298話 伝播する恐怖
竜王と太陽の意思による海上戦が開始された頃、その轟音と衝撃は地下に存在する剣王堂にも響き渡っていた。
「これは・・・・・シエルの魔法か?」
突如この場にいる全ての者たちの体を、透き通る白きオーラが包み込む。
湯船に浸かっているような心地よさと安心感が、恐怖心を緩和する。
おまけに体の奥底から湧き上がる力の影響で、なんとか貧弱な者たちも正気を保ててはいるが、止まない轟音と衝撃による不安と恐怖は波となり皆の心に押し寄せる。
「一体地上で何が起きているんだ?」
「分からないわ。けれど、剣聖村の悪夢を思い起こされるわね」
それは、オーレルと戦ったあの日の出来事。
剣聖状態になっても尚、まるで歯が立たなかった絶望感が呼び起こされる。それは、王城の方角からほんの数秒前まで感じていた気配がよく似ていたため。しかし、今は嘘のようにその気配が消えてしまっている。
そしてその気配が消えた直後、とてつもない衝撃が剣王堂を襲ったのだ。
そして次の瞬間、その衝撃派の原因が明らかとなる。
突如、急激に膨れ上がる竜王の気配を感じ取るシェティーネとレイン。そしてトルネオンもまたその気配の変動に気がついたらしく、驚きの表情で顔を歪めている。
「「「——————竜王」」」」
そしていつの間にかシェティーネたちの近くへやって来ていたアイナスと双星の二人が揃ってその名を口にする。
数秒後、先ほどよりもより深く体の芯にまで響く轟音とともに、今日一番の揺れが剣王堂を襲った。
「キャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼︎」
騒ぎ、恐怖に泣き叫ぶ観客たち。
多少の安心感など意味をなさないほどに、抱く恐怖心は限界に達する。
「慌てちゃダメよ! みんな落ち着いてちょうだい」
当然、シェティーネの声など届かない。
「またしても竜王のせいでこの地は滅びることとなるのか⁉︎」
「何度同じ過ちを繰り返せば気が済むの!」
焦りと怒りを含ませ、ユンロンとユンリンが感情のままに言葉を発する。
しかしその様子はどこか、ユンロンとユンリンの言葉でありながらも、二人の意思とは別の意思が働いているようだった。
「竜王は敵じゃない。私たちを守ろうとしてる」
「何でお前にそんなことが分かるんだ? アイナス」
「私は信じてるから」
「愛だの恋だのに人類一鈍感なお前が気でも触れたか?」
「・・・・・そんなんじゃない」
その微妙に空いた間に、トルネオンは眉を顰める。
「——————こんな状況で、焦らずにいられるくらいには、私たちも成長したのね」
「そうだな」
そう言ってシェティーネとレインは顔を見合わせた後、再び剣聖の状態へと変身する。
漆黒の大剣を地へと突き立て、目を閉じ意識を体内へと集中させる。
徐々に徐々に体の周囲に白銀のオーラを纏い始め、シエルによる白銀の贈り物のオーラの輝きに負けないくらい、その輝きをより濃くより濃く研ぎ澄ましていく。次第にその輝きは人々の意識へと作用し、堂内は嘘のように静まり返る。
漆黒とは対となる白銀。
これこそ、剣聖覇気なるモノ。
邪なる存在が放つ邪気のような相手を蝕むなどの物理的干渉効果は有してはいないが、その見事な佇まいは見た者を魅了する力を有している。
そして剣王堂に落ち着きが取り戻され始めた時、この場にいる全ての者の脳内へととある人物の声が響く。
正しく国王のものだ。
『皆へ告ぐ! 勇者様曰く、ブラッドアイスに侵攻してきたのは、太陽の核なるモノ。それが意思を持った存在である。そして、我々人類を守り、今も尚戦っているのは竜王である。惑う気持ちはよく分かる。しかし、今は俺を、勇者を信じ、決して絶望するな!』
短く告げられた衝撃の事実。
先ほどの混乱とは異なり、自分たちの当たり前の根幹が崩れる——————そんな動揺の色に変わり始める。
竜王は世界の敵のはず。ならば、今回のことも竜王の仕業じゃないのか?
それなのに、自分たちを守る?
一体どうして竜王がそんなことを?
そもそも、竜族との戦争後、一体のみ生き残った竜王と人類の戦争の時代がまさに今。それはこの世に生きる者ならば誰しもが知る常識中の常識。
それなのに、一体誰が人類に攻めに来るというのか・・・・・
「これほどの戦いだってのに、魔力の気配をこれっぽっちも感じられねえ」
「まだ竜王を疑うの?」
アイナスは少し怒った様子でトルネオンに言葉を投げる。
「そうじゃねえ。竜王が得体の知れない何かを相手にしてるのは理解した。ただ、竜王は一体何を相手にしてやがる?」
場が静まり返る。
これほどの力を持っているのならば、人類の全勢力を持ってしても竜王には届かない。
それなのに、その竜王が倒しきれない相手。
ここにいる誰しも知る由もないが、倒しきれないどころか、その相手に竜王はむしろ劣勢に立たされていた。
「——————奴は、このことを見越して恐怖してたってことか」
トルネオンは一人納得した様子で頷く。
トルネオンの一言を聞いたシェティーネ、レイン、アイナスは、竜王のことを信じている・・・・・信じているが、不安な気持ちを抱きながら地上を見上げるのだった。




