306話 終わらない絶望の知らせ
勇者は正気を取り戻し、ユーラシアへと頭を下げる。
「シエルのことはすまない。僕たちがついていながら何もできなかった」
「いや、オレも同じだ。また、何もできずに奪われた——————それだけじゃない。挙句にあん時みたく怒りに任せて力を振るった結果がこれだ」
全てが焼かれ、基盤となっていた地面の紅き氷のみが浮き彫りとなっている状態。ブラッドアイスの文明は消え失せ、この時をもって、北側領土はホワイトプリムス大陸のみとなった。
「お前らがいなけりゃ、オレはまた全てを奪うところだった——————感謝してもしきれねえ」
「一先ずは、危機を乗り越えたことに感謝しないとだね」
心身ともに疲れ切った表情に、せめてもの笑顔を浮かべる勇者。今すぐにでも雪を助けに行きたいのは山々だろうが、居場所が分からない上、例え邪神の下にいたとしても策なしでは無謀すぎる。
そして、それはユーラシアとて同じ。
エメラルに連れ去られたシエルを今すぐに探しに行きたい。居場所さえ突き止められればユーラシアはエメラル如きに遅れは取らない。しかし、肝心な居場所が分からない。
「ユーラシア。さっき君が見せた黒い力は一体何だ?」
「オレにもはっきりとしたことはよく分かんねえ。けど、どうしようもないほどの怒りの感情に支配されてたことは覚えてる。勘でしかねえけど、ブラッドアイスに宿る怨念と何か関係があるのかも知れねえ」
「それって、あんたとシエルの子供の話?」
「ああ。もしかしたら、オレん中の怒りと共鳴した結果なのかもな。かつてオレが暴走した時は、あんな力は発現しなかった」
北側領土と称されるこの地は、かつて竜王が生まれた地であり、竜族の生きる場所であった。
竜王は一度自らの手で仲間の命と住む場所を奪った。そしてユーラシアとして一人の人間となって転生した人生でも尚、同じ過ちを繰り返してしまうところであった。
いや、ブラッドアイスを壊滅させているため、既に片足を突っ込んでいると言っても間違いではないだろう。
それでも、自らの意思で戻ってこられたのは幸いであった。
かつて暴走した時は、竜族はもとより、竜王を抑制するために竜王の眷属となったミラエラでさえも、ユグドラシルの怒りと絶望の力の前では無力に等しい存在だった。
「あのさ、勇者ってお前のことじゃないのか?」
いつの間にか起き上がっていた太陽の意思は、宙を飛び、真剣な表情を浮かべるユーラシアの顔をへと自身の顔を近づける。
「近いだろ!」
突然の出来事に、ユーラシアは勢いよく太陽の意思を突き飛ばす。
そのまま太陽の意思は尻餅をつき、ギロッと睨んだ視線をユーラシアへと向ける。
「イッタイな! さっきから何すんだよ! オデはもう戦う気なんてないって言ってるだろ‼︎」
喚き散らかすその様は、まさに幼児がだだを捏ねている様子そのものだった。
「なぁ、こいつも邪神の差金だと思うか?」
「どうだろうね。流石に太陽の意思までも思いのままに動かせるとは思えないけど」
「太陽の意思? 何だそれ」
ユーラシアは地に寝そべりだだを捏ね続ける太陽の意思へと視線を向け、首を傾げる。
「太陽の意思っていうのは、分かりやすく言うと、上空に浮かぶ太陽そのものなんだ。ただ、核が意思を持って地上へと降りてきたなんて今でも信じられないよ」
すると、太陽の意思は喚くのをやめ、不貞腐れたような態度で話し始める。
「オデは無理矢理起こされたんだ。勇者を殺せとか、竜王の大切を殺せとか、ずっと声が聞こえて・・・・・ヒクッヒクッ・・・・・気持ちよく眠ってたのにさ、ずっと頭の中に響き続けて——————って、アレ? もう聞こえない・・・・・? もう聞こえない‼︎」
情緒が不安定なのか、不貞腐れていたかと思うと、今度は無邪気に飛び跳ね喜び始める太陽の意思。
その様子を、難しげな表情で眺めるユーラシアと勇者。
