265話 天空龍
辺り一帯は白く視界が覆われて何も見えない。
嵐のように吹き荒れる猛吹雪。
それを起こしているのが天空龍と呼ばれる存在。
「不思議な感じだ、魔力の気配だけが全く感じない」
天空龍は、既に勇者とユーラシアを囲うように大量に周囲を飛翔しているはずなのだが、魔力の気配のみが全くもって感じられない。
「それじゃあ、始めるよ」
勇者は腰に携える聖剣を抜刀し、魔力を込めて眩い光を纏わせる。
「魔法陣には魔力はいらないんじゃなかったのか?」
「通常ならね。だけど、北側領土はただでさえ描きにくい環境の上、ホワイトプリムスのてっぺんは更に酷いときた。こうやって聖剣に魔力を纏わせ描いていくことで、この環境にも負けないくらいの魔法陣を描くことができるのさ」
常識として、魔法陣を描く際に魔力を有さないのは、魔法陣に刻まれた魔力が外から干渉するための魔力の阻害要因となってしまうため。魔法陣発動の際は、外側から込められた魔力が刻まれた魔法文字の流れに沿って細部にまで浸透し発動するのだが、そもそも魔力が魔法陣に挟まってしまっている状態ならば、そこの部分だけが固定化されてしまい、魔法陣全体に魔力が循環しなくなってしまう。
「僕たちなら、魔力を有しても問題なく魔法陣を形成することができる。だけど通常よりも時間を要する上に、この環境下だ。ホワイトプリムス全体と、天空龍含めた魔法陣を形成するためには、少なくても五時間くらいは必要だと思う」
「五時間か。それじゃあ、それまでこいつらの相手をしておけばいいって話だな」
「君になら安心して任せられることを嬉しく思うよ」
そうして勇者はホワイトプリムスの山頂へと聖剣を突き刺し、そこからゆっくりと光り輝く線を荒れ狂う環境下の空中へと描いていく。
「そういや、上に上がれば上がるほど吹雪の勢いは強くなってる気がすんのは気のせいか?」
ユーラシアは勇者に意識を集中させつつ、更に上の様子を確かめるため、上昇していく。
全身に絶え間なく襲いくる無数の鋭く細かい氷の粒たち。
その勢いは上空へと向かうほどに強くなっていく。
「こんなもんあいつらが喰らえばひとたまりもねえな」
この威力ならば、村一番のラギアですら一瞬にして穴ぼこだらけとなってしまうだろう。
つまり、ラギアが相手にしているという天空龍と、その更に上空にいる天空龍は、同種であったとしても強さが異なっているということ。
「そういや、下層の天空龍とか言ってたか? てことは、天空龍の強さが位置する標高によって違うことを知ってたってことか」
目的を忘れたわけではないものの、やはり同じ「りゅう」と呼ばれる者として、上に存在する天空龍とはどのような存在なのか、多少の興味を抱く。
そうして更に上、更に上へと向かっていく。
その都度、吹雪は加減を知らずに比例してその勢いを増していく。
先ほどは痛みもかゆみも何一つとして感じなかったはず。しかし徐々に全身に当たる氷の粒が気持ちよく感じ始めた頃、突如あれほど荒れていた吹雪がピタリと止む。
「何だ?」
気がつくと、足元には巨大な台風の目のようなモノが発生し、頭上には心打たれる絶景が広がっていた。
「・・・・・神秘的だ」
足下の台風の目は黒ずんでいるのに対し、頭上にも似たようなモノが存在しており、そこから差し込む眩い光が辺り一帯の雲を黄金色に照らしている。
空間に舞う無数の白龍たち。そんな白龍に囲まれる一体の巨大な白龍の姿。
他の竜は表皮に紅色に輝く鱗を纏っているのに対し、その巨大な白龍は銀色に輝く鱗を纏っている。
金と銀。そして白龍たちの咆哮が融合することで、エルフの都以上の神秘性を生み出している。
「本当に、オレたちとは別種の竜が存在したのか・・・・・」
ユーラシアは初めて見るその生命に心打たれ、驚愕する。
「聞き捨てなりません。「龍」とは、私たちのみが創造主様から与えられた種族名の一つ。唯一無二の存在なのです。それよりも、どうやってここまで来たのです? 何人たりとも、私の子供たちの守りを突破することはできないと思っていました。兎人族の皆さんには、私自らが出向き領地の分断を互いのために提案しましたし、彼らがここまで辿り着くことなど何があってもできないでしょう——————貴方は一体何者ですか?」
