254話 魔神の間
バランがエメラルにより吸収されていた頃、ドラルドとトロプタを除く他四名の十大魔神たちは、邪神により許可された彼ら専用の空間内にて、一堂に集まっていた。
魔界は全て薄暗い景色が広がっているのだが、ここ魔神の間は、周囲が漆黒に染められ、地面に記されている何重にもなった白く眩く発光する円。
十大魔神たちは、一番外側の円の上へと各々が席を設けて腰掛けている。
空席は六つ。
内二つはドラルドとトロプタの席である。
「これから、どうすればいいんだすか?」
「馬鹿ですか? 邪神様の命令通りに動くだけです」
「おい、そんな言い方ねえだろぉが。現にあいつが張ってる抱擁かなんかの影響で私らみんな動けねえんだからよ」
「まぁまぁ、皆さん少し落ち着いてください。何事も冷静が一番ですよ」
順番にコヤムギ、モリィ、ミッショル、シュイランが発言する。
「シュイランからは気楽さが感じられます。いいゴミ分ですね、また一人高みの見物ですか?」
無心と称されたモリィと言えど、流石に今の膠着状態には参ってきている。
だからこそ、つい一瞬のみ思ったことを口走ってしまったため、すぐさま明後日の方向へと視線を向ける。
「確かに、私は人魔戦争の時も、以前の魔界における彼の育成訓練の時も、魔会への衣装を仕立てるお役に立つことしかできませんでした。ですから、スタラクルへ向けられた邪神様のお言葉が、私自身へもものすごく突き刺さりました」
他の十大魔神とシュイランの確たる差は、戦闘力の有無。
シュイランは元々は魔王配下の十大魔人であったのにも関わらず、戦闘力がほぼ皆無。
それなのに邪神に排除されなかった理由は、それ以外の能力を認められているから。そして、その力がこの先も役立つことを見越されているから。
その力とは、想像力の具現化である。
しかしこの力は、邪神のように新たな力を生み出せたり、事象を操れたりとした出鱈目な力ではない。
自身のエネルギーをあらゆる資源へと変化させ(ヒトは不可能)、頭の中で思考したモノを自身のエネルギーにより作り出すことができるのだ。魔会用に作った邪神とオーレル、ユーラシアの服もその一つである。更に、魔大陸ディアステッロに存在していた魔王城をも作り上げており、アストラル界においては、アートとシュイランの合作である。
そして、現在の魔界に存在する魔神の間も邪神が作り出し、シュイランがそこからアレンジしたモノとなっている。
「モリィさ、シュイランの凄さは戦闘面じゃねえことぐらい分かってんだろ。謝れよ」
「謝る必要はありません。次から言わないように気をつければいいだけです。例えここで謝ったとしても、言ってしまった事実は変えられないですから」
「ほんと分かんねえ奴だな。今は仲間同士で争ってる場合じゃないんだよ」
「それなら、ミッショルこそしつこいとは思いませんか?」
徐々にエスカレートしていくミッショルとモリィの言い合い。
そんな中、魔神の間へと、残る二名も姿を現す。
「さぁ、揃ったみたいですし、こんな幼稚なことはやめた方がいいですよ。ミッショル」
「お前・・・・・はぁ、もういい」
「懸命な判断です」
コヤムギは二人の様子をあわあわと忙しない様子で見ており、シュイランは実に冷静な笑みを浮かべ静かになるその時を待っていた。
「それで、お二人はどのような用件で呼ばれたのですか?」
そしてシュイランはドラルドたちへと視線を向ける。
ドラルドとトロプタはそれぞれが席へと倒れ込むように腰を下ろし、重たい空気のまま、ムンテルダルクの件に関して話を聞かせた。
「ムンテルダルクの件が勇者対策だったなんて、流石だす」
「というよりも、勇者対策にもなり得たのではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「以前から邪神様は竜王と勇者を特別視していましたが、勇者の始末をはっきりと私たちに命令なされたのは、スタラクルとルピスが始末されたあの時のみです。ムンテルダルクの一件は、それ以前から命じられたものでした」
「つまり、俺たちの他に役に立つ配下が欲しかったからだろ? 俺たちは神が満足される働きをできていないんだ。そこまで驚きはしないさ」
「それに彼は、以前は私たちの仲間でした。そして、邪神様はあの者を大層気に入られていましたから」
彼とは一体誰のことか?
トロプタとドラルドは、シュイランの言いたいことを既に理解していた。。
「それにしても驚きました。いきなり姿を消したかと思ったら、まさか暗黒世界へ落とされていたとは」
「落とされた地点がムンテルダルクってこともな。ていうか、邪神様は竜王の息子が暗黒世界に落とされてたことを知ってたってことだよな? 必要とするなら、なんでそん時助けなかったんだ?」
「ご存知ないのですか?」
「あ? ドラルド、お前は何か知ってんのかよ」
「はい。暗黒世界とは、いわばこの世の全ての闇が行き着く終着点。絶えず世界には同一の闇がいくつも生まれていますが、全く同じ闇が再び生まれることはありません。とは言っても、些細な人間が抱く闇ほどでは、暗黒世界に落とされる心配もありませんが。暗黒世界へ導かれた闇は、例えどんなに邪悪で強大な闇だとしても、決して逃れることはできず、そこで永遠の時を過ごすこととなるのです」
この時皆口には出さなかったが、闇というならば、自らの神である邪神は闇そのものではないのか?
それならば、なぜ暗黒世界へと導かれる兆しすら見えないのか?
その理由は、暗黒世界へと導かれる闇の共通点にある。現世へと存在する闇は、生命により抱かれた揺らぐ闇と、色濃く根付く闇とがある。
前者は、抱く闇に対して疑問を抱き、少なからずの拒絶を意識している点が特徴(ここでいう拒絶とは、例えば罪の意識など)。後者は、闇を自然のあるべき形として受け入れている点が特徴である。
前者は暗黒世界へとその揺らぎを感知され、導かれてしまうのだが、後者は感知されることなく、いつまでも揺らがぬ限り現世へと生き続ける。
「そ、それなら、わだすたちも導かれちゃうんじゃないだすか?」
「今のままの貴方は導かれてしまうかもしれません。ですが貴方以外の私たち全員、邪神様が全てであり、答えである意志を強く心に秘めているため、揺らぎなどあるはずもありません」
「そ、そんなの、わだすだって——————」
と、コヤムギが情けのない声を漏らした直後だった。
何一つ気配もなく、気がつくとその存在は空間の中央に佇んでいた・・・・・いたにも関わらず、皆が反応に数秒遅れる。
しかし、その様子を突如現れたその存在は面白おかしく笑った。
「まさかこんなところに隠れてたなんてね〜。みぃ〜つけた」




