217話 オーレル vs エルピス
オーレルは大剣をガッシリと右手に握りしめたまま、強引に地面を掘り進んでいく。
ダンジョンは地下にあるというだけで、地上とダンジョンとの間には文明を支える土がギッシリ敷き詰められている。
右手に握りしめられた剣はただ握りしめられているのみで、地面を掘るなどという理不尽な芸当を実現させているのは純粋な握力である。
そしてダンジョンを覆う次元の壁にまで穴を開けると、そこから地下ダンジョンへと侵入。そのまま一直線に目的の気配のする方向へと突き進んでいく。
本来、次元を隔てる結界などが張られている場合、内と外では互いに気配の干渉は不可能なのだが、結界の強度、その者の内在的強さにより干渉が可能になる場合がある。
今回で言えば、オーレル、勇者、ユーラシアがそれにあたる。
突如剣聖村の天井に大穴が空けられたことにより、村中に悲鳴が響き渡る。
オーレルはそのまま勢いよく建物が存在する場所へ降り立つと、その衝撃派により建物のほとんどが原型を無くしてしてしまった。
村中が混乱に呑まれ、ほとんどの剣魔が他階層へ避難を試みている中、白鳥は冷静に堂々とオーレルの前へと立ちはだかる。
「やはり気配の正体はお前だったか。我を覚えてるか?」
『確か、ユーラシアにボコされてた人』
「ペガサスの思念を読み取ることはできないが、覚えているようだな」
『それで、ユーラシアはどこ?』
エルピスもまた、次元を超越する者であった。
ダンジョン内にいながら、ユーラシアの気配が消失したことに気づいたエルピスだが、ユーラシアの敗北などあり得ないと信じているため、一切の焦りを生じさせない。
「竜王が心配か?」
意思疎通はできていないはずだが、まるでエルピスの心を読んだかのようなタイミング。
「どの道お前はもうじき死ぬ。故に知る必要などない」
すると、オーレルに近づく複数の足音が小さく響く。
「あ、あいつに何したんだよ・・・・・お前が誰かは知らないけど、竜王は絶対負けない・・・記憶はないけど、俺の兄ちゃんがお前みたいな奴に負けるはずないんだ!」
目の前の存在が誰かは知らない。けれど、感じる気配は死を彷彿とさせられるほどドス黒く、邪悪で重たい。
勇者の言葉がなくとも、ダンジョンへと侵入してきた直後、根拠なしに敵であることを誰しも認識した。
剣聖村に残るは、エルピス、ケンタ、ルイス、シェティーネ、レイン、オータル、ブルジブの七名。
七名が七名ともどうやら竜王に対する信頼が存在することに気がつくオーレル。
「これだから人間とは厄介なのだ。どうやったのかは知らないが、まさか神の技に染まりながらも未だ抗えるとは——————だが好都合。お前たちが竜王の大切な存在ならば、まとめて始末するまで」
直後、始めに狙われたのは最もオーレルから距離の離れた位置にいたオータル。
反応も許されない速さで迫り来るオータルの全身に匹敵するほど巨大な拳。
しかし次の瞬間、瞬く間にオーレルの全身は白銀色に染められ、動きが封じられた。
『ユーラシアの大切は、私の大切』
更に次の瞬間、ここに来て初めてエルピスの表情が強張る。
目の前の白銀の像にバキバキとヒビが生じると、勢いよく白銀の氷は粉々に砕かれ、止まっていた巨大なオーレルの拳がオータルの全身へとクリーンヒット。
まるでクッキーのようにいとも簡単に全身の骨は粉砕され、遠方に見える山々へとふっ飛ばされてしまった。
「オータル!」
ブルジブが反射的に叫んだ時には、既にオータルの姿は見えなくなってしまっていた。
「我にその程度の攻撃が通用すると思ったか? 否。無意味」
『細胞一つ一つ凍結させたのに、あんなに早く抜け出すなんておかしい』
「未来を知らなければ危うかったかもしれないが、知れていれば対処は容易い」
オーレルはエルピスの魔法発動時の魔力を感知した瞬間、自身の魔力で全身を保護していたのだ。
だとしても少しのみエルピスの力を上回っただけでは、無傷などあり得ない。故に、オーレルの力はエルピスを大きく上回っていることになる。
「竜王の力を得た今だからこそ一つ気づいたことがある。お前の中にも僅かに感じた竜の気配を」
『そう』
エルピスは両翼を凍結させて刃と化すと、数百数千もの斬撃を高速の移動を繰り返して四方八方から放つ。
オーレルは全身に薄い魔力の層を纏いながらプロペラのように大剣を回転させ、全ての攻撃を難なく凌いで見せる。
「無駄な足掻きだ」
そう言い、いとも容易くエルピスの翼を掴むオーレル。
直後、周囲に飛散した冷気が魔力を帯び、一瞬にしてエルピスは自身もろとも氷の柱に閉じ込めてしまった。
「グヌヌゥ」
『捕まえた』
「小細工を・・・・・」
オーレルは剣によりエルピスの攻撃を全て凌いでいた。しかしそれは凌いでいるようにエルピスが見せていただけであり、実際の目的は、オーレルから武器を取り上げること。
そのためにエルピスは危険覚悟で剣に纏わりつくオーレルの魔力を斬撃により散らした後、自身とオーレルをまとめて氷の柱に閉じ込めたのだ。
それにより大剣は凍結し、エルピスの魔力に充てられ粉々に砕けてしまっている。
それでもやはりオーレル自身を閉じ込めておける時間は僅か十秒にすら満たない。
剣聖村の天井スレスレにまで聳え立つ全長三百メートルはある氷の柱の中央を突っ切って、オーレルはエルピスを連れて柱のてっぺんへと登っていく。
「死ぬがいい——————フンッ!」
オーレルはエルピスと共に柱のてっぺんから抜け出た後、体を大きく回転させた大ぶりによりエルピスを柱のてっぺんへと叩きつける。
「ドガァーーーーーーン‼︎」とした激しい音と共に柱全体にヒビが生じる。
『クルォォォ!』
衝撃により柱は一瞬にして破壊されると、エルピスは思い切り地面へと叩きつけられた。
「これで終わりだ」
そう言うと、情け容赦ないあまりにも無慈悲な拳がエルピスの小さな体に幾度となくガトリングガンのように撃ち込まれていく。
ケンタたちはあまりの恐怖にただ見ていることしかできない。
例え動けたとしても、あまりにもレベル差がありすぎる戦い。
全身の骨を砕かれたエルピスは、意識を朦朧とさせ、下の階層へと落ちて行く。
「次」
オーレルの声が僅かに響いた直後、落ち着く暇を与えることなく、次の攻撃がブルジブへと迫る。




