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竜魔伝説  作者: 融合
反撃編
243/270

242話 ユーラシアの頼みゴト

 少し時を戻し、勇者一行がルーモス国都市ラーゼンへと到着した直後。

 人気の少ない裏通りに転移した五名。

 ユーラシアは、勇者から手渡された淡い黄色がかった灰色をしている亜麻色のマントを羽織り、付いてあるフードを顔深くまで被る。

 ただでさえ身長が人並み外れて高いため、目立ってしょうがない。

 しかし、勇者の身長も180センチ後半と高身長であるため、一人だけ突出して目立つ心配はなく、その上勇者は人々の憧れとして誰しもに知られている英雄的存在であるため、まさか世界の敵である竜王を連れているとは夢にも思わないだろう。

 現に、裏通りから抜けた勇者一行は、先ほどのオルタコアスで受けたような振る舞いを再度受けている。

 そのまま強引に歩みを進めていき、ラーゼンギルドへと辿り着く。

 ギルド内へと入るなり、そこかしこから飛んでくる驚きと羨望の眼差し。

 実力のある者たちからは、熱い眼差しまでも向けられている。更に、連れている者たちは一体何者なのかという疑問や嫉妬までもが飛んでくる。

 ギルド内が徐々に徐々にざわつき始める中、その女性は実にクールに、堂々とした態度で勇者たちへと歩み寄る。

「これはこれは、まさか勇者様が来訪なされるとは驚きました。私はここラーゼンギルドのギルドマスターであるフェイコス・ラーゼンの秘書を勤めさせていただいております「ルンバ」と申します。つきましては、本日お伺いなされた要件をお聞かせくださいますか?」

「うん・・・・・そうしたいんだけどね、ここじゃあれだし、人気が少ない場所だとありがたいんだけど」

 勇者はそう言いながらチラリと背後にいるユーラシアへと視線を向ける。

「それは大変失礼致しました。それではこちらへ」

 そうして案内されたのは、高級な家具などの多くが置かれた広々した部屋ながら、そこかしこに書類という書類が散らばった状態になっているとある一室。

「あの人は全く——————」

 何やらキレている様子の秘書を横目に、勇者たちはただ呆気に取られた様子でその場に佇む。

「懐かしいな」

 ポロッとユーラシアが声を漏らす。

「何がだい?」

「いいや、少し学生時代を思い出しただけだ」

 ユーラシアは、その者が既に他界していることを知らずに、かつて学生時代に案内された校長室を思い出していた。

「申し訳ありません。やはり私では対応できかねますので、マスターが帰って来るまで少々こちらでお待ちいただけますでしょうか?」

 秘書は見事な動きで床に散らばる書類を全て机の上へまとめると、椅子に座って待つよう勧める。

「そうさせてもらうよ。ありがとう」

「それでは」

 そうして秘書が出ていった室内には、勇者とユーラシア、シェティーネ、レイン、シエルの五名のみとなる。

「それで、このギルドを訪ねた理由を聞かせてもらえるかな?」

 ユーラシアはフードを取り、綺麗な赤髪を露わにする。

「そんなこと言ってたらキリがねえとか思われるかも知れねえけど、オルタコアスの民の為なんだ。将来はそうなって欲しいと思ってる」

 ユーラシア曰く、今回ラーゼンギルドへと赴こうと決意した要因は、オルタコアスの国民である一人の少女の存在だと言う。

「やっぱり。先ほどのパーヤさんとヒュメちゃんとの会話が原因なのね」

「どういうことかな?」

「以前、初めてオルタコアスに来た時にお世話になった方たちに二人で会って来たの。そこで、その・・・・・オルタコアス国と他国との間に生じている亀裂のせいで、オルタコアスの国民というだけでルーモス国の人たちから学園内でイジメを受けていたという話を聞いたわ」