その瞬間、周囲を飛んでいた白龍たちの動きは一斉に止まり、ユーラシアへと意識が向けられるのを感じる。そして、言葉を放つ巨大な白龍自身も、あまりの巨大さ故に顔を天へと向けながら、視線と意識はユーラシアへと向けている。
「——————なら、見せてやるよ」
そう言うと、赤き竜王の姿へと変身する。
全長はおよそ十メートルほど。それなのに中央に浮かぶ白龍の十分の一にすら及ばない。
「う、うそ⁉︎」
ユーラシアが姿を変えた途端、白龍たちに動揺が走る。
「この気配・・・・・すごく懐かしい」
ユーラシアは兎人族に対しては、自身と同様の気配を感じることに気づいた時点で、ほんの少しばかり魔力の気配を解放していた。それは、ユウルと宿で初めて会った時。勇者を見た時の反応から勘づいてはいたものの、案の定気配を漏らしても正体に気が付かれることはなかった。
天空龍においては、目の前にいるというのに魔力の気配を何一つとして感じ取ることができない。故に一切の魔力の気配を遮断し、警戒心を強めていた。
しかしその姿を目にした瞬間、直感的に通じる何かをユーラシアは感じたのだ。
それは確かに感覚的なことではあるが、よく見ると、手足の構造や頭部の構造がよく似ている点に気がつく。
そして天空龍は何を感じたのか、突如態度が一変する。
「貴方は・・・・・貴方様は、創造主様でいらっしゃいますか?」
「いや、違うな」
「ですけど、その姿に、気配までも・・・・・」
「まぁ、何がどうなってんのか分かんねえけど、オレたちはあんたたちの敵じゃねえし、創造主でもない。邪悪な力に侵食されてる可能性があるから解放してやりたいだけだ」
「邪悪な力・・・・・ですか?」
「ああ、邪神っつう悪の化身が世界丸ごとの支配を企んでんだ。ただ静観してたら、この世の全ての生命は気づかねえうちにあいつの支配下に置かれることになる。今は大丈夫だとしても、もし力に侵食されちまってるなら、いずれ奴のコマにされちまう。けど、下にいる勇者が浄化する魔法陣を準備してる。だから大人しくしてればそれでいい」
「理解しました」
思いの外あっさりとユーラシアの要求を承諾する白龍。すると、巨大な白龍はみるみると縮小していき、一人の女性へと変身した。
透き通る銀髪に、顔以外の部分は銀の鱗で覆われた姿となっている。
合わせてユーラシアも人の姿へ戻ると、白龍がユーラシアの下へと近づいていく。
「私はテンペストと申します。テンペストとは、ブリザードの中で最も位の高い地位を示す名称のようなものです。先ほどは敵意を向けてしまいすみませんでした」
どこか照れた様子でそう告げる。
その様子を見たユーラシアの胸が一瞬だが高鳴る。
しかしそれは無理のないこと。なぜならば、目の前の女性姿は、人の姿であるシエルによく似ているから。
「ユーラシアだ。吹雪を止ませることはできるか?」
「すみません。吹雪を止ませることはしてあげられないんです」
するとテンペストは、その理由を話し始める。
天空龍=ブリザードが舞うことで周囲に飛散する氷の粒の正体は、表皮【次元の壁】の乾いた部分であり、その再生能力は高く、その割にすぐ表皮が乾燥してしまう。それは「脱皮」と呼ばれる現象であり、天空龍たちの脱皮は毎秒起こっている。
もしも脱皮を疎かにしてしまうと、古くなった皮が新しい鱗を覆ってしまい、代謝の低下を招いてしまう。天空龍は脱皮こそが呼吸であり食事の役割を果たすため、脱皮をやめてしまうと生死に関わるのだ。
また、表皮【次元の壁】に魔力は含まれず、発生する雲に魔力は含まれない(※ただし、あくまでも次元の壁であるため、あらゆる気配を遮断する効果を少なからず宿す)+現世に干渉するための肉体が次元の壁といえど、内側の魔力は基本的に壁により気配が遮断されているため、ユーラシアと言えど一切の魔力を感じることができないというわけだ。
「悪りぃな、無理なこと言って」
「気にしてませんから大丈夫です。それより、待っている間、ユーラシア様のことを色々聞かせてもらってもいいですか?」
「様って・・・・・まぁいいか」
そうしてユーラシアは勇者を待つ間、ブリザードたちへと現状と多少の昔話を聞かせるのだった。




