313話 欲望と怒りの交錯
結界を抜けた魔大陸は、そこかしこが入り組んだ高低差のある岩石地帯と化していた。いわゆる先ほどの平地は邪神が見せていたニセモノであり、実際の魔大陸は、ユーラシアが去ってすぐにそのまま放置状態となっていたため、ユーラシアと十大魔人たちによる戦いの影響は鮮明に残ったまま。
ユーラシアは竜化し、全速力で飛翔して気配の下へと向かう。
「何でついてくんだ?」
「分かんないけど、なんかついてった方がいい気がする!」
太陽の意思は、その身に魔力や神の力を宿しているわけではないため、当然周囲の力の気配を感じ取ることはできない。
「邪魔すんなよ」
ユーラシアはそう言って一瞥すると、更に速度を上げる。
その後ろを太陽の意思は、まるでジェット機のように足から炎を勢いよく吹かせてピッタリとつけて飛ぶ。
ユーラシアはそんな太陽の意思へ気に食わない気持ちを抱きつつも、意識の大半は先から感じる気配の下へと向ける。
数秒後、気配の主の姿が見えてきた。
そのタイミングで相手もユーラシアに気がついたらしく、人型から緑色の鱗を纏った竜の姿へと変貌する。
ユーラシアと太陽の意思は、周囲が岩山に囲われている広場へと降り立つ。
またしても向かい合うユーラシアとエメラル。エメラルの背後には、意識を失ったままのシエルが横たわっていた。
「あっ!」
小さな子供のようにシエルを見つけて無邪気に喜ぶ太陽の意思。
しかし、ユーラシアとエメラルの視線が太陽の意思へと向けられることはなかった。
「どうしてここが分かったのかな?」
「偶然ってやつだ。別にお前がここにいることを知っていて来たわけじゃねえ。けど、手間が省けたぜ」
「その勝ち誇った表情・・・・・昔から本当に気に食わないね」
笑みを浮かべてはいるが、エメラルの目の奥は全く笑っていない。
「それはオレのセリフだ。昔も今も、てめえはオレから一番大切な存在を奪った。もう同族だろうが容赦はしねえぞ」
「ハッハッハッハッハッハッ、君が竜王と呼ばれていたのは随分と昔の話しだろう。僕だって欲しいモノを手にするために容赦はしないさ」
両者の欲望と怒りが激突する。
「太陽」
「ん? え? それって、オデのこと?」
「シエルはオレのだ」
「わ、わ、分かってるよ!」
「けど・・・・・今だけは任せていいか?」
太陽の意思は一瞬耳を疑う。
終始敵意剥き出しだった目の前の存在から頼られた現実に、初めて心地よさのようなモノを感じてしまった。
「う、うん! 任せて! 何があっても傷つけないし、守ってみせるよ!」
「それじゃあ、少しの間お前に任せる」
「その子どもがどこの誰かは知らないけど、僕と君の戦いに巻き込まれればただでは済まないと思うよ?」
「負け惜しみか?」
「は?」
「オレとやるのが怖いならそう言えよ」
「は?」
「もう、逃げる場所なんかどこにもねえぞ」
次の瞬間、エメラルの顔から笑みが完全に消え失せ、そしてユーラシアに匹敵するほどの魔力のオーラを解放する。
「今の僕なら、君にも届き得るんだよ! あんまり調子に乗るなよ、ユグドラシルゥ‼︎」
狂気に叫ぶその表情は、まるでカリュオスを彷彿とさせる形相。
しかしユーラシアは、怒りで頭がおかしくなってしまうのではないかと思う状況の中、なぜだか薄らと笑みを浮かべる。
「そんなもんかよ」
そうしてユーラシアも魔力を解放する。
「なっ⁉︎」
その圧倒的なまでの魔力量にエメラルは顔を引き攣らせ、たじろぐ。
太陽の意思も直接的に魔力を感じ取ることはできないが、自分との戦いの影響で目の前の男が飛躍的に成長したことを感じ取っていた。
先ほど見せた黒い状態ほどの威圧感と悍ましさは感じられないが、肌を突き刺すヒリヒリとした感覚は、普通の竜王の状態だとしても、太陽の意思の顔に無意識に笑みを浮かばせるほど。
「ユグドラ——————」
殺し合いに開始も終了の合図も存在しない。
ただ分かるのは、これから起こるのは一方的な蹂躙であることのみ。
こうして初撃は、ユーラシアの頭蓋骨がエメラルの顔面を穿ち、戦いの火蓋は落とされるのだった。




