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竜魔伝説  作者: 融合
堕聖編
206/270

205話 絶望の再会

 昨夜。カリュオス復活の少し前。

 ビヨンドとミアラは、ダンジョン内を彷徨っているであろうカリュオスの魂を求め、ダンジョン内をひたすらに彷徨い続けていた。

「息子よ——————」

 既に数日の間ダンジョン内を歩き回っているため、ビヨンドとミアラは疲労により力が抜けるかのようにその場へと座り込む。

「貴方が以前言ってくれた『一から家族の絆を築き上げていけばいい』っていう言葉、とても嬉しかったわ・・・・・だけど、今ではそれが叶わない夢に思えてしまえてとても怖いの」

 ビヨンドは、地に座り込み涙を流すミアラを静かに抱き寄せる。

 ビヨンドの実年齢は余裕で百歳を超えており、外見も九十代のそれである。

 故に決して逞しいとは言えないが、ミアラにとってビヨンドは唯一想いを分かち合うことのできる愛おしい存在。

 今度こそカリュオスは新たな術式を得て生まれ変わるのだとしても、村の剣魔たちは誰一人としてカリュオスの復活を望んではくれていない。

 同じ剣聖魔であるブルジブとオータルでさえも。言葉はなくても、態度で丸わかりなのである。

 カリュオスが復活したら、ミアラはビヨンドとカリュオス三人だけで静かに暮らせる場所への移住も視野に入れていた。

 剣魔たちが受け入れてくれるならそれが一番だが、どうしても受け入れなければならないものでもない。

 故にミアラとビヨンドは、三人の憩いの場をダンジョン内で探すのもよし。地上に出て探すのもいいと考えていた。

 ちなみに数年前からちょくちょくダンジョン内を探索していたことからも分かる通り、案外移住に本人たちが乗り気だったりしている。

 

 しかし、現実はまたしても非情。

 ビヨンドは二度も愛する息子を手にかけた。

 そして掴もうとした幸せが目前まで迫った時、またしても手に入らない現実を突きつけられる。

 例えカリュオスの魂を見つけられても、一から他人から家族へと愛を育んでいかなければならない。

 けれど二人にとってはどんなカリュオスだとしても、息子には変わりがない。

 それなのにもう二度と我が子に会えない苦痛は、絶望に他ならない。

 

 そんな時、突如とてつもなく巨大な魔力の気配を感じた。

「何じゃ⁉︎」

「あなた・・・・・この気配、もしかして——————」

 ミアラは言葉を発し終わる前に無意識に駆け出していた。

 年老いたその肉体は、もしも人間だったならば走ることもできないほどの見た目。

 しかし魔物である前に一人の母親として、今出せる全力の速度で気配の下へと急ぐ。

 ビヨンドも慌てた様子でミアラの後を追いかける。

 

「カリュオス‼︎」

 そこは深層地帯。

 なぜだか空間に充満する濃い魔力も、魔物たちの気配の一切を感じなくなってしまっている。

 その異変に気がついたのはビヨンドだけであった。

「待つんじゃ、ミアラ」

 しかしミアラは止まらない。

 止めどなく溢れる涙を流しながら気配のする最下層へと降りていく。

「待つんじゃー‼︎」

 ビヨンドは全身を駆け巡る悪寒と吐き気、人体の不可思議に襲われていた。

 確かに深層地帯は、これまでになく静寂。

 しかし、それとは異なり聴覚を失ったかのように無音の世界・・・・・視界が黒く歪み始める。

 

 (この感覚———わしはよく知っておる)

 

 感じる気配は確かにカリュオスのモノ。

 ——————カリュオスのモノ?

 

 あの時確実に術式は破壊したはず。

 ならば、異なる術式の状態で同一の魔力を宿すなんてことはあり得ない。

 なぜならば、肉体を構成する情報が異なるため、魂を覆う肉体自体が別物となっているのだから。

 

 更にここは深層。

 仮にミアラが再度剣聖村の魔法陣に細工をしていたとしても魂が剣聖村には存在していないため、どう考えてもあり得ない。

 ならば、真下から感じるこの気配は何なのか?

