答にセーバは難色を示している。

「その謙遜はこいつらにとって嫌味となるぞ。二人からは既に聞いている。バベル試練での話も、ダンジョン試験の話もだ。お前はやはりアトラの息子だよ」

「聞かせてくれませんか?ボクの両親は、どんな人たちだったんですか?」

 ユーラシアは興味津々というよりも、どこか不安を感じているような表情をしていた。

 言葉を交わしたこともない。顔だってミラエラの記憶でしか見たことがないのだ。セーバの性格以前に、理想の両親像とのギャップに多少の不安を抱くのは無理ないことだろう。

「俺とミルク。アトラとメイシアは「マルティプルマジックアカデミー」の同期であり、卒業生だ」

「えっ、お父さんとお母さんも、マルティプルマジックアカデミーの生徒!」

「私も知った時は驚いたわ」

 ユーラシアの驚く反応を見て、シェティーネは自分も三者面談の時に聞かされて驚いたことを思い出していた。

 しかし、レインはクールな態度を崩すことなく通常運転。

「俺も三者面談の時に知った時は驚いたが、考えてみれば勇者の名前は知っているのに、その出身校を知らないというのはおかしな話だった」

「メイシアちゃんったら、すっごいいたずらっ子だったんだよ!学生時代は何度揶揄われたことか」

 ミルクは過去の記憶を懐かしく、楽しそうに話す。

「だけどさぁ、ずっと成績は一番でよく先生たちに褒められてたなぁ」

 メイシアは、ミルクにとっては憧れだったのだ。

 強く、気高く、カッコいいメイシア。時には優しく、いたずらっ子で、撫でてあげたくなるような可愛い笑顔を作る女の子だった。ミルクは、そんなメイシアのようになりたいと思う数多い友達の一人だった。

「アトラの奴は、平凡な実力故、在学中は俺を含め、数多くの奴から何度も敗北を味合わされていたが、決して強くなることを諦めないすごい奴だった。どんなに貶されようともいつも笑顔を絶やさないあいつを、俺は羨ましく思っていたんだ」

 セーバは家柄にも、実力にも恵まれていた。アトラは、そんなセーバとは対極的な位置にいたにも関わらず、セーバはアトラを羨ましく思っていた。

「アーノルド家は、代々剣聖を生み出してきた家系だ。俺も同様に剣聖へのレールが敷かれていた人生を歩むことしかできなかったのに、あいつは自由に、楽しそうに生きていた」

 この場では口にしないが、それ故セーバは一時期アトラをいじめていた時期があったのだ。

「だが、在学中は何の成果も得ることなく卒業していった。そんなアトラが、卒業して六年後に起きた『ゴッドティアー』から世界を守れるほど強く成長していたんだ。俺はお前の両親を誇りに思ってる」

 セーバはばつが悪そうにユーラシアからすぐさま視線を逸らすと、再び皿へと向き直ってしまった。しかし、ユーラシアにとっては心温まる言葉であった。

 話を聞く前に感じていた不安などどこへやら、聞き終わった今では、両親のことを更に聞きたくてたまらないといった感情に駆られている。


「・・・・・確かに、似てるな」


 レインがボソッと一言発したタイミングでラストのデザートの時間へと突入する。

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