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竜魔伝説  作者: 融合
神攻編
53/270

52話 最後の修行 その二

 少しだけ時間を遡る。

 場所は、村からかなり離れた山への入り口に差し掛かる手前の広大な草原。

 試験最終日前日の朝。ブルジブたちもオータルとユーラシアに一足遅れての戦闘が始まろうとしていた。

「どうですかい?あっしの打った魔剣は。正直、魔剣を打つのは久しぶりでして、お二人が満足できるほどには至らなかったかもしれやせんが」

 ブルジブは、六日目で採取した魔鉱石を素材として二振りの刀を打った。

 刃先は剣魔たちが使用する剣、いや、刀と同様に片側にしか付いていない作りとなっており、美しく銀色に輝く見た目は、光の当たり方によっては虹色に姿を変えている。

 正直言って、ブルジブが使用している長刀と比較しても同じくらいの切れ味を誇っていると言っていい魔剣改め魔刀に、レインは満足感を示している。

 しかしシェティーネの方は、何やら難色を示しているようだ。

「あれほど質のいい魔剣を生み出せるわけでやすから、やはりあっしではちと実力不足でしたか」

「いいえ、この剣は素晴らしいわ。私の魔剣と比較しても威力と切れ味ともに全く劣らないほどにすごい技術が集約されている。けれど私が納得できないのは、それほど素晴らしい完成度だと言うのに、魔力樹には加えられないってことよ」

 シェティーネは魔力樹から、魔法の代わりに魔剣を授かるため、授かった魔剣はいつ何時でも好きな時、好きな場所で発現させることができる。

 まぁ、正直剣士らしく剣や刀の一、二本は腰に携えるべきであると取ることもできるため、シェティーネが今抱いている不満は、ただのわがままであるとも言えるのだ。

「そう言うことでしたら、自信を落とさずに済みそうでさぁ」

 そう言うと、ブルジブは刀に手をかけ、長刀の二メートルほどある上身を露わにする。

「さぁ、それじゃあ早速始めるとしやしょうか」

 ブルジブがこの試験中に自身の刀を鞘から抜いたのはこれで二度目。

 一度目は、初日にレインとシェティーネを吹き飛ばした時だが、あの時はまともにその刀身を見ることができなかった。修行の時でさえ、自身の長刀を扱うことはしなかった。

 しかし、今は始めから刀を抜き、朝日の輝きがブルジブの刀の刃先に纏わりついている。何とも見惚れてしまいそうになる無駄のないシンプルな美しさ。

 レインとシェティーネも経験している通り、ブルジブの振るう刀の切れ味は次元を逸している。初日の出来事は、ブルジブの技量も合わさった上での魔剣破壊だったのだが、前提として刀身が三メートルほどもある刀を誰でも扱えるわけがない。鍛え抜かれたゴツい体と、二メートル以上もある長身が合わさってこそ相応しい武器であると言える。

 おまけに今日のブルジブには、より一層隙など見当たらない。

 刀だけでも三メートルほどの不可侵領域が形成されているのだが、腕の長さも入れれば四、五メートルはブルジブが制する絶対領域であると見るべき。

 ブルジブ特製の魔刀の強度は不明だが、武器破壊を前提に戦略を練ると、まずブルジブの攻撃は防御不可であると考えるのが妥当。とするならば、防御よりも至難な回避を行うしかなくなる。しかし、一度や二度避けたくらいでは、レインたちの攻撃がブルジブ本人に届きすらしないだろう。

 