「つまり・・・・・洗脳されていたわけではなく、ただの八つ当たりだったってこと?」
「違う! 声の命令に従えば、またぐっすり眠れると思ったんだ!」
頭が痛くなるような理屈。
「けど、どうやって戻ればいいんだよ——————うわぇーーーーーーん」
今度は号泣。
もう付き合いきれないと、ユーラシアと勇者は再び二人の世界へと意識を戻す。
「ていうことは、太陽の核が意思へと変化したんじゃなく、元々ある意思が眠ってる状態だったということだね。ていうことは、また眠りにつくことができれば核に戻れるはずだけど——————」
「眠る気配はこれっぽっちもねえな」
「だね。眠るための原理が人間の常識では通用しないんだろうね。だけど、このままなのは非常によくない。要するに太陽の意思が眠っている状態が核であり、太陽のエネルギーを生み出しているエネルギーなわけだから、今の状態は蓄積されていたエネルギーを消費しているのにすぎない。そしてそれは、太陽の外殻にも言えること」
「けどオレと戦ってる時、オレの炎の魔力を吸収して、自分の力に変換してたんだ」
「それは・・・・・凄すぎるね」
勇者は目を見開き、一瞬言葉に詰まる。
「だけど、太陽の意思が力を回復させたところで、上空に浮かぶ外殻のエネルギーは日に日に消耗され続ける。いつまで保つか分からないけど、外殻のエネルギーが尽きた時、僕たち含めた地上の生命は滅亡すると考えた方がいい」
「だろうな」
「雪とシエルを連れ戻して、太陽の意思が眠りにつける方法を考えよう」
「まぁ、シンプルに考えれば今あるエネルギーを全て消耗させることだろうけどな」
「うん。そう考えるのが妥当だろうね。だけど、君の力を凌ぐほどのエネルギー量だ。普通の方法じゃ底をつかせるなんて到底不可能さ」
「——————だな」
別に最強や無敵という言葉に誇りを持っていたわけではないが、いざ完敗を味わってみると、悔しい感情が込み上げる。
結果的に勝利できたのも、純粋な竜王としての力だけではない。
「無謀かも知れねえけど、シエルとユキを取り戻すためには、邪神に会いに行くしかなさそうだ」
「方法はあるの?」
「ああ、一か八かの賭けだが、心当たりがある」
「なぁなぁ、あのキレイな人。お前の大切なのか?」
キレイな人——————太陽の意思の発言に一瞬戸惑うユーラシアだが、パッと頭に浮かぶ人物が一人。
「ああ、何よりも大切な存在だ」
「助けに行くのか?」
「当たり前だ」
「な、な、なら、手伝ってやってもいいけどぉー?」
そう答える太陽の意思は、これでもかというくらい顔面を真っ赤に染め上げていた。りんごなど例え話ではなく、まさにりんごと同等の赤らみ。
「おい、シエルはオレんだ」
「フン!」
ユーラシアは、太陽の意思が突然大人しくなった理由を理解すると同時に、複雑な感情を抱く。
「フゥ」
そうして一度乱れそうになる感情を整え、再び『竜王の抱擁』を惑星全体に展開する。
シエルとエメラルの気配を感じることはできないが、その他、生き残った者たちの無事を知る。
「よかった。シェティーネたちは無事みてえだ——————ッ⁉︎」
抱擁を展開して間もなく、突如ユーラシアの顔が蒼白になる。
視線はウロウロと動揺し、額には尋常ではないほどの汗が滲む。
「どうした?」
「——————ソルン村が・・・・・」
浮かぶは絶望の色。
状況を理解できていない勇者を置き去りに、ユーラシアは一人、その場から姿を消した。
「あっちょ——————は? 一体どういうことだよ・・・・・」
その瞬間、勇者は猛烈に己自身に怒りが込み上げる。
と同時に、形容し難い吐き気が胸の底から込み上げてくる。
「チクショー! どうして気づかなかった‼︎」
そう怒りを露わに大声を上げ、いつまでも地面へと座り込む太陽の意思の腕をガッと掴み、そのまま転移魔法でユーラシアの後を追うのだった。