 それを己へと説いてる最中、黒き影がどよめいた。

 ビヨンドは必死に叫んだが、手遅れだった。

 

「ゴプッ」

 

 一瞬にして妻の体は真っ二つに引き裂かれ、そのまま魔物の体内へ。

 

「何じゃ——————これは、一体・・・・・」

 状況が飲み込めない。

 息ができない。

 足下がふらつく。

 視覚も聴覚も、まるで五感が何も機能していないかのようだ。

 

「——————ハァハァハァハァハァ」

 

 次第に自身の息遣いが感じられた時、怒りに駆られ無謀にも目の前の魔物へと向かっていくこともなく、ただ脱力した状態で地面へと座り込んでいた。

 そんな自分の瞳をただただ純粋で何の感情も抱かずに覗き込む魔物。

 そんな魔物からは、しっかりと間違えようもなくカリュオスの気配を確かに感じる。

「どうして、母親を喰った・・・・・」

 無情を宿すその瞳を見れば、何一つ言葉が届かないことくらいビヨンドならば理解している。

 しかし問わねばならない。

 誰よりもカリュオスの身を案じ、誰よりもカリュオスを愛していたミアラを殺すだけに飽き足らず、目の前のこの魔物は喰らったのだ——————自らの母を。

 ミアラを失ってしまったことの絶望と、カリュオスが遂に母親すらも手にかけてしまった残酷さにとてつもなく悲しさを覚えずにはいられない。

 ただ一つ確かなことは、ミアラを手にかけた事実がカリュオスの意思ではないということ。

「——————わしには分かる。お主が母親を心から愛していたことを。カリュオスや———もしも本当にそこにいるのなら、わしが必ずや連れ戻し、今度こそ幸せな家庭を築いていこうじゃないか」

 愛する妻、母はもういないが、ビヨンドには息子が、カリュオスには父親がいる。

 家族を一人、されど一人失ってしまった悲しみは重くのしかかることになってしまうが、血の繋がりが苦難を乗り越える固く解けない絆となる。

 ビヨンドは腰に携える刀を鞘からゆっくりと抜く。

 その姿は、剣を扱うものならば誰しもが憧れる究極の完成美そのもののよう。

 剣を握りしめたビヨンドの動きに一切の無駄や隙がなく、ビヨンド以外はまるで時間が止まったかのように静けさを増す。

 ビヨンドの実力は、以前のカリュオスならば大きくビヨンドが上回っていたほど。

 瀕死だったとはいえ、折れた刀でカリュオスの巨体を粉々に切り捨てたほどの腕前。

 そして、ビヨンドの額に存在する三つ目の瞳が開眼する。

 現在のビヨンドの実力は、魔神となる以前の十大魔人に匹敵する。

 しかし剣を構えた瞬間、ビヨンドは知る。

 目の前の魔物が、ただの魔物ではないこと。

 竜の見た目は決して飾りなどではないということを。

 確かに魔物である以上、いくら竜の姿をしていようと魔法を使うことはできない。

 しかし生まれ持つ身体機能や運動能力は、魂に宿った竜そのもの。

 以前カリュオスという剣聖魔だった頃は、剣魔の術式が、魂に刻まれた竜の情報を肉体へと伝達する働きを阻害していたため、剣魔として存在していたが、今は違う。

 剣魔の術式は完全に失われ、魂に刻まれた竜の情報のみが魔力を通して肉体を構成している。

 また、カリュオスとして術式に刻まれた記憶やいくつかの情報が、魂に偶然刻み込まれたことで竜の魔物となった存在はカリュオスの気配を醸し出し、カリュオスの記憶を持っている。

 しかし今、カリュオスの記憶は目覚めていない状況。

 故に目の前のビヨンドを父親であると認識できてはいない。

「これは——————」

 ビヨンドは悟った。

 目の前の存在から伝わってくる得体の知れない圧力の正体は、約六年前に『エルフの都』で体験した絶対的な強者の存在を彷彿とさせる。

 その強者とは、竜王。

 かつて『エルフの都』の樹のエリアでユーラシアがバーベルドと戦っていた時と似た圧迫感を感じている。

 

「ガハッ———お主は一体——————」

 

 その一瞬の思考が致命的な筋力の硬直を促す原因となり、その隙を突かれたことでビヨンドの体は見るも無惨に粉々に切り裂かれたのだった。

 

「ゴクンッ」

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