 刀を構えるブルジブは、絶望的な実力差を二人に植え付けるほどの威圧感を醸し出していた。

 まともに戦っても勝ち目はない。

 ならば、まずすべきことは隙を作ること。

「兄さん。私が隙を作るわ」

「師匠が隙など見せてくれると思うか?」

「少しだけでも私に警戒の意識が傾けば、自ずとそれが隙に繋がってくれるはずだと信じるわ」

 攻略の手立ては最早それしかない。

「お前まさか、懐に飛び込むつもりか⁉︎」

「ええ、その通りよ」

 シェティーネの無謀な策を知り、レインは難しげな表情のまま思考に浸る。

「あまり似合わないとは思うが、俺を信じるか?」

 柄にもないレインの発言に、思わずシェティーネも一瞬驚いた表情を浮かべる。

「もちろん、信じるわ」

 しかしすぐさまシェティーネの表情は覚悟を決めた鋭いものとなり、ブルジブへと視線を向けた。

「タイミングはお前に任せる」

「それじゃあ行くわ!」

 シェティーネは魔剣を生成する過程で生じる魔力が電気へと変化する魔力変換を行い、ブルジブでも反応が遅れてしまうほどの速さで懐へと潜り込むことに成功した。

「これは、一本取られやしたね」

 シェティーネはそのままの勢いで、ブルジブ特製の魔刀を振ろうとしたのだが、それよりも速く、ブルジブの剣撃がシェティーネの足元の地面を抉った。

 しかしシェティーネの姿は既にその場にはなく、気がつくとブルジブの背後へと回り込んでいた。


「ッ⁉︎」


 今度こそ捉えた。そう思い放ったシェティーネの魔刀による攻撃は、一瞬の内に背後へと移動させたブルジブの刀により見事防がれてしまう。

「いやはや、一瞬の攻防でこうも鳥肌が立ったのは久方ぶりでやす。修行のおかげで刀の振りに大分無駄がなくなってきやしたね、それでもまだまだ未熟。ですが、あっしの目の前から消えた際の動きは、初速以上に目では捉えきれないものでやした。あれは一体・・・・・」

「答えはこれです」

 そうレインが言葉を発しながら何もない空間で魔刀を軽く振るった途端、突如ブルジブの背後へとその斬撃が飛ばされる。

 しかしそれすらもブルジブは易々と回避して見せるのだから大したものだ。

「これも当たらないとは、流石の一言だ」

「なるほど、それがレインの魔法というわけですかい」

「はい。俺の魔法属性は無属性。その中でも『空間操作』の魔法を使うことができる。今使って見せたのは、いわゆるワープゲートというもの。俺が指定した二点間にワープゲートを発生させたことにより、斬撃が師匠の背後へと一瞬にして移動したというわけだ」

 ただし、規模が大きくなればなるほど一度に発生させられるワープの量も格段に減っていき、逆に斬撃程度を通す規模の小さいワープならば、かなりの数を一度に出すことが可能。

「加えて、シェティーネを直接的に移動させた技は、瞬間移動というものだ」

 これに関しても物や生命問わず、更に短距離・長距離などの距離にも左右されることなく行使できる。しかし瞬間移動させられるのは、一度行ったことのある場所か、視界で捉えている空間内のみに限定される。そして、人を瞬間移動させるのだとしたら、一気に行えるのは十名程度となる。そのため、バベル試練の際は使うことができなかった。

「要するに、シェティーネを瞬間移動であっしの背後に移動させた後、少しズレた角度から攻撃が飛んできたのは、ワープゲートとやらの仕業だったと・・・・・まさかそんな奥の手を二人ともが隠していたなんて、人が悪い。ですが、ネタバラシをした上に、最も効果的だった初手にあっしを仕留めきれなかった。最早完璧にお二人に勝ち目はなくなったと言えやすよ」

「俺の魔法は、タネが知られたところで意味はないんだ」

 強気なレインだが、正直、初手が最も効果的だったのは確かである。そのため、シェティーネもレインも内心は焦りまくりである。

「さて、続きといきやしょう!」

 レインの頭の中にある作戦は、妹であるシェティーネにかなりのリスクを負わせてしまうことになる。

 しかし先ほどと同様、それ以外に方法はない。

「シェティーネ、耳を貸してくれ」

「ええ」

 その後数分間、レインとシェティーネが作戦を組む時間が設けられる。

 その間ブルジブはひたすらに刀を目の前で静かに構え、その時間を利用し、己の神経を研ぎ澄ましていた。

 正直、実力を考えればブルジブがここまで力を引き出す必要がない。しかし、できる限りの力を発揮してぶつかってあげることこそが、現剣聖の子供である二人に向けた最大の敬意である。

「覚悟は決まったようでやすね」

「ええ、行くわ!」

 シェティーネは一切の迷いなく、無謀にも一直線にブルジブへと突っ込んでいく。

 そして手には魔刀と、生成した魔剣の二つが握りしめられていた。更に、再び魔力変換を行ったことで、シェティーネがものすごい速さでブルジブの周囲を駆け回る。

「目では追えずとも、気配がダダ漏れでやすよ!」

 ブルジブはまたもや背後に気配を感じた瞬間に刀を振るう。

 しかし「パキンッ」という音がするのみで、シェティーネの姿は既にない。

 その後は、四方向から一斉に飛んでくる魔剣を捌いては、懐に潜り込んでくる魔剣を破壊することの繰り返し。

「いい連携ですやね」

 今起きていること。それは、シェティーネはレインのことは一切考えることをせず、ただひたすらに魔剣を生成しては、投げるor斬りかかるを繰り返している。そして、シェティーネの攻撃のサポートに、ブルジブの攻撃がシェティーネへと当たらないように回避のサポートなどを『空間操作』の魔法でレインが上手くこなしている状況。

