235話 語られる真犯人
翌日。
昼食を済ませたユーラシアは、一人ドラゴニュートたちの住処を訪れていた。
ユーラシアの姿を見るや否や地に膝をつき頭を垂れる姿には慣れたものだ。
ユーラシアは玉座に座り込み、イグドルを筆頭として連なるドラゴニュートたちを見下ろす。
それが当たり前かのような佇まいは、王としての自覚が芽生えたことも当然理由の一つではあるが、ドラゴニュートたちにおいては特に竜族を崇める傾向が他種族よりも強い傾向がある。そのため、このように王らしく凛々しい姿を見せることこそを彼らは望んでいるのだとユーラシアは気がついているため、臨機応変に対応を変えている。
「それで、今日は何の用なんだ?」
イグドルは返答せず、黙り込んでいる。
視線を終始地面へと向けており、体がピクりとも動かない。
次第に周囲のドラゴニュートたちがざわめき始めた段階で、ようやくイグドルが第一声を放つ。
「お前たち、竜王様と二人だけにしてくれないか」
短くそう述べたイグドルの声は、明らかに体調が良いとは言えない元気のない重苦しい声色だった。
よく見たら体型も以前よりも細くなってしまっている。
周囲のドラゴニュートたちの混乱具合からも、何一つとしてイグドルから情報が与えられていない様子が伺える。
しかし、少しして続々とイグドル以外のドラゴニュートたちは住処から姿を消し、気づいた頃にはユーラシアとイグドルの二人だけの静かな空間が出来上がっていた。
イグドルは先ほどと変わらない姿勢を保ったまま、またしても黙り込んでいる。
「一体どうした? オレを呼んだことと、お前のその様子、何か関係があんだろ」
イグドルの体が小さくピクリと反応を見せる。
「——————あれからずっと考えていました。このことを貴方様に伝えるべきかどうかを。もう過ぎたこと・・・・・ですが、姫様と心から向き合って貰うためには、嘘偽りない真実を伝えなければならないと思ったのです」
イグドルはこれから伝える真実のせいで、かつてのように竜王が暴走してしまわないか心配している。
環境の心配ではなく、竜王自身を心から心配している。
尊ぶ者の壊れてしまう姿など二度と見たくはない。
そして今は、他にも竜王の心を支えてくれる存在がいることを知っているからこそ、イグドルは話す覚悟を決めたのだ。
いやそれだけではない・・・・・初めての友に対する後悔で押し潰されてしまいそうな自身の心を、少しでも軽くしたい気持ちも大きく影響している。
「一体何のことだ? 嘘偽りない真実・・・・・オレは何か勘違いしてることでもあんのか?」
「その通りです」
イグドルは震える呼吸を落ち着かせるため、何度も深呼吸を行う。
「以前・・・・・竜王様が我たちへと謝罪をされた時のことを覚えておられますか?」
「ああ」
「その際、ミラエラの罪を知っていたと、おっしゃられたこと・・・・・覚えておりますか?」
考えないようにしていたことを他でもない、苦しみを共有しているはずのイグドルの口から聞かされたことにより、ユーラシアは少し怒りを覚える。
「その話はすんな。されたくねえことくらい分かってんだろ?」
「———いけません」
「あぁ?」
「——————いけません」
イグドルは竜王から向けられる鋭い圧に身震いしながら、これまでにない反抗精神を見せる。
「やめろっつってんだよ」
「それは、できないのです‼︎」
住処いっぱいに響き渡ったイグドルの声量に、ユーラシアの怒りは姿を顰め、戸惑いを見せる。
「貴方様と同じくらい、我にとってミラエラとは、大切な存在なのです! だから、誤解したままでいて欲しくない・・・・・真実を語らせてください」
イグドルは再度深く、深く頭を下げる。
「思えば確かに、実際に手にかけるところを我は目撃していなかった・・・・・それなのに、姫様の亡き骸の側で佇む彼女が、犯人であると思い込んでしまった。ミラエラ自身も自分が犯人であると、疑いもしていない様子でした。ですが、ミラエラのことを心から信じてあげていたならば、彼女の言葉による罪を疑い、彼女の心を——————信じることができていたのだと思うんです」
「何、言ってんだ・・・・・」
ユーラシアは理解できないながらも、胸の奥に生じた眩暈のする感情に気づかぬフリをする。
「————————竜姫シエル様の命を奪ったのは、ミラエラではないのです」
徐々に加速する胸の奥底から湧き上がる気持ち悪さ。
「本当の犯人は——————」
竜王の最も愛した存在であるシエルの命を奪った挙句、その罪の全てを無実のミラエラへと着せた犯人は——————
その名を聞いたユーラシアの脳は、考えることを放棄する。
「はは、はっはっはっはっはっはっはっ——————」
息を漏らす程度の掠れた笑い声がイグドルの耳へと届く。
視線を上へと向けると、そこには笑いながら涙を流している竜王の姿があった。
「竜王・・・様」
「そういえば・・・・・いつの間にかあいつの姿が亡くなってることに、オレは気がつきもしなかった」
それほど、師匠の死やエルピスのことで頭がいっぱいだったのだ。
この先いくら考えを巡らせることに、意味などない。考えたところで過去は変えられないのだと、ユーラシアは自暴自棄になる。
「オレが仲間を殺した過去は変わらねえ。それに奴も、一度はこのオレの手で殺したんだ・・・・・今更真実を知ったからって、無慈悲にまた殺すのかよ・・・・・」
「そ、そうではなく、我は真実を知って欲しかったのです」
「あー分かってる。だからお前に怒りを向けることも間違ってるよな。そんで、復讐ごときじゃ、オレの胸に空いたこの大きな穴は塞がらねえことも分かってる」
爆発させたい怒りはあるはずなのだ。
実際、怒りが生まれそうな胸のモヤモヤが生じている。
しかし、実際のユーラシアの心に、怒りの感情は不思議なほどに芽生えてはいなかった。
ただそこにあったのは、以上なまでに愛する存在を欲する心。
「感謝するぜイグドル——————行ってくる」
そう言って、ユーラシアは颯爽とイグドルの下からいなくなってしまったのだった。




