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竜魔伝説  作者: 融合
堕聖編
224/270

223話 エアロゾル干渉

 竜王跡。

 直径が数キロにも及び、深さは不明な巨大穴。

 これまでクリメシア王国に存在する希望と称される勇者の魔力樹とは対となる、絶望・死を匂わせる場所として知られてきた竜王跡。

 近づいた者は竜の怒りを買うこととなり、残留する魔力のみで命を落とすとされてきた。

 故に世界中の話題として持ち上げられてはいたものの、未だこの場所へと赴いたのはごく僅かな実力者のみ。

 実際、噂は本当であるかと思わざるをえないほどにビシビシと伝わる肌を刺激する魔力の渦を、アイナスとフェイコスは感じていた。

 伝わる魔力からは殺意のような悪なる気配も感じられる。

 一体どのような経緯で竜王跡が誕生したのかは、誰一人として知らない。

 しかしこの場へと赴いたことで、二人の竜王に対する信頼は更に強まっていく。

「俺たちゃあ、どうにも竜王を誤解してたみてぇだ」

 確かに良くない気配も感じることは事実だが、竜王跡にすっぽりとハマる大きく、緑豊かに生い茂る葉を持つ巨大な魔力樹から感じられるのは優しい波長。

 フェイコスは霊眼と呼ばれる霊界を視認することのできる眼を持って、本来魔力樹から発せられている環境を豊かにする目には見えない魔力を霊子として視認できる。

「こんな優しい波長を持ってる奴は滅多にいない。本当に竜王は、俺たち人類の敵じゃねえんだな」

 人類の命を少なからず奪ってしまったのは事実だろう。しかし、それにも何か大きな事情があったのではないかとフェイコスは考えるようになった。

「あの時、すごく悲しそうな顔してた」

 アイナスはポーメル国で竜王と言葉を交わした時のことを思い出し、多少の後悔を覚える。

 本当に竜王が人類の敵ではないのだとしたら、あの時あの場にいたのは、子供達を守ろうとしていたからだ。

 それなのに、殺人鬼であると決めつけ攻撃してしまったこと。結果など関係なく、剣を振るった事実は変えられない。

「つくづくドラゴンスレイヤー失格」

「けど、そもそもドラゴンスレイヤーなんて存在が必要だったのかも今となっては疑問だな」

 竜王が敵でないのなら、ドラゴンスレイヤー自体が必要のない存在である。

 本来敵であるはずの存在を野放しにし、味方であるはずの竜王を敵に回してしまっていた。

 しかしそれならば、記憶に刻まれている歴史は一体どう説明すればいいのか?

 記憶違いではないほど明確に、人類は数年前まで竜族と戦争を行なっていたはず。それは紛れもない事実である。

 しかしそれではエルナスの最後に残した言葉に矛盾が生じてしまう。

 それは——————ユーラシアが希望であるという言葉。

「一体全体どうなってんのか、さっぱりだな」

「だけど、不思議に思っていたことならある。ずっと、通っていた学園の名前が思い出せない」

 現在学園に通っている者たちは、かつてのマルティプルマジックアカデミーでの経験を、現在の記憶と結びつけることであたかも今通っている学園で経験したことであると錯覚できてしまうが、既に卒業してしまった者はそうはならない。

 またエルナスも既にどこの学園にも籍を置いてはいなかったため、アイナスは通っていた学園を錯覚できていない。故に違和感を拭えないまま、放置していたのだ。

 しかしその違和感を再度認識してことで、一つの結論を導き出す。

「もし、私たちの記憶が変えられてるんだとしたら・・・・・? そんなことできる人がいるのかは一先ず置いておいて、違和感に説明はつく」

「まぁ、荒唐無稽な考えではあるが、あり得ない話でもねえわな」

 神の存在を実際に感じ取れるフェイコスは、いかなる可能性をも信じている。

 故に、世界の記憶を改ざんできる者がいたとしても不思議ではない。

「けど、それを考えるのは後にしようぜ。一先ず竜王に課せられた結界を解いてやらねえと」

「結界・・・・・? もしかして竜王跡に来たのはそのため?」

「ああ。俺はお前みたいに強くもなけりゃ、人並み以上の強さすらない。本来ギルドマスターなんて任せてもらえる器じゃねえ。けどな、俺にしかできないことがあるんだ。今がその時だってのにそれをしないでどうすんだよ」

