295話 勇者への嫌がらせ
同時刻 魔界。
「俺を除き、この世界にユーラシアを圧倒する者がいるとはな。だが間近で体感したあの力——————俺にすら届きうるものだった」
先ほど太陽の意思と対面していた邪神は、いわば分身体のようなモノ。自らのエネルギーのみを外界へと送り込み、本体さながらの形を成していただけに過ぎない。それでも、今の竜王に匹敵するほどの力は有しており、意思を目覚めさせられたことによる怒りの感情と同調した太陽の熱量により、万が一にでも竜王のいる星が消失することのないように特殊な結界を施す役割を担わせていた。
その分身体が、太陽の意思が外界へと解き放たれた瞬間、一瞬にして消失させられた。
「いいのかい? このまま放っておいても」
「——————戻ったか」
魔界で一人竜王の動向を観察していると、意識を失ったユキ・ヒイラギを抱えたエメラルが姿を見せる。
「これで僕は自由にやらせてもらうよ」
「あぁ、好きにしろ。ところで質問の答えだが、みすみすユーラシアを殺らせるわけにはいかないが、仮にも俺が心酔した存在が、俺以外の何者にも負けていいはずがない」
「そっか。それじゃあ、僕は失礼させてもらうよ」
そうして邪神の下を去ろうとするエメラル。
すると、突如目の前へと透明な水晶のようなモノが出現し、そこに何やらとある場所の映像が映し出される。
「——————ささやかな褒美だ。お前にその地を与えよう」
「とは言っても、見渡す限り何もなさそうだけど?」
「そこは以前『魔界』だった地だ。今は魔力も含めて何一つないが、廃墟となった魔王城のみが存在している。捨てるも開拓するのもお前の自由だ」
「ふ〜ん」
エメラルはどこかご機嫌な様子で鼻を鳴らす。
「二人で住むには広すぎるけど、先のことは未来の僕に任せるとしようか。ありがたく受け取っておくよ」
「配下の機嫌取りも主人の勤めだからな」
「あっそうだ。一つ聞きたいことがあるんだけど、どうしてこんな人間の少女が「神の力」を持っているんだい?」
それは至極当然の質問であり、邪神としても隠す気などない。
「以前その者は、『神人』と呼ばれる最高神の遣いであり、その原初たる存在だった」
「そういうことはもっと早く教えてくれてもいいんじゃない?」
「知ったところでさほど意味などない。今のお前はそれほどまでの存在というわけだ」
「フッ、光栄だな。それじゃあね〜」
そうしてエメラルは魔界から去り、この場には邪神とユキの二人のみ残る。
「——————それにしても我が配下には改めて落胆した」
そう述べると、邪神は自身の姿を隠していた闇の壁をすり抜け、神の膝元に横たわるユキの下へと降り立つ。
そしてユキを起立の姿勢で空中へと貼り付ける。
ユキの全身を縛るのは、邪神による神の力のエネルギー。
同じ神の力を有する存在でも、例えユキが最高神の力を借りていたとしても、拘束を解くことは不可能なほど。
しばらくしてユキが目を覚ます。
しばらくと言ってもほんの数秒。
「——————ここは・・・・・?」
ぼんやりとしていて視界は黒く、目の前に何者かが立っている様子が窺えた。
「目覚めたようだな」
次第に視界が慣れてくると同時に、ユキは全身の血液が恐怖により冷え切っていくのを感じる。かつて魔王は人間ならざる存在ながらも、人の姿をしていたとされている。
しかし、今目の前にいる存在は、アート・バートリーの面影など一切なく、腿・肩・顔周り・肘から手のひらにかけて漆黒の毛並みを有し、それ以外の皮膚とされる部分には、強靭な鱗が幾つも存在している。また、瞳は赤く、竜のような黄金の角を、額の毛並みと鱗の境目から生やし、ギラリと輝く漆黒の牙を口から生やす。更に、漆黒の翼を片方のみ有している人型の存在は、まるで獣と人と竜が融合したようなそんな姿。
「何者じゃ・・・・・わらわはなぜここにおる?」
「俺が何者なのか、それは貴様に関係のないことだ。だが教えてやろう。俺は最高神に代わるこの世の新たな神と言ったところだ。そして貴様には礼を言わねばな」
声も、姿もまるで別物。しかし、これは勘でしかないのだが、ユキはふと、オルタコアスに『ゴッドティアー』を降らせる前の出来事を思い出していた。
それは、アート・バートリーとの短なやり取り。
その時生じた違和感と、些細な恐怖。
それが今、形を成して目の前に佇んでいる気がしてならない。
「——————其方⁉︎」
そこから先の言葉は出なかった。
目が合った瞬間、体は元より、声までも出せなくなってしまったのだ。
「バベルの時は世話になった。貴様のおかげで記憶と力を取り戻すことができたぞ」
「・・・・・何の、ことじゃ?」
ユキには思い当たる節はなく、邪神の発言が理解できないでいた。
「まぁ、敢えて思い出す必要もないことだ。それよりも貴様には今から、勇者への些細な嫌がらせに付き合ってもらう」
そう言い、邪神の大きな掌がユキの顔全体を覆い隠す。
直後、脳天からつま先にかけて、じわりじわりとユキの全身がダークエルフのように漆黒に染められていく。
ユキは悲鳴も出せず、意識を奪われてしまった。
そこに誕生したのは、サラサラの短な黒髪を持つほっそりとした漆黒の少女。輪郭はそのままだが、最早誰なのかは一目では分からない。
邪神はユキへと真っ黒なドレスを着せ、頭には名前にちなんだ雪の結晶のアクセサリーを添える。
その姿を見た邪神は、口元をニンマリとさせる。
「さぁ、勇者は絶望に喘ぐか、愛する者の美しい姿に心躍らせるか、見せてもらうとしよう」
そう言い、再びユキに手を翳し、ユキを勇者の下へと送り出すのだった。