 要するに紙一重の所業。

 その才能。正しく剣聖と剣姫の子供であると言えるだろう。

 並の才能、実力、信頼では、絶対に成し得ることはできない。これは、一級に相当する同程度の才能を持ち、互いが全力でその身を預けられるほどの信頼を置ける相手だからこそ実現しているのだ。

「では、ここらで一つ、あっしも特大の技をお見せするとしやしょう。死にたくなければ、今すぐできる限り離れる事をオススメしやす」

 その瞬間、レインとシェティーネ二人ともが悪寒を感じ、レインはシェティーネを自身の下へと一瞬にして瞬間移動させた。

 その際、ブルジブとの距離五メートル。

 しかし、レインは無意識的に更に倍以上の距離を取った。

 その判断が、吉とでる。

 


「円斬———」


 

 その技は二人にとって初めて見る技であった。

 ブルジブは、予備動作なしで半径十メートルにも及ぶ斬撃を円を描くように瞬時に放って見せたのだ。

 ブルジブの剣撃は、十メートルほどの距離を取っていた二人の鼻頭を少しかするほどの範囲を誇っており、ブルジブの忠告がなければ、今頃二人ともあの世行きだっただろう。

 当然、既に二人の戦意は折れていた。

「ここまであっしを追い詰めたことは、かなりの評価に値しやす。学園に帰っても、決して研鑽を怠らないように」

 二人のブルジブに向ける瞳には、悔しいなどの負の感情や、これまで魔物に抱いていた認識から来る差別的な感情はこれっぽっちも残っていなく、ただただ尊敬の念のみが浮かび上がっていた。

「「はい」」


 

「最終日までいさせてあげたかったんでやすが、先日も話した通り、この村にいつ来るかも分からない危険が迫っているため、このままお二人のクリスタルを破壊させてもらいやす」

「詳しく説明してもらえるかしら?」

「お二人には話していなかったんですが、今この村には、五人の剣聖魔ではなく、四人の剣聖魔しかいないんでやす」

「ということは、残りの一人が危険ってことか?」

「そうでやす。おそらくそいつは今———」

 すると突如、先ほどまでそれらしい気配が一切しなかった村の方から、体が硬直させられるほどの悍ましい魔力とその他の気配が同時に放たれた。


「これは、いけねぇ!」


 見たこともない同様ぶりを見せるブルジブ。

 レインとシェティーネも、その恐怖に足がすくんでしまっている。

「なッ!この圧力、下手をすればバベル内で見たコキュートスとか言う怪物以上だ」

「嘘でしょ⁉︎あれ以上の化け物が今この村にいるとでも言うの?」

「気づきやせんか?この魔力の気配」

「気配?」

 少し考える仕草を見せるレイン。そして、シェティーネも含めて二人ともが答えに行き着いた。

「鉱石地帯で感じた魔力か⁉︎」

「あの時、ほとんどの鉱石が魔鉱石と変化していたのは、奴の魔力の残滓によるものだったと言うことね」

「後のことはあっしらに任せて、早く逃げてくだせぇ!」

 怖い。怖くて仕方がない。

 しかし、レインとシェティーネは引かない。

「正直師匠の強さは嫌と言うほど思い知らされたが、それでも、奴から感じるこの気配は、師匠だとしても相手ができるとは思えない」

「ええ。もうこの村は、私たちにとっても大切な場所だもの」

 二人の表情には恐怖ではなく、覚悟が刻まれていた。

「死ぬかもしれやせんよ?」

「絶対命を落とさないと誓います!それに、先生方も状況を察して、こちらに向かって来てくれているはず」

「俺もシェティーネと同じ意見だ」

「そうですかい。そんなら、あっしは全力でお二人を守ると誓いやしょう!」

 こんな状況だと言うのにブルジブは薄らと口元に笑みを浮かべるのだった。


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