 そう言うと、フェイコスは自身の周囲一帯に、竜王跡とそこへハマる魔力樹、そして周囲三百メートル付近の映像を立体的に出現させる。


 フェイコスの魔法属性は「風」。

 扱う魔法は、『エアロゾル干渉』(エアロゾルとは、空気中に浮遊している微小な粒子のこと)。

 エアロゾル干渉とは、空気中のあらゆる粒子に干渉することができる魔法ではあるが、自由自在に扱えるわけではない。魔法効果は、思考映像の具現化に限定されている。要するに、頭で思い浮かべた映像をそのまま現実世界へと立体的に現すことができるということ。

 それだけでは何の意味もない魔法に思えるだろう。しかし、フェイコスの扱うエクソシストの力と組み合わせることによりその真価を発揮する。

 エクソシストは特に結界術に長けており、例えエルフだとしてもエクソシストの足元にすら及ばない。

 フェイコスは目で見たモノ、肌で感じたモノ、魔法により感じた粒子の動きでどんなモノでも思考を具現化できる。

 今回の竜王跡の具現化において、目では見えていないはずの深部までも詳細に具現化することができており、これは要するにフェイコスは竜王跡の全てを把握できたことに他ならない。

 そしてエアロゾル干渉の力とエクソシストの力を組み合わせることにより、思考を映像として具現化したモノに対してのみ、エクソシストの力をどんな場所にでも届かせることが可能となる。

「これは来て正解だったな。どうやら竜王にかけられた魔法は想像以上に難解だ」

 フェイコスはそう言いながら、竜王跡の深部に示された赤く点滅している光を指差す。

 フェイコスは、エアロゾル干渉により竜王にかけられた魔法の正体が結界ではなく異空間魔法であることにすぐさま気がついた。

 更にその魔法はタチの悪いことに、内側を覆う異空間が破壊される度、別の異空間が出現するというもの。

 つまり力だけではどうにもならず、魔法効果無効を有する竜王にとって、かなりの有効策と言える。

「けどまぁ、俺にかかれば朝飯前ってもんだな。んじゃまぁいっちょ術者勝負といきますか」

 フェイコスは今も尚進行形で竜王に対して異空間魔法を離れた場所で行使し続けている敵との勝負に挑む。

 しかし結果は知れたこと。

 結界術の分野では、現代においてフェイコスは最強のエクソシストであるため、例えダークエルフになったところでエルフがエクソシストに敵う可能性はゼロ。ましてや異空間魔法は魔力で構成されたモノではあるが、魔力もエネルギーである限り霊子が関係している。つまり、フェイコスにとって魔力を消費する必要などない。

 よって、異空間魔法の隙間へとほんの少し異物を加えてあげることで空間の崩壊が生じる。

「俺とこの手で勝負しようなんざ、一億万年早えぇって話よ」

 しかしフェイコスによる力の干渉で竜王を閉じ込めていた異空間の壁が砕け散るよりも早く、何者かの力により異空間全てが凍結された気配を感じ取る。

「あ? 術者の気配が消えただと?」

 それはつまり、術者であるエルフが死亡したか意識を失ったかの二択。

「何にせよ、あんな恐ろしい気配を届かせるなんざ、竜王以外にもとんだバケモンがこの世にはいたもんだな」

 そう言葉を口にした直後、足元から巨大な気配を感知する。

「さぁて、お前が俺らの希望となるのか、見せてもらおうじゃねえか」

 フェイコスは不器用に引き攣った笑顔を浮かべながら、徐々に徐々にと姿を見せる真っ赤な髪を生やした存在の登場を見届ける。

 フェイコスとアイナスは、目の前の竜王から目を離すことができずに息を呑む。

 


「——————油断した。もう誰も失いたくねえ・・・・・」

 オルタコアスの方面へ視線を向け、鋭い目つきでそう語る竜王。

 アイナスは、恐る恐る竜王へと語りかける。

「・・・・・まだ完全じゃないけど、私は君を信じようと思う。だからお願い・・・・・仇を取って——————」

 自分では実力不足だと悟るアイナスは、プライドを捨ててでも一度剣を向けてしまった相手に頭を下げる。

 自分の手で復讐したい気持ちでいっぱいだが、それでも希望を持っていいのならば、竜王を信じてみようと、そう思ってしまったのだ。

 竜王はアイナスへと視線は向けず、言葉のみ口にする。

「オレは、オレの守りたいモノを守るだけだ」

 一見冷たそうに聞こえるその言葉は、アイナスの顔に優しい笑顔を浮かばせた。

 そうして竜王は音の速さでその場から姿を消してしまったのだった。

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