255話 エメラル vs 十大魔神
十大魔神にたちとって、その存在は敵ではないが、完全に味方とも認識していない。しかし、この瞬間は考える暇などなく、全員が全員、目の前の存在を敵であると認識していた。
なぜならば、頭が痛くなるほど濃く鋭い殺気を自分たちへと向けていたから。
一斉に皆が戦闘態勢となる中、シュイランのみ敵へと背を向け、闇に覆われた虚空へと視線を向ける。
そしてシュイランの両の手のひらが合わさり合掌した途端、シュイランの視線の先の虚空に微小な亀裂が生じるとともに、空間内の時空が歪む。
魔界は高次元世界のような存在であるため、地上の生命などには感知されない高密度のエネルギー体のようなモノ。
故に、地上とほぼ変わらない時が進んでいた魔界に空間の歪みが生じると、時の流れすらも歪んでしまうこととなり、今の魔神の間に流れる時間は、一時的に王級界のように不規則なものとなってしまう。
「逃げようとしても無駄だよ。だって、誰一人ここから逃がさないからね」
そう言うと、エメラルは殺気を更に増幅させ、空間内を殺気の気配で満たす。
そうすることにより、自身の動きを読みづらくさせる狙い。
そしてエメラルがまず始めに目をつけたのが、明らかに弱者の気配を醸し出すコヤムギ。
その背後を取り、そして口を大きく開いて襲い掛かるも、頭上から落とされるエメラルの巨大な顔を直前で真横に回避する。
「イタイッ」
しかし、左腕はエメラルのエサとなってしまい、そのままボリボリと不快な咀嚼音を奏でた後、ゴクリと呑み込んだ。
「わだすの体は美味しいだすか?」
「うーん・・・・・まぁまぁかな。なんかピリピリすんだよね」
「それは毒だすよ」
「毒?」
「わだすは体内で毒を作り出すことができるんだす。その毒は、オーレル様でも食らったら数秒間は動けないほど」
不眠のコヤムギ。
それは、目の下に濃く、大きな黒いクマを理由に人類に名付けられた二つ名。
そしてコヤムギの能力には睡眠が深く関係している。
コヤムギは、睡眠不足により体内に蓄えられた毒素を、魔力を用いることで様々な毒へと変化させられる。それは、構造に変化を及ぼす段階で魔力を干渉させるために、毒自体が魔力で構成されているわけではない。
つまり、不眠であればあるほど毒の濃さと量は増すこことなる。
そして竜王の力と神の力を得た今のコヤムギから生成される毒は、竜王にすら少なからず何かしらの影響を及ぼすことだろう。
本来この毒は外部へと飛散させることも可能なのだが、今は他の仲間がいるため、使えない。
しかしエメラルが好都合にも自ら腕を咀嚼してくれたことにより、通常外部から干渉させるよりもよっぽど毒の効果を発揮してくれる。
そう思い、コヤムギは痛さを堪え、臆病ながらも笑みを浮かべる。
だが、エメラルの口元に浮かべられた身の毛もよ立つ邪悪な笑みに気圧され、青ざめる。
「いや〜ごめんごめん。なんか、下手に希望を持たせちゃったことが哀れすぎてね。この程度の毒じゃ、僕の再生能力は上回れないよ」
「そ、そんな——————」
絶望し、涙を流したコヤムギの頭部を容赦なく喰いちぎり、そして全身を丸呑みにする。
ゴクリッ
「うん。これも一種の味変だと思えば、案外いけるね! さて、それじゃあ、次は・・・・・君かな?」
エメラルの視線は、シュイランへと向けられる。
「させるかよ!」
直後、一瞬にしてエメラルの全身に数十にも及ぶ打撃が放たれ、即座に打ち込まれた箇所が次々と紫色の火花を散らして派手に爆発する。
冷酷のミッショル。
その二つ名とは反する豪快な能力。
ミッショルの魔力には起爆作用が含まれているため、ほんの少し魔力を外部の空気へと晒すことにより、その量と密度の程度によって爆発の威力と規模が異なる。
晒すと言っても、ミッショル自身から離れた魔力に限るため、今現在、拳に纏わせる魔力は濃く透けている紫色のどんよりとした魔力の見た目を保てている。
