200話 真なるダークエルフの誕生
二日後。
『魔法協会』
かつては『ホープァル』と称されたこの組織は、今では世界の秩序を取り締まる中枢組織となっている。
ホープァルに属していた「ゴッドスレイヤー」たちは、その名に恥じる実力しか有していなかったと言えよう。
しかし彼らが弱かったのではなく、最高神が、神人が圧倒的な存在だったということ。
そして今の『魔法協会』の仕事の大半は、世界の治安維持。
全ての魔法学園・冒険者ギルドを統括している。
協会は世界のあらゆる情報の受け皿であり、発信源であるということ。
故に実際に治安を守るのは協会ではなく、冒険者であるということ。
けれど協会の人間でありながら冒険者としても活躍している者も多く、直接協会が人を派遣する場合も多々ある。
そして協会の支部的存在は冒険者ギルドや魔法学園だけでなく、その他にも多数存在している。
だからこそ、緊急事態ならば尚のこと情報がすぐさま協会へと届かなければおかしい。
協会は取り返しのつかない失態を犯してしまった。
ポーメル国は、剣聖・剣姫も暮らす先進国と言える国だった。
そんな国が一夜にして何者かにより滅ぼされてしまったのだ。
国民は剣聖・剣姫含めて一人残らず死亡。
どうりで協会へと襲撃の情報が届かないはず。
しかし協会の目を欺き、大国一つをあっさりと滅ぼすなんてマネ、誰にだってできやしない。
そう・・・・・竜王以外は。
世界ではたったの五名しかいないドラゴンスレイヤーの一人「アイナス・ヴァレンティア」を大軍支援の元向かわせたのだが、たったの一太刀で竜王との実力さを悟り、今後竜王に関する依頼は完全拒否を魔法協会は提示されてしまった。
よってアイナスのドラゴンスレイヤー資格は剥奪。世界のドラゴンスレイヤーは四名となったのだった。
『魔法協会:総帥室』
「まさかあのアイナスがドラゴンスレイヤーの資格を剥奪してまで竜王との接触を拒絶すとは思わなかった」
「気持ちは分からなくもない。俺はまだ会ったことはないが、神を葬るという意味の重さを考えれば、本来は人間がどうこうできる相手じゃないってことだ」
右腕に「バズーカ二号」と称される機械仕掛けの剛腕を装着した大男が重苦しい表情をしたまま言葉を述べる。
「それに世界に名を轟かす『竜王跡』。その名の通り、あの地獄へ繋がっているかのような大穴は、竜王が空けたモノとして知られている」
『竜王跡』とは、『原 天×点 界』が消滅した際に天から隕石の如く落下したユーラシアが作った巨大な穴のことである。
「そんな竜王を本気で止めようと思えるか?」
「臆病だが、私にはその覚悟が持てないだろうな。だけど、ロドィならばあるいは・・・・・」
神放暦の記憶は消えようとも、妻と妹を失った記憶はそのまま。なぜか人間でありながら竜族の味方をしていた少女ユキによって命を奪われた記憶へと改ざんされている。
それ故に、エルナスの心の支柱となってくれたロッドへの愛情を表面化させることを厭わなくなり始め、今では本人の目の前など気にすることなく「ロドィ」呼びとなっている。