222話 フェイコス・ラーゼン
フェイコス・ラーゼン。
年齢37歳。
好きなものルンバ。
嫌いなもの幽霊。
この男は、代々霊媒を生業として来た一族の末裔であり、現代では【エクソシスト】と称される存在である。
魔力が主となるこの世界で魔力を持たぬエクソシストは、いつの時代でも詐欺師と蔑まれ、生きていく場を奪われて来た。
しかしエクソシストとは、魔力を持たぬ代わりに『霊力』と呼ばれる生き物やモノに宿るとされる神の力を我がモノとして行使することができ、当然霊力が全くない者はその力に対する一切の干渉手段を有してはいない。
ラーゼン一族の他にもエクソシストは存在し、今も尚世界のあちこちで正体を偽って生きている。
しかしラーゼン一族はエクソシストの中でも特異な体質を宿している。それは、霊力と魔力の両方の力を有しているということ。
故に信じる者には霊力を、信じぬ者には魔力を持ってして人間社会を生き抜いて来た存在・・・・・それがラーゼン一族である。
故にエクソシストは限られた者しか知らない希少種なのである。
刻一刻と空へ浮かぶ黒いモヤへと近づいている中、フェイコスは一人深く思考に浸っていた。
エクソシストは五感全てを霊的世界へと干渉させることができるため、霊を見、霊の音を聴き、霊のニオイを感じ、霊と言葉を交わすことができる。
故に先ほどの廃墟と化した『L』があった地帯には、邪神の意思により無惨に命を奪われた協会職員数多くの魂が残留していた。
そして霊の話から協会本部を襲った者の正体が総帥のロッドであることが判明し、ロッドが本部を襲う直前、本部を襲撃して来た何者かと戦闘していたという情報を得た。
しかしその何者かに繋がる情報は何一つ得られず、今現在はアイナスに連れられ厄災の場へと自ら赴こうとしている。
「ちと止まれ、アイナス」
アイナスはフェイコスの言葉に耳を傾けることはなく、更に速さを増していく。
「止まれって言ってんでしょうが!」
突如として圧を込めた物言いに、狭まっていたアイナスの思考が開かれ、その場で急停止する。
フェイコスは一人、得体の知れない恐怖に駆られていた。
この世に存在している生命ならば、誰しもが宿している無意識のエネルギーという物がある。そしてエネルギーは=霊子と呼ばれる存在であり、その者がその場にいるだけで幾らかの霊子は本人の意思とは関係なくその場に留まり、その者の痕跡を残す。
それなのに本部を襲撃して来た存在の霊子は一切確認できなかった。
死者が肉体を持たずに現世の者へ自ら影響を及ぼすことは不可能(相手から寄って来た場合は例外)。つまり襲撃者は死者ではない。確実に肉体を備えた存在であったと言える。
では、襲撃者とは一体何者なのか?
残された選択肢の中、フェイコスは最悪の結論を導き出す。
それは正しく『神』であると。
神とは、それ自体がエネルギー体であるが、霊子は生ある者のエネルギーにしか宿らない。
故に神を宿すあるいは、神の力を宿す存在であるならば、全ての状況に説明がつく。
しかしそれは、人類の滅亡を意味することと同義。
それなのに、フェイコスの中に未だ『絶望』の二文字は存在していない。
なぜならば、霊となったエルナスから聞かされた最後の言葉に希望を抱いているから。
「どうして止まらなくちゃいけないの? 早くしないと手遅れになる」
「分かってらそんなこと。けどな、あの黒いモヤは俺たちの手に負える存在じゃねえんだよ」
フェイコスは気がついていた。
空へと浮かぶ謎の黒いモヤの正体に——————。
正確にはダークエルフの大軍であることは気がついてはいないが、邪なる力を宿す存在であることは知っている。
なぜならば、『L』を壊滅させたロッドが残した霊子の気配と、ポーメル国が消滅した後に残留していた霊子の気配が同一のモノであったから。
フェイコスはエクソシストでもあるため、ポーメル国に残された魂を今も尚成仏させている最中なのだ。
更に、竜王が手にかけたであろう人々からは、竜王に付けられたであろう傷口からではなく、人々の体全体が数年単位で邪悪なる力に侵食されていることにフェイコスは気がついていた。霊的な存在を感じ取ることのできるエクソシストだからこそ人類の敵は竜王だけではないことに気づくことができたのである。
そして今、エルナスから託された希望を胸にフェイコスもまた一つの大きな決断を下す。
その直後、突然西側諸国の方面からこれまで感じたことのないほど巨大で凶悪な気配をビシビシと感じ取るアイナスとフェイコス。
「おいおいおいおいおい、シャレになってねえぞ、おい!」
「——————この気配・・・・・」
圧倒的な気配に気圧されながらも、アイナスは以前感じたことのある別の気配を再度感じ取り、目を見開く。
「これって・・・・・竜王のもの?」
しかしその直後、綺麗さっぱり竜王と思わしき巨大な気配は姿を消してしまう。
誰しもがその気配を見失ってしまった、そのはずだった。けれど、エクソシストが感じ取るのは魔力ではなく霊的存在である。
偶然か必然か、フェイコスには竜王の消えた地点からある場所へと、細長く伸びる赤い糸のようなモノがはっきりと目に映されていた。
「竜王跡に向かおう」
そうして二人は急ぎ竜王跡へと向かうのだった。




