266話 エリザヌス
それからどのくらいの時間が経っただろうか?
ユーラシアはブリザードたちへと、世界が今置かれている現状とその原因を話し、その後は主にユグドラシルであった頃の話を聞かせた。
ユーラシアの話を聞くに連れて、ブリザードたちの表情は徐々に柔らかさを帯びていき、今では完全にドラゴニュートやオルタコアスの民たちの様に、偉大なる存在へと向ける尊敬の視線へと様変わりしている。
「竜・・・・・。そのような偉大なる種族の王であったユーラシア様とこうして巡り会えた幸せに感謝致します」
「直接記憶を見たわけでもねえのに、疑わないんだな」
「私たちに兎人族のような嘘を見破る力はないですけど、不思議と感じるユーラシア様との繋がりが、貴方を信じていいのだと、そう語りかけてくるのです」
ユーラシアはささやかな笑みを口元に浮かべる。
ここ数年、ユーラシアは大切な者たちから忘れられただけでなく、敵であると認識されていた。
それは、ただ忘れられるよりも過酷で、苦痛をユーラシアへと与え続けていた。
しかし今では徐々にだが、周囲の者たちの心はユーラシアへと傾き始め、記憶を取り戻し始める者も見られる。
ユーラシアは確かに強い、最強と言ってもいいほどに。
しかし同時に弱さも兼ね備えている。
ユグドラシルの記憶を取り戻してからのユーラシアの歩みは、誰にも知られることなく、英雄に相応しい理想の歩みそのものだった。
時に同族の命を奪ってしまうこともあったが、それも全て大切な者たちを守るための行い。
感謝されたいわけでも、讃えられたいわけでもない。だけどそれでも、誰にも気づかれず、人類の絶望として孤独の道をいく日々は、確実にユーラシアの心を蝕んでいた。
多くの記憶を取り戻し、多くの試練を乗り越えて来たため、見た目も性格も、前とは別人のようになってしまった。
久しぶりに会う者たちは、ユーラシアの変わりように目を疑う。
果たしてそれはいい意味でなのか? 悪い意味なのかは分からない。
けれど、本質は何も変わってはいないのだ。
愛する者を何よりも大切にする心の豊かさはユグドラシルの時から何も変わらず、いつも心を動かすのは決まって愛する者の存在だった。
そして、ユーラシアとしての臆病さも失ってはいない。
誰よりも傷つき、誰よりも未来へと不安を抱いている。
ただ、その弱さを包み込めるほどの強さを身につけただけのこと。
だからこそ、純粋なる信頼はユーラシアの傷ついた心を優しく撫でる。
「ユーラシア様の内で燃える炎は、強靭な強さを有しながらも、包み込まれるような優しさを感じます。だからこそ覚えておいて欲しいのです。邪なる力の浄化が目的なら、おそらくこの後はブラッドアイスへと向かわれるのですよね?」
「ああ」
「でしたら、ブラッドアイスの炎には、十分にお気をつけください」
ブラッドアイスの炎とは、氷の中に存在す炎の存在。
「私たちを含めたこの地全体と、ユーラシア様とは何かしら繋がっているモノがあるのは確かです。ブラッドアイスに眠る炎からは、ユーラシア様とどこか似た気配を感じるのですが、背筋が凍りつくような悍ましい何かも感じるのです。だからこそ、決して呑み込まれるようなことがないよう、祈っています」
ユーラシアはテンペストの言う炎の気配は感じないが、十分肝に銘じることとした。
この地で生まれ育った存在であるからこそ、感じ取ることのできる何かがあるのだろう。
ただ、ブラッドアイスから感じるただならぬ邪悪なる気配は、ビシビシとユーラシアを刺激している。
そしてその気配とは、言うまでもなく邪神のモノである。
「じゃあ、オレは行く」
ユーラシアは抱擁の力で勇者のゲニウスが発動されたことを感知する。そしてその力は天空まで及び、ブリザードたちへと浄化の作用を促した。
天から降る眩い光がゲニウスの光を相殺していたため、目で見ただけでは何が起きたのかは分からない。
「はい。それでは、まだ誰にも教えたことのない私が私自身へと付けた名を、特別にユーラシア様にだけ教えてあげます」
そうしてユーラシアの頭の中で囁かれた偉大なるテンペストの名は、『エリザヌス』。
ブリザードたちと別れたユーラシアは、ゲニウスを発動し終えた勇者の下へと向かう。




