318話 二つの邪神
太陽の意思は、誰かに命令されたからでも、己の欲望を満たすためでも、使命だからでもなく、ただひたすらに怒りを感じていた。
その感情の名は知らないが、唯一の美しさを奪われたことが許せない。
そしてその怒りの感情は、湧き上がる熱さに比例する。
一度かき消された炎は、再び業火となって王級界に荒れ狂う。
本来ならば干渉不可能な王級界に存在する黄金の骨が溶かされていく。
「やるじゃねえかよ。だがよ、今はゆっくりと地上の様子を眺めたい気分なんだわ。そんなにあの女が好きなら、さっさと後追いかけりゃいいだろ」
ギムルは本心からユーラシアたちの戦いの様子を楽しみたいと思っての発言だが、太陽の意思からすれば挑発以外の何ものでもない。
「あいつはオデを信じてくれた。だから次は、オデがあいつのことを信じる番だ!」
その気合いの籠った発言が太陽の意思から湧き上がる炎を更に大きく、強く、そして熱くしていく。
勇者は何とか複数の結界を同時展開することで太陽の意思による熱を凌いでいるものの、苦悶の表情を浮かべている。
「オデはお前を許さない!」
紅き炎に包まれた王級界に一点の緑が灯る。
「——————なんとか戻れたけど、これはどういう状況かな?」
「はっ、王級界で転移を使えるなんてやるじゃねえかよ。お前ら気に入ったぜ!」
一人いつまでも楽しげな笑みを浮かべているギムルを睨みつける太陽の意思。
エメラルが転移する直前に感じた嫌な気配に混じっていたシエルの気配、ついさっきまであったはずのユーラシアとシエルの姿が見当たらない現状、目の前の太陽の意思がギムルへと向ける明確な怒りと殺意。これらの要素から状況を理解する。
「まず間違いなくあいつが何かしたって訳だね」
「許さない!」
「はぁ、別にお前らを殺したい訳じゃねえんだけどなぁ」
めんどくさそうにギムルが後頭部へと手のひらを回した直後、突如ギムルたちの頭上の空間に亀裂が生じる。
「——————久しいな、ギムル」
ギムルの名を知る者はそう多くない。
『魔会』に出席している邪神とその付き人や、以前アートに同席したユーラシアに限られる。しかし、各世界の創造神である最高神と同格か、強さだけを見ればそれ以上の存在の中でも一際飛び抜けた力を有するギムルの名を気安く呼び捨てにできる存在など、同じ邪神しかあり得ない。
しかも、ギムル自らが創造した王級界の壁を無理矢理こじ開けて侵入してくるなど、邪神だとしても不可能。
それを可能とするのは、邪神という存在で見た時ではなく、ギムルという個人で比べた際、同格以上の存在のみ。
そしてギムルはその存在の登場が分かっていたかのように、口元には笑みが浮かべられていた。
「おう。久しぶりだな、アート」
その存在は、『魔会』用に設けられた机の上へと降り立つ。
「今の俺はアートでもない」
「チッめんどくせえな、優哉とかアートとか、今度はそれ以外とか、お前いちいち名前変わりすぎなんだよ!」
「詫びる義理などないな」
「相変わらず生意気な野郎だ——————ただ、あん時の魔会でお前が口にしたことを有言実行したのには素直に関心するぜ」
「ギムル——————俺がここへ来た理由は理解してるな?」
「まぁな。けど、約束だったからな。まぁ本人はもういないけど」
突如王級界を埋め尽くしていた炎が、邪悪を表す漆黒のどんよりとした重みのある透明のオーラにより急速に呑み込まれていく。眩い光で照らされていた王級界は、あっという間に魔界の如く漆黒の輝きを秘める場と化してしまった。
埋め尽くすのは、魔力でも勇者が知る神の力でもない。邪神が創り出した未知のエネルギー。
「ギムル。お前は立場が理解できていないようだ」
「あ?」
「あの時は俺よりもお前の方が上の存在だったが、今はお前が俺に試される番という訳だ」
「何を言い出すかと思えば——————確かに俺は俺の世界では一番だった。世界の外を全て知れたわけじゃない。ただよ、これまで数々の世界を見て来たが、俺よりも強い奴を見つけられたことは一度たりともねえな」
ギムルの目つきが鋭く、先ほどの余裕を感じさせる笑みではなく、相手を挑発する威嚇の表情へと様変わりする。
「では、分かりやすく説明してやるとしよう」
そう言って、邪神=アートだった存在はニヤリと笑みを浮かべる。
「お前は俺を見つけることさえできないが、俺は王級界へと干渉までして見せた。これが今の俺とお前の存在の差だ」
「ふっ、俺をここまで挑発したのはお前が初めてだ。だがまぁ、悪い気はしねえな」
そうして二つの邪神は睨み合い、王級界へと忌まわしい残酷の嵐を呼び寄せるのだった。




