69話 出発
ソルン村へユーラシアとミラエラが帰省して五日目の朝。
ユーラシアとミラエラの家へと一通の手紙が届いた。
ソルン村では、設けられている郵便施設へと外部からの郵便物が届けられた際、ソルン村で郵便を担当している者がそれぞれの自宅を回るシステムが構築されているのだ。
「思ったよりも早かったわね」
届けられた手紙の差し出し人は、アーノルド家当主のセーバ・アーノルド。
三者面談の際に、ユーラシアたちを我が家に招待する的な発言をしていたため、その招待状が届けられたのだ。
「招待状って、ミラがこの前言っていたやつだよね?」
「ええ、そうよ」
ミラエラは三者面談でのセーバとの一件を思い出し、重たい気持ちで手に持つ招待状を見下ろす。
「貴方のことになるとすぐ頭に血が上るのは悪い癖ね」
ミラエラがセーバに突っかかることがなくとも、セーバはユーラシアを一度アーノルド家へと招待するつもりだっただろうが、ミラエラは思わず怒りを露わにしてしまったことを反省している。そのせいで、多少なりともユーラシアへ向けられるセーバの態度が悪くなりかねないからだ。
「あまり気が進まないなぁ」
ミラエラは、シェティーネのユーラシアに対する感情は本人には伝えず、ただ単にミラエラがセーバを不機嫌にさせてしまったと伝えてある。そして、セーバがユーラシアの父と母であるアトラとメイシアと知り合いであったことを聞かされたユーラシアは、気まずいながらも興味を抱いているのである。
そのため、具体的にはどうして自分がアーノルド家に招待されたのかは理解できていない。
「私も同じ気持ちよ。けれど、これからシェティーネやレインとは、長い付き合いになっていくのだから、顔を出さないわけにもいかないわね」
「確かに・・・・・まぁ、ボクはお父さんとお母さんについて色々聞けるけど、向こうはボクたちに何の用があるんだろうね」
「え、ええ、そうね」
ミラエラは知っている。
セーバが、娘の恋する相手の顔を拝みたいが故にユーラシアを招待したことを。
だからこそ、ミラエラは気まずい表情をユーラシアにはバレないように浮かべていた。
「って、迎えが来るの明日だってよ⁉︎」
「明日?まさか手紙が届いた次の日なんてね」
おそらくセーバからしたら、長期休暇に突入した次の日にでもユーラシアに会いたい気持ちを抱いていただろう。しかし、流石にユーラシアたちの予定も考慮した上で、休暇開始から六日目に迎えを寄越させる手配をしたのだろう。
それにしても早い。
普通、招待状が届いてから色々と準備に入るものであり、これではあまりにも唐突すぎる。
「まぁ、アーノルド家には初めて行くわけだから転移の魔法陣は使えないし、向かうのなら乗せてもらうしかないわね」
魔法にしろ、魔法陣にしろ、見たこともない、記憶にない場所に転移することは不可能なのだ。
「ケンタ寂しがるかな?」
「間違いないでしょうね。けれど、二度と戻って来ないわけじゃないわ。それにまぁ、手紙の件は急だけれど、元々ソルン村への滞在は一週間くらいの予定だと伝えてあるし、大丈夫よ」
「そうだね。ケンタも前に比べたら、十分成長してるからね。拳の強さだけじゃなく、心の強さも」
ユーラシアはソルン村への滞在中は、常にケンタと一緒にいた。
離れる時間が愛を育てるなんて恋人同士ではよく言うが、それは男同士の絆においても言えることだ。
ユーラシアが学園へと赴いていた四ヶ月〜半年間があったからこそ、久しぶりにケンタはユーラシアに会えて普段会う時よりも喜びを感じられたし、一緒にいれる時間を互いにより大切にするようになり、様々な会話をして仲を更に深めていった。
その光景は、誰から見ても本物の兄弟にしか見えないものとなっていた。
五日目の夕食前。
ユーラシアとケンタは、いつものように森の中で差し込む微かな夕陽の光に照らされながら、草の生い茂る地面へと寝転んでいる。
「ねぇ、ケンタ」
「何?兄ちゃん」
「突然なんだけど、明日にはもう行かなくちゃいけないんだ」
「行くってどこに?」
ケンタは不安そうな表情を浮かべる。
「実は、学園の友達の家に招待されてさ、その迎えが明日来るみたいなんだよ」
やはり、ケンタは何も言わずに不貞腐れた表情を浮かべる。
「でも、まだ休みは長いんだろ?帰って来られるじゃん」
「そういえば、ケンタには話してなかったね」
ケンタは不満そうな表情で、ユーラシアへと体と顔を向ける。
「何を?」
「世界樹って聞いたことある?」
「ったりめぇだろ」
「実はさ、世界樹って呼ばれてる魔力樹は、ボクの魔力樹なんだ」
「・・・・・・・・は?」
ケンタは上体を勢いよく起こし、少しの間フリーズしてしまう。
まぁ、ケンタの反応も無理ないだろう。世界樹と呼ばれる魔力樹は、かつて魔王を倒した勇者の魔力樹に匹敵する大きさだと言われているのだから。しかも、勇者の魔力樹は成長しきっていたものであるが、世界樹は誕生してまだ十年しか経っていないのだ。
ユーラシアは、自身が竜王の生まれ変わりであることは伝えず、今の状態では世界樹の魔力を制御しきれないため、ミラエラに擬似魔力樹を作ってもらったことなどを伝えた。
「現実味なさすぎてすぐには信じられねぇけど、兄ちゃんが嘘つくはずねぇもんな」
そうしてケンタは、更にキラキラした瞳をユーラシアへと向けた。
「んだよ、兄ちゃん。マジですげぇ存在だったんじゃんか!このことは誰にも教えてやんねぇ。俺だけの特別な秘密だ!」
ユーラシアは、サーラもこのことを知っていることはケンタには伝えず、優しい瞳でにっこりと微笑みかけた。
「それでボクさ、この休みの期間中に世界樹のある生まれ故郷に行ってみようと思ってるんだ」
生まれて間もない間しかともに過ごすことができなかったが、その場所こそがユーラシアが両親と唯一過ごした場所なのだ。
自身の力の秘密も知り、力も徐々に解放し始めた今、もう一つの故郷へ赴きたいという欲が生じて来たのだ。
「まだ、ミラにもそう思ってることは言ってない」
「そっか。そういうことなら仕方ねぇな。次会う時までにめちゃくちゃ強くなって待っててやるぜ!」
ケンタは本当に心が強くなった。
以前のケンタならばこうも簡単に納得はせず、長い間不貞腐れていたことだろう。しかし今では、自分にできることを見つけ、その目標に突き進む強さを身につけている。
「ボクは、ケンタが追いつけないほど強くなるつもりだよ!」
「俺の目標は、そんな兄ちゃんに追いつくことだ!」
ケンタはそう言うと、ユーラシアへと拳を突き出し、ユーラシアはそんなケンタの小さな拳に自身の拳をコツンッとぶつける。
「それじゃあケンタ。ボクも一つ約束するよ」
「ん?」
「ボク、学園でフェンメルさんっていう本当の兄みたいな存在の人に出会ったんだ。その人の話を、今度村に帰って来た時はするって約束するよ」
その人の話を出した途端のユーラシアの悲しそうで辛そうな表情。
本人は隠しているつもりだろうが、隠しきれてはいない。
「分かったよ、楽しみにしてる」
ケンタはユーラシアとは対照的に、笑顔を返した。
ケンタは悟った。
どうしてユーラシアが今、その人の話をしてくれないのか。
どうしてそんなに辛そうな顔をしているのか。
その人はもう——————
六日目の早朝。
ソルン村へと、豪勢な馬車に乗ったアーノルド家からの使者が訪れた。
ケンタは、前回のような不貞腐れた表情は一切見せることなくユーラシアを見送ることができた。
しかし、ミラエラの方がなぜだがサーラに対して気まずい笑みを浮かべていた。
ソルン村を離れて少しした時にユーラシアがその理由を尋ねてみると——————
「ミハエルがサーラに余計な手紙を寄越したらしくてね。久しぶりに説教なんてものを受けちゃったわ」
ドラゴントゥースのギルドマスターであるミハエルからの手紙には、ミラエラが氷界創造を発動させたせいで王都全体が凍結された『白銀世界事変』が起きた旨が記されており、ソルン村へ帰った際は説教してくれと頼まれたのだと。
あのミラエラが気まずそうな表情を浮かべるサーラの説教とは、一体どんなものなのだろうか?
ユーラシアは、見送る際のサーラの表情は笑っていたが、そこまで深くは考えないようにしたのだった。