「君ら竜王のこと知ってるんじゃないの? 学習しろよ」
「ノーダメかよ」
「やはり貴方もですか? というより、竜族は皆が魔力を無効化する能力を備えていたということですか」
「正〜解♪」
エメラルはドラルドの発言にご機嫌な様子で返答する。
「マジかよ・・・・・そんじゃ私の攻撃は意味ねえってことかよ」
「俺も同じだね。シュイランに風を起こす装置を作ってもらうことは可能かもしれないけど、奴を討つためには規格外の風力・風量を必要とする。おまけに魔力も無効化されるとなると、これは詰みかな?」
トロプタはまるで抗うことを諦めしまったかのように悲しい笑みを浮かべる。
「醜いですね、醜穢。貴方の姿がじゃないです。その心がです。今の貴方は、あのオーレルに引けを取らない存在であると、私は思います」
「モリィ」
「いいですか? 私が奴の力をできるだけ吸い取ります。その間に、なんとかしてください」
「何とかって言われてもな」
「行きます」
モリィはトロプタの返事などお構いなしに、『命の収穫』を発動させる。
すると、エメラルの周囲に大きな漆黒の輪が出現し、瞬時に輪は球体と化しエメラルをその中へと閉じ込める。
球体の中に囚われた存在は、何人たりとも魔力を吸われ、次第に生命力までも吸われることとなる。
そしてそれはエメラルも例外ではなく、現在進行形でエメラルの魔力は急速にモリィの能力により吸い取られている。
なぜならば、『命の収穫』のシステムを作り上げているのは、魔力であり神の力であるが、そこに発生する引力に魔力ないしは神の力の因子は一切含まれてはいないため。
「へぇ〜魔力を使おうとすると、瞬時に吸収されるのか。やるね。腕力だけで抜け出すとなると、少し手こずりそうだ。まっ、問題ないね」
すると、球体がものすごい力で攻撃され始める。
「早くしてください! 時間はないですよ」
「やるだけやってみるか」
そう言うと、トロプタは球体と仲間には触れないようコントロールしつつ、空間内一杯に吹き荒れる大量の風を魔力により発生させる。
しかしこれはあくまでも魔力により構成されているため、どんなに強力だろうとエメラルに対して意味はない。
「流石。やればできるじゃないですか」
次第に魔力で発生した風が更に引き起こす自然の風エネルギーのみを分離させ始める。
そして、ものの数秒程度で空間を満たす風は純粋な風のエネルギーによるもののみとなった。それを更に操り、威力・量ともに増大させていく。
「シュイラン、聞きたいことがあります」
「はい」
シュイランは一人静かに空間内に出口を作る作業に集中しつつ、ドラルドへと意識を向ける。
「この空間は、魔力で構成されたものですか?」
「どうでしょう? この空間自体は、私が作ったわけではありません。あくまで私はこの空間を心地の良い空間としてアレンジしたに過ぎませんから。ですが、邪神様のことです。魔力ではなく、もっと他の未知の何かで構成されていると、私は考えますよ」
魔力ではない可能性が高い。
それを知れただけで、ドラルドにとっては十分であった。
「壊すぜ? モリィ」
「やっちゃってください」
溜めに溜めた風エネルギーが四方八方からドリルのように高速回転しながらエメラルを捉える球体へと突っ込んでいく。
そして、球体へと風エネルギーが触れる直前、エメラルが球体を破壊し、そのままトロプタの攻撃を全身にモロに受ける。
「クッ」
エメラルは竜王のように鋼のような防御力を宿しているわけではない。
ただ、他の生命よりも耐久力は飛び抜けているというだけ。
そのため、トロプタの攻撃は見事エメラルにダメージを負わせることに成功する。
「やるね〜。悔しいけど、それでこそ喰いごたえがあるってもんさ」
エメラルは自己再生能力に頼りつつ、攻撃に転じる。
「『竜の咆哮』」
