227話 希望の帰還
オルタコアス消滅の数分前へと時を遡る。
ゲニウス発動により、約千にも及ぶダークエルフたちの浄化に成功。
次々とエルフたちが本来の色と意識を取り戻していき、地上でその光景を見守る民たちの中へと入り込んでしまったであろう魔王因子も全て浄化されていく。
オルタコアスを覆っていた闇は晴れ、地上へと眩い日の光が差し込む。
全てのエルフは力尽きて地上へと落ちていき、地上からは懐かしき民の歓声が上がっていた。
「昔を思い出すね」
「確かに。今も昔も、命かけて守った人たちから向けられる賞賛の声は心を軽くしてくれる」
勇者は負った傷を癒すかのように白銀色の結界から滲み出る日の光を全身で堪能する。
そしてゆっくり目を開き、深く深呼吸を一回。
「よしっ、行くか」
「とっくに限界なんざ超えてっけど、あいつを倒さねー限り終わらないからな」
そうして勇者は緊張により高鳴る鼓動を抑えながら地上へ降りようとしたその時——————
地下にいるオーレルの膨れ上がる魔力の気配とともにオルタコアス全体を襲う揺れが生じる。
「クッソ、バケモンが!」
『聞こえる?』
突如頭の中へと見知らぬ声が響くが、思念魔法から伝わる気配により、それがエルピスのものであると理解する。
『この気配・・・・・エルピス?』
例え勇者である自分たちであっても、これまでペガサスであるエルピスの思念を読み取れた経験がない。
それなのにどうして今になって思念を読み取れるようになったのか勇者は疑問に思う。
以前と比べ、オルタコアスを覆っている白銀の結界が生じた瞬間からエルピスの魔力が増大したことが要因か?
ならば突如魔力が増大した理由とは何か?
しかし今は目の前の脅威へ意識を向けることが優先であるため、すぐさま意識を切り替える。
『うん。状況、分かってるよね?』
『ああ、こりゃあマジでやべーな。こっちは何とか魔人化解除に成功したんだけどさ、こんなのどうすれば・・・・・エルフや民だけじゃなく、魔物たちまでも転移させるとなると、悪いけどそんな魔力もう残ってない——————』
魔法陣の大きさと魔力消費量は反比例する。そのため、地上にいるエルフと民だけならば転移させることは可能。しかし、地下ダンジョン内の魔物やエルピスたちもとなると話は変わってくる。
まずダンジョンに漂う魔力の気配の中からそれぞれ異なる階層に分かれている魔物とエルピスたちの気配を探るとこから始めなければならない上、気配の下へと個々の転移魔法陣を転送しなければならないのだ。
オーレルの膨れ上がる気配とともにオルタコアスを襲う揺れは徐々に大きくなっており、とても時間内に全ての気配を探ることなど不可能に近い。
『大丈夫。私の魔法は、大切な存在を守るためのモノだから』
その直後、結界内に白銀色に輝く雪が降り始め、雪は生命反応を有する者たちの体をあっという間に覆ってしまった。
「何だ、これ・・・・・? 魔力が回復してるどころか、本調子の時より多くなってる?」
「体に流れてくるこの感じ・・・・・間違いなくエルピスの力だよ」
勇者は目を閉じ、周囲に意識を向ける。
「ほんとにただのペガサスな———わけないよな?」
「おそらくこの場にいる全員に自分の力を分け与えたってことだろうね。けどさ、そんなことってあり得るの?」
この場にいる生命の数は四桁にも及ぶ。到底現実的ではない。
しかしその証拠に、地下ダンジョンのあちこちからエルピスの気配を感じ取ることができる。
「マサムネ、これは現実だ。よくペットは飼い主に似るって言うけど、飼い主が異常ならそのペットもかなり異常だってことだろ」
「ヒナッちゃん、それはあんま関係ないんじゃない?」
「そんなの分かんねえって・・・・・てか、こんなことやってる場合じゃないな」
危うくいつもの口論が始まってしまうところであった。
『今だよ。私の気配全てに転移魔法を下ろして』
『任せろ!』
そうして勇者はエルピスの気配全てへと転移魔法陣を転送した後、聖剣により地上へと巨大転移魔法陣を形成し、一斉に魔力を込める。
と同時に地下から湧き上がるあまりにも巨大な赤黒い魔力の束。
危機一髪で魔法陣を発動させることに成功したものの、勇者自身はオーレルの魔力へと呑み込まれてしまう。
「アァッ」
その規格外に濃い魔力密度に意識を失いそうになりながらも、何とか脱出を試みるが、まるでその場に貼り付いてしまったかのように指先一つすら動かすことができない。
魔力すら思い通りに放出できない状況。
そのため、勇者は成す術がない。
そこへ更に追い討ちをかけにオーレルの巨大な腕が勇者の首元へ伸ばされる。
「ガッア———アッ——————」
勇者はなんとかオーレルの腕を引き剥がそうとするが、ビクともしない。
「知っているか、勇者。魔力とは、膨大な量を供給される際は魔法の行使が不可能となるのだ。そしてそれは、吸収においても言えること」
すると直後、勇者の全身からもの凄いスピードで魔力が吸われていく。
エルピスの回復が意味がないほどその吸収力は強力で、目が開かなくなるほど体があっという間に衰弱してしまう。
「純粋な力で我に遥かに劣る貴様の生きる道は既に絶たれた——————さらばだ」
勇者のクビがミシミシと不快な音を立て始めるが、既に痛みすら感じないほど勇者の意識は消えかかっていた。
まるで夢の中にいるようなそんな感覚。
そうして意識は徐々に徐々に暗闇に覆われていき、死が目前へと迫ったその時——————
「——————その手を離せ」
その気のせいとも思える声が響いた瞬間、勇者の意識は徐々に戻り始め、体がゆっくりと軽くなっていく。
ほんのりボヤける勇者の視界は、自身を抱える存在を映し出す。
直後、勇者の口元に笑みが浮かべられた。
「待たせたな」
「———後は・・・・・頼むよ」
返答はない。
しかし、勇者は心の奥底から安堵するとともに緊張の糸がほぐれ、そのまま意識を失ってしまったのだった。