「なるほど、国境を超えて学園へ入学することは何も珍しくないからね」

「その子がいたから、オレは以前、オルタコアスを守る事ができたんだ。もしあの時出会わなかったら、オレの心は折れちまってたと思う」

「ここに来た目的もなんとなくだけど分かってきた気がするよ。要するに、ここのギルドマスターであるフェイコスは都市ラーゼンの当主だ。だから、彼を使って竜王が本当は世界の敵でないことを民衆に分からせたいって話だろ?」

「けど、そういうことなら、火に油を注ぐことにならない?」

 フェイコスが今何を考えているのかを知らないシエルの意見は最もだ。

 勇者やシエルからすれば、フェイコスもまた竜王を敵視している人物の一人。

 一切信用もされていない状態でどんな交渉を持ちかけたとしても、ほぼ間違いなく国中が大騒ぎになってしまう。

 そこへまとめる者が一人でもいてくれたらことは収集するのだろうが、そうはならない。

「だろうね。けど君のことだ。何か他に考えがあるんだろ?」

「ああ。オレが話をつけたいのはそのフェイコスとかいう奴じゃねえ。ドラゴンスレイヤーとか呼ばれてるアイナスって奴だ」

 その発言を聞いたシェティーネ、レインだけでなく、勇者までもが目を見開いて驚く。

 シエルは、眉を顰めて渋い表情を浮かべる。

「ひょっとして、以前ポーメル国で勘違いして襲ってきた人?」

「ああ。けど、オレがダークエルフたちの転移魔法で竜王跡へと飛ばされた先で、もう一度会ったんだ」

「初耳」

「言ってなかったからな。それで、あいつはオレを信じると言ったんだ。何でそんなこと言ったのか理由は分からない。ただ、ドラゴンスレイヤーは相当な権力持ってんだろ。賭けてみる価値はあるんじゃねえのか?」

「もしもルーモス国の、少なくともここラーゼンの民だけでも竜王に対する意識を変えられれば、その影響は国中———そして、相当な時間はかかるでしょうけど、国外にまで及ぶはずよ。そうしたら、ヒュメちゃんだけじゃなくて、ララちゃんって子も、いつかオルタコアスに学園ができた時に気兼ねなく通うことができるかも知れないわね」

「少なくともオレのせいで悲しむ人の数を、今よりかは減らす事ができるはずだ」

 もしも失敗すれば、ルーモス国とその周辺諸国だけでなく、竜王の出現情報を聞いたその他様々な国がより強固な警戒態勢を敷くことになる。

 今では中枢機関である『L』が消滅してしまったため、大分情報の流れは緩やかになったものの、学園やギルドだけでなく、魔法協会本部のその支部となる存在は東西南北の数カ所に未だ存在している。

 よって、今ここで竜王の目撃情報などが出てしまったら、一気に身動きが取りづらくなってしまう。

 いくら勇者と言えども、休息は必要であり、そのためには行く先々の国々で休息可能な場所を見つけなければならない。

 それにユーラシア自身、無意味な暴力は振るわない覚悟を決めている。

「ユーラシア。そういうことなら、お前一人だけでも直接アイナスの下へ飛ぶことはできないのか?」

「オレの抱擁は、その場の風景を頭に思い浮かべるか、人を焦点として飛ぶんなら、寸分違わずそいつの気配を察知する必要がある。けど、あまりにも魔力が小さすぎるせいで位置情報が分からねえんだ」