首をぐるんぐるんと回しながら大量のエメラルドグリーン色の炎を口から放出し、周囲に発生している風エネルギーを焼いていく。
「『従操術:真黒』」
従操術とは、有機物・無機物・ヒト・その他の生命に有効な能力であり、自身よりも格下の対象のみに有効な力(※対象・非対象の基準は、ほとんどが生命に適応されるため、モノにおいては基本的に何であろうとも対象となる)。そしてこの術は、対象物を思いのままに操ることのできる力である。
そして、ドラルドはこの力を行使する時、己の体に対象の要素を刻み込むことが条件となり、記憶した対象物であれば、次からは体の一部で触れることなく操ることが可能となる。
従操術の種類は主に三つ。
・業羅・・・記憶したモノに対して従操術を行使する力。
・生羅・・・記憶した生命に対して従操術を行使する力。
・真黒・・・記憶していない対象を記憶する際の力(※記憶している最中、それが対象可能であれば、体の一部で触れることにより操ることが可能となる)。
エメラルの炎によりトロプタの風エネルギーが全て消失した直後、即座に空間のあらゆる箇所が鋭利に突出し、無数の漆黒の刃がくねりながら素早くエメラルの体を貫いた。
「クッ! 効くねぇ〜」
多少の吐血を口元に見せながら強気の笑みを浮かべるエメラル。
「けどこれじゃ、君たちも容易には動けないんじゃない?」
空間内は、現にドラルドの操る漆黒の刃物で溢れかえっている。
そして直後、突如その場からエメラルの姿が消える。
そして次に姿を見せた場所は、シュイランの背後だった。
ここだけは、脱出のために何一つ干渉がされておらず、周囲にはシュイランが作業しやすいように多少の空間が設けられていた。そこを突かれた。
「カハッ」
シュイランの胴体は即座にエメラルの片腕に容易く貫かれる。
と、同時に、エメラルの胴体もドラルドの操る空間により貫かれた。
「逃げて、ください」
直後、バリンッと大きな音を立て、空間に穴が生じる。
そこから見えるは、雲に覆われた空の景色だ。
その瞬間、外と繋がれたことにより魔神の間の時の流れが地上のものとリンクする。
「何度も言わせんなよ。逃がさないよ」
エメラルは片腕に突き刺さるシュイランを丸呑みにすると、すぐ近くにいたドラルドへと襲いかかる。
迫り来る空間が変異した攻撃など、何度突き刺さろうとも回復し、もろともしない。
「ここまでですか」
死を悟ったその時、目前で紫色の火花が豪快に弾ける。
「クハッ」
と同時に頬に飛ぶ生温い液体の感触。
「あんたらはここで死んじゃだめだ。私らなんかより、よっぽど邪神様の役に立つからな」
「そうですね」
そしてエメラルと、エメラルの口に生える牙に胴体を貫かれたミッショルは、次第にモリィの『命の収穫』により発生した球体に包み込まれる。
「早く、今のうちに!」
「何してる?」
「醜穢。癪ですが、貴方はとてもカッコいい。案外、私の好みでしたよ。だからもう皮を被ることなく、貴方らしく生きていくんですよ。貴方が惚れた女性からの最後のお願いです」
「バカ野郎・・・・・惚れてなんか——————」
トロプタは唇を噛み締める。
そんなトロプタを抱えるドラルド。
「行きますよ」
「待ってくれ、ドラルド。せめてモリィだけでも——————」
「お二人の覚悟を無駄にする気ですか?」
「何だよ、それ」
「見捨てたいわけがありません。ですが、このままでは全滅は免れない。だからこそ、私たちが邪神様の命を全うし、皆の分も生き抜くのです!」
その後、トロプタはただ唇を噛み締めるだけで、口を開くことはなかった。
そして二人はシュイランが作ってくれた出口から地上へ向かってダイブする。
ドラルドはただ目前に次々と迫る真っ白な雲に視線を向けたまま。トロプタは、残ってくれたモリィの背中をいつまでも見続け、そしてその最後の時までもその瞳に焼き付けるのだった。




