233話 師からのメッセージ
夜道。
そこはオータルの墓がある広間とは真逆に位置する崖の上。
ユーラシアはレインとシェティーネに連れられ、村全体の景色が一番よく見える穴場スポットへと案内される。
「不思議だよな、ダンジョンって。外じゃねえのに、外みたく眼に映る色がコロコロ変わってく」
「俺はここから見る景色が好きだ。俺とシェティーネは、両親を、家を失ってしまったが、今ある大切を、俺たちは全力で守りたいと、そう思っている」
レインの言葉にシェティーネも頷く。
「大切な人たちを、場所を失ってしまった悲しさや辛さは、決して忘れられないでしょうね。忘れるつもりもないわ。そして私たちは過去を今の強さへと変えることができたのだと、そう思っているけれど・・・・・また失ってしまった時のことを考えたら、怖くて夜も眠れないわ。失いたくない・・・・・必ず守るという気持ちが強ければ強いほど、失ってしまう時の恐怖も生まれてしまう」
ユーラシアは、シェティーネの言葉にいたく共感し、静かに耳を傾ける。
「だからそういう時は、こうやって残された大切な者たちの幸せを目に焼き付けることにしているの。見えるでしょ? 家の一つ一つに灯る灯りが」
「ああ」
「あの灯りの下には、きっといくつもの幸せな空間が作られているはず。私は、絶対にあの灯りが消えてしまうようなことにはなって欲しくないの」
「ついこないだまでの俺たちは、力もロクにないくせに、ただ気持ちだけが先行していた。だけど今は違う。感じる・・・・・体の中に蠢く力の存在を」
そう言って、レインは自身の胸に手を当てる。
「確かにお前らは強くなったよ。剣聖の力を得たってのも嘘じゃねえんだろうな。実際戦いに集中してたとはいえ、勇者並みに強い力をオレ自身感じ取ってたんだからな。けどな、例えどんなに強い力を持ってたとしても、それを扱えなきゃ意味がねえんだ」
ユーラシアは、かつて擬似魔力樹と呼ばれる己の力を封印するために依代としていた魔力樹の存在を思い出しながら口にする。
ユーラシアも以前は、大きすぎる己の力に自分自身が殺されないよう封印をかけていたのだ。正確には、ミラエラによって封印がかけられていた。
その頃から、徐々に開花する力を目にした者たちには、ユーラシアは飛び抜けた才能の持ち主だと映っていたことだろう。
しかしユーラシア自身の認識は違った。
力はあるはずなのに、思い通りにいかない情けなさを常に背負い、力不足であるという矛盾する感情を抱えていた。
そしてかつての竜王時代以上の力を得た今でさえ、守りたい者を守れない自分へと怒りを覚える始末。
力はあっても発揮できないのなら意味はなく、気持ちの強さだけではどうにもならない現実を誰よりも知っているからこそ、シェティーネとレインを生半可な状態で旅へと同行させたくないのだ。
「一つ聞く。力のトリガーは見つけられたのか?」
力のトリガーとは、剣聖モードへと変化するきっかけのこと。
シェティーネとレインは、オーレル戦以降、何度試しても剣聖の姿になることはできないでいた。
「私たち二人の守りたいという意志の強さよ。その大きさを同じにすることで、私たちの中に眠る剣聖としての力が覚醒する。この間覚醒した時もそうだったの」
「それだけじゃない。あの時は魔力回路をも結合していた」
「もう一度試してみましょ」
「そうだな」
そうしてシェティーネとレインは目を瞑り、深く大きく深呼吸をした後、感情を一切のブレなく静寂と化す。
「『魔力回路結合』」
集中力を乱すことなく、閉じた瞼の先の動きも一切見せることなく己自身の心と向き合う。
己は一体何者で、何になりたいのか———何を望み、何を成したいのか。
一度だけ味わった世界が一変する高揚感を詳細に思い出し、その時に包まれた安心感と温かみを、胸の奥深くで思い出す。
深く・・深く・・・・深く・・・・・・
ドクンッ
一瞬体がビクつく高鳴りを両者共に感じた直後、胸の底から湧き上がる全身がとてつもない安心感に包まれた温かみを感じると同時に、その温かさが自信となっていく。
ゆっくり目を開ける。
姿を見る必要などなかった。
あの時感じた二人の意識ははっきりしているものの、何をしても考えても何を感じても感情が一切ブレることなく、二人が完全なる一人になったような不思議な感覚。
意識はそこにあるのに、まるで生温く深い海にどっぷり全身が浸かっているかのような脱力感。
「これがお前らの力か」
ユーラシアは改めて剣聖となったシェティーネとレインの圧力に驚かされていた。
神の恩恵など、何も受けていない人間がまさかこれほどの圧を感じさせてくることに。
勇者と同等・・・・・いや、更に成長したならば勇者以上の存在になりうる未来が見えるほどの圧。
しかし勇者の実力は魔力やその技量、感じる圧のみでは到底測ることなどできない。
もしかすると邪神にすら届きうるかもしれない存在。それが、勇者である。
確かにオーレルよりもあの時の実力は劣っていると言わざるを得なかった。しかし、魔法陣とは本来即座に創造・構築・発動させるものではない。ましてやあれほど高次元の闘いの最中、構築できること自体が異常。
本来ならば、時間をかけて創作し、時間をかけて構築し、予め準備が整った状態で戦いへと挑み発動させる。
つまり、勇者が予めオーレル&ダークエルフ対策を講じていたならば、勇者一人でコトを片付けることも容易だったはず。
ただ、目の前の新たな剣聖の誕生も疑いようのない事実。
ユーラシアは改めて、旅の仲間として二人を歓迎する。
「認めるぜ。出発は明後日だ」
「よかった・・・・・おっと、そういえば、今日呼び出した要件を忘れてしまうところであった」
「ああ、そういやそうだったな。そんで、何の話だったんだ?」
剣聖は真剣な眼差しでユーラシアの瞳を見据える。
「これから、貴方宛にオータルさんから預かった伝言を伝えます」
「伝言・・・・・?」
予想していなかったことだったため、ユーラシアは少しの緊張を覚え、息を呑む。
「『これから先も一生、俺の誇りだ』。『お前が弟子になってくれて本当によかった』。そう伝えてくれと、頼まれてたのだ。オータルさんは、その身を挺して私を助けてくれた」
「そうか。そうだったのか——————ありがとうな、師匠。こいつらを守ってくれて——————オレもあんたの弟子になれて幸せだった」
ユーラシアはオータルの墓のある方角を向きながら感謝の言葉を述べる。
「お前らもありがとな。師匠の言葉をこうして聞かせてくれたこと。素直な気持ちを聞かせてくれたこと——————正直、孤独感は消え失せた」
そう言い、薄ら剣聖へと微笑みを見せる。
「大したことはしていない」
「そうか」
しばらくの間、竜王と剣聖は肩を並べて夜空の景色に感情を浸らせるのだった。