「ち、小さい・・・・・仮にも人類では五本の指に入る実力者として有名なんだがな」

 レインは呆れた様子でユーラシアへと視線を向ける。

「何言ってんだ。お前らみてえな隠れた実力者はまだまだ多くいる。それに、全く感じ取れないあたり、おそらく気配そのものを消す習慣でも身についてるんだろ」

 その後も会話を続けているうち、ギルド内へと突如現れた気配を感知する五名。

 ユーラシアと勇者、シエルに関しては、ポーメル国からルーモス国に繋がれる転移魔法陣が起動した気配をも察知していた。

「この気配・・・・・」

 ユーラシアはこの気配を知っている。

 あの時、竜王跡で会ったあの男の気配だ。

 直後、ユーラシアたちの待つ部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 

「お待たせしちゃってすみませんね〜」


 ヘラヘラとした軽い感じで登場した白髪のボサボサ頭の男は、偶然にもユーラシアと最初に目が合い、互いが視線を外さないまま三秒ほどの静寂が訪れる。

「——————あれ・・・・・竜王じゃん」

 驚いていないはずないのだが、フェイコスは実にあっさりと冷静な様子でその名を口から漏らす。

 

 この時のフェイコスの心情

 (えーちょーマジで!・・・・・まさかの向こうから来ちゃったパターン? えーちょーやばい! カッコいい———あ、じゃなくてカッコいい! いやソウジャなくて落ち着け、落ち着け、えーっとまずどうすりゃいいんだぁこれ・・・・・)


 とまぁ、こんな感じに大パニックであった。

 

「こ、こんちは〜・・・」

 パニック状態のフェイコスの脳が導き出したのは、初対面の者もほとんどなため、まずは挨拶をすること。

 しかしあまりのぎこちなさに気まずい空気感が漂う。

「そう緊張しないでください。僕らは一応訪ねて来ている立場なので」

 

 (ダッセェ〜・・・・・何、俺のポーカーフェイス見抜かれちゃってるじゃんよぉ! あ、これしんどいやつだ)

 

 そうしてフェイコスは表面上は冷静を装いつつ、一人窓際の自席へ着く。

「そ、それじゃあ、改めてここに来た要件を聞かせてもらおうかな。うん」

 そう言われて口を開いたのは、他でもないユーラシア。

「その前にまず礼を言わせてくれ」

「礼?」

「今この場であんたの力を感じ取れるからこそ分かる。あん時、竜王跡で会った時、エルフたちに張られた結界内にシエルとは別の、結界に干渉しようとしている気配を感じてたんだ。多分、その力の正体はあんたじゃねえか? もしそうなら、礼を言いたい」

 フェイコスはしばらく黙り込んだ後、緊張をほぐすために何度か深呼吸を行う。

「エルナスから聞いたんだ。竜王は敵なんかじゃなくて、希望だってな。実際に魔力樹を目にしてその言葉に実感させられた。だから助けるべきだと判断したんだ」

「そうだったのか、ありがとな。そんで、校ちょ——————エルナスは今どうしてる?」

 フェイコスはエルナスの死をユーラシアへと伝えるべきか少し悩んだ後、伝えるべきだと判断する。

「彼女は、敵の襲撃に遭って命を落とした。彼女だけじゃねえ・・・・・『L』の職員はみんな、何者かも分からない敵に皆殺しにされちまったんだ」

「やっぱり、『L』は壊滅してしまったんだね・・・・・」

 勇者は今初めて魔法協会本部の消失を知る。

 そしてユーラシアはまたしても己自身に腹を立てていた。

 エルナスとミラエラが、友人としての関係を築いていたことは知っていた。

 そして常に自分へと期待してくれていた。初めて会ったその時から、今までずっと——————

「エルナスは、最高の教師だった」

「教師って一体どういうことだ? あいつは昔からずっと冒険者兼魔法協会の職員のはず——————てことはやっぱし、何者かに俺たちの記憶が改ざんされちまってるってことでいよいよ間違いねえのか?」

「あんた、ラーゼンっつったか?」

「おおう」

「あんたもオレのことを信じるか?」

「も? も、も、も、も・・・・・あー、アイナスのことか。まぁ、あんな戦い見ちまったら、信じない選択肢なんてねえわな」

「それじゃあ、オレもあんたを信じて、一つ頼みたいことがある」

 そうしてユーラシアの口から語られる偽らざる事実。

 かつて人類は魔王との戦い終結後に神と争っていたこと。

 つまり、竜族との争いの記憶はその全てが偽りであり、竜族は竜王含めて何十億年も遠き昔に絶滅したこと。しかし、竜王はユーラシアとして転生を果たした後、魔王の転生体と共に神へと挑んだこと。

