310話 愛ゆえの戦力外通告
ユーラシアへ向けられる視線は、恐怖一色。
他国の国民はともかく、ガンデルやガルド、シェティーネとレインまでもその瞳の奥には多少の恐怖が抱かれているようだった。
無理もない。
目の前であれほどの魔力の波長とブラッドアイスの消えゆく様を目にすれば、誰であろうとも本能により恐怖心を植え付けられる。
現に勇者ですら黒竜王となったユーラシアには恐怖を抱いたほど。しかし、雪の件とソルン村の件による怒りが恐怖に勝った。
「それじゃあ、僕たちは転移魔法陣を準備してくるよ」
「ああ」
そう言って、勇者は宙へと巨大な転移魔法陣を描き始める。
中間地帯へと避難してきた人口は、約50億人。そこへソルン村からの100名ほどの避難民が合わさった人数を一斉に転移させるとなると、流石に聖剣に刻まれた転移魔法陣の規模では足りない。
勇者が宙へと飛び立った直後、4名のドラゴンスレイヤーとともにシェティーネとレイン、そしてガンデルらブラッドアイスの国王20名がユーラシアの下へと近づいてきた。
「感謝するぞユーラシアよ。大陸は滅んでしまったが、其方のおかげでこれほど多くの民が救われたのだ。胸をはれ」
先ほどまで抱いていた恐怖は消え失せたのか、ユーラシアへと笑顔を向けるガンデル。
「——————いや、そうじゃねえんだ。結果的にブラッドアイスを滅ぼしちまったのは、オレの力だ」
「そんなこと——————」
「そんなことあるんだよ! 怒りに呑み込まれ、ヘタしたらお前らまで殺してたかも知れねえんだ」
ユーラシア自身も、自分自身へと恐怖を抱いている。
以前のユーラシアは孤独に生きていた。
しかし、シェティーネやレイン、勇者、ケンタ、その他様々な人々と再び出会い、そして信頼されていくことで、少しずつだが笑顔を取り戻していった。
それなのに、今のユーラシアは以前と同様、それ以上に辛そうな表現を浮かべている。これ以上ないほどの絶望を味わってきたはずが、更なる絶望に心が蝕まれていく。
そんなユーラシアへと追い打ちをかけるようにとある少年少女が近寄る。
「やはりと言うべきか、どこまでいっても暴君。本当に変わらないねえ」
「魔王なんかよりずっと恐ろしい存在よ」
「何の話をしているのか分からないけど、この人を悪く言うのは許さない」
アイナスは、竜王とユンロン、ユンリンの間へ入り、腰に携えていた剣を抜刀して刃を向ける。
「おやおやアイナス。トルネオンの言うように、本当にこの悪魔に絆されてしまったのかい?」
アイナスはユンロンの発言に眉をぴくりと動かすが、すかさずキリッとした目つきでユンロンへと視線を向ける。
「そうみたい。だけど、それは私の勝手。貴方たちには関係ないこと」
「いやはや困ったものだ。恋心に惑わされて本質を見失うとは、君はもっと利口だと思っていたんだけどね」
「フッ」
「何がおかしいのかな? トルネオン」
「随分愉快な茶番だと思ってな。ブラッドアイスの壁が崩れたのは俺たちが避難した後のことだ。だが竜王がいなけりゃ、誰が太陽の意思とやらを食い止められたんだ?」
「それは・・・・・」
「てめえは命を救ってもらった分際で、わーわーわーわーうるせえんだよ」
彼らのやり取りを見ていた国王たちの反応は、終始怪訝な表情。ユーラシアへと恩を感じている者たちは少ないように見受けられる。
命を救われただとか、ブラッドアイスを壊されたとかいう以前に、記憶上では最悪最強の敵として君臨する竜王であり、あれほどの力を間近で見せつけられた恐怖心が彼らの心を深く埋め尽くしている。
だから竜王の前まで足を運んだはいいものの、誰一人として発言する素振りを見せない。
ガンデルが示した態度からも分かる通り、感謝の気持ちを伝えるためにユーラシアへと近づいてきたのだろう。
しかし実際に向けているのは、恐怖。
「——————恐怖したいなら恐怖しても構わねえさ。以前のオレを知る妖精の力を借りてんなら、恐怖が消えねえのも無理ない話だからな」
ユンロンとユンリンは、一瞬ピクリと体を反応させる。
「そこまで分かってるんだ」
「妖精の力を宿してんのは見れば分かる。オレに向ける敵意が他の奴らとは違うこともなんとなくな」
星の一族は妖精の力を借りる一族であり、その妖精は古代から存在している。そして星の一族に力を与える妖精たちは、竜族の時代から存在する「古代種」と呼ばれる存在であり、かつて竜王が理性を失くして暴走した姿を目の当たりにしている。故に、いい印象を持っておらず、妖精の力を借り受ける人間も妖精の意思と感情を共有することとなる。
妖精は聖なる存在であるため、邪神の力の影響を受けることなく、今も尚、竜王へと恐怖を抱き続けているわけだ。
「ただオレの邪魔をするなら容赦なく潰す。それだけだ」
明らかに先ほどとは雰囲気が異なるユーラシアを目の前に、一歩を踏み出せずにいるシェティーネとレイン。
そんな二人へとユーラシアは、怒りとは真逆の儚げな視線を向ける。
「シェティーネ、レイン。悪りぃな・・・・・お前らと旅ができるのはここまでだ」
「どうして・・・・・? 私たちはそんなに弱いかしら?」
「俺たちはまだ、お前に守ってもらわなくてはいけないほど力不足なのか? 隣に立てずとも、後ろすら歩かせてはくれないのか?」
レインの必死な表情が、ユーラシアへと懐かしさを思い起こさせる。
「お前のその負けず嫌いで必死な表情、久しぶりに見た気がするな」
「え?」
「いや、今のは独り言だ」
ふと浮かべたささやかな笑みは、ものの数秒で消え失せてしまった。
「悪りぃな。オレが全部終わらせてくる。だから、お前らは何も心配すんな」
心配しないなんて、できるはずがない。
ユーラシアもそのことは承知の上での発言。
それほど、ユーラシアは一人で背負うことに慣れすぎてしまっている。
そしてユーラシアの苦しく、冷たい表情に立ち向かう勇気は、既にシェティーネとレインにはなかった。
故に二人は悔しさを胸の内に押し殺し、ひたすらに唇を噛み締めるしかなかった。




