317話 最愛の闇堕ち
地上へ赴いたシエルはそのままひたすらに直進し、一つの巨大な大陸へと突き当たる。
そこは西側領土と呼ばれ、オルタコアスやポーメル国など、ユーラシアの大切な者たちが多く住んでいる地。
実は魔大陸ディアステッロとは、東西南北領土の背後に広がる巨大な海の一角に存在しており、主に西側に寄った形となっている。
そのため、近くで感じた最も命の多い場所へと本能のままに赴いた。
今のシエルに理性はなく、ただただ破壊衝動のみで動く操り人形と化している。
それもこれも、全てはギムルの遊戯心一つによる戯れ。
しかし当事者たちはたまったものではない。
シエルは西側領土の上空へと大きく翼を広げて佇み、甲高い奇声とともに西側領土上空全体に無数の黒き巨大な氷柱を形成する。
正しく『ゴッドティアー』を思い出す光景。
しかし現在地上に生きる者たちで神放暦を覚えている者はほとんどいない。
無慈悲な黒き雨が地上へ向けて進行する。
人々はまともに恐怖や痛みを感じる暇もなく息絶えることだろう。
そして多くの命を奪った苦痛を、シエルは味わうことすらできない。
しかし、シエルの攻撃は放った直後に真っ赤な炎に一瞬にして全て消失させられた。
当然、この現象に驚愕といった心動く感情が生じることもない。
ただただ突如目の前に出現した紅き存在を虚な瞳で見つめる。
「——————頼む・・・・・シエル。正気に戻ってくれ」
「——————」
「オレは・・・・・お前が竜族じゃなく、どんな姿に変わろうとも、生涯をかけて愛すると決めてんだ」
先ほどの攻撃は、シエルが竜族としての魔力無効の力を失っていたため、容易にユーラシアの咆哮で打ち消すことができた。これがもし竜姫だった頃ならば、今頃西側領土は壊滅していたことだろう。
「・・・・・・頼む」
ユーラシアは苦痛に喘いだ表情で必死にシエルへと頭を下げる。
まだ、自分の声が届いていると信じて——————。
「——————」
しかし返ってくるのは沈黙。
「絶対失いたくないんだ。何よりもお前を失うことが耐えられない——————この場所には、他にも生きてて欲しい奴らが大勢いる。誰も死んで欲しくねえんだ」
やはり届かない。シエルは再び先ほど同様の黒き氷柱を上空一帯に出現させ、放つ。
「クソッ」
再度咆哮を放つも、目の前の氷柱が消失した直後、同様の規模で第二波が目と鼻の先にまで迫り来る。
「——————ッ⁉︎」
ユーラシアは咄嗟に太陽の意思みたく全身に紅き鱗が透き通るほどの炎を纏い、宙を舞うように次々と放たれるシエルの攻撃を相殺していく。
ただし、ユーラシアの攻撃は地上にも、そして先にいるシエルにも届かないように調整しながら。
この世で最も愛する大切な存在を、一ミリたりとも自身の手で傷つける真似など、ユーラシアにはとてもできない。
「やめろ———————やめろ——————やめろよシエル。やめてくれ・・・・・・」
視界が涙により埋もれていく。
すると直後、頭上へと山のように巨大な氷柱が出現した。
「『竜咆拳』」
全身に纏った真っ赤な炎を両拳に集中させた特大火力が放たれる。
炎のエネルギーが凝縮されたモノが拳から放たれ、氷柱を突き抜けそのまま上空で大爆発を起こした。
ユーラシアが無理矢理エネルギーの方向をコントロールしたことにより、エネルギー自体が副作用により爆発を引き起こしたのだ。
そして氷柱は跡形もなく蒸発し、冷気と熱が化学反応を起こし、真っ白な霧となって地上にまで蒸気を届かせ皆の視界を曇らせる。
しかしユーラシアだけは、上空から自身の背後へととてつもない速さで移動する無数の魔力の気配を感じ取る。
「シエル——————ッ‼︎」
掠れた声で叫ぶユーラシアの声は、虚しく霧に呑まれて消えてゆくのだった。