 そしてその後、魔王の転生体の手により最高神と名のつく神が滅ぼされ、竜王自身も手も足も出せずに惨敗したこと。

 そして現在、この世に存在する生命のほとんどの記憶が邪神に都合よく、竜王を敵と見做せるモノへと改ざんされてしまったこと。

 更に記憶改ざんだけでなく、自身の力を生命全てに宿すことで、この星ひいては、この世の全てを己のモノにしようと企んでいることを話して聞かせた。

 メモリーフレアを使用することで少しずつ脳へと過剰な負担にならない程度に時間をかけて記憶を見せて行く手段もあったが、それだとあまりにも時間がかかり過ぎてしまう。

 勇者は元々知っていたため、驚きはないが、その他の者たちは度肝を抜かれたかのように呆気に取られてしまっている。

「つまり、ポーメル国崩壊も含めて今回のこと全てがその邪神とかいう奴の仕業ってことか?」

「ああ」

「じゃあよお前、いらねー悪意を俺たちから向けられ続け、ずっと一人で戦ってたってことか?」

「けど、オレは人間を数多く手にかけたんだ」

「それだってよぉ、話によれば、その魔王因子だかがこれ以上感染しちまったらやばいから仕方なくだろぉがよぉ」

 フェイコスは悲しげな表情を浮かべながら席から立ち上がり、ゆっくりとユーラシアの前まで歩いて行くと、我が子を包み込むように優しく両腕の中に包み込む。

「バカヤロォ——————」

「そういうのはいい。今のオレは、支えてくれる仲間がいる。確かに実力だけで見ればオレには遠く及ばない。けど、側にいてくれるってだけで力が湧いてくるんだ。だから今のオレは、大丈夫だ」

 そう言ってフェイコスの両腕を自らの体から離す。

「それより、あんたには他にやってもらいたいことがある」

「もしかしなくても、民へと竜王が敵でないことを宣言すること、だろ? 本当はな、今日俺の方から訪ねようかと思ってたんだ。オルタコアスにいるか分かんなかったけど、ワンチャン賭けてな」

「そうだったのか。それじゃあ、頼んで大丈夫だな?」

「任せとけってんだ。けどその前に俺からも聞きたいことがあってな。ポーメル国は確かに壊滅したはずなんだが、どういうわけだか気がつくと綺麗に元通りになってたんだ。何か知ってることないか?」

「もう今は亡き、最高神の力だよ」

「勇者、お前も気づいてたのか」

「当然だよ。何たって僕たちの体には最高神の力が流れているんだからね」

「その最高神の力を持ってしても、死者を蘇らせるなんてマネはできねえんだ。けど、今回の戦いで被害を受けた環境の全てが元通りになってるはずだ」

 ポーメル国だけでなく、オルタコアスまでも元通りになっている上、抱擁の力でエルフたちの気配を感じ取れるため、『L』も復活していることが感じ取れる。

「やっぱりそうだったか」

 フェイコスは心底安心した様子で笑みをこぼす。

 そして笑みは次第にキリッとした立派な表情へと切り替わる。

「後のことは任せろ。俺が必ずこの都市・・・・・いや、この国の民たちの竜王に対する認識を変えて見せるからな。そしたら余計な争いなんて生まれなくて済むってもんだ」

「それじゃあ、僕たちはそろそろ行くよ」

「ご武運を」

 その後、勇者は聖剣に纏わせたゲニウスの魔法陣をルーモス国全体を包み込むほど大きく宙へと展開させ、発動させる。

 発動とともに白銀の光が国中を覆い、同時に勇者一行の姿も消失したのだった。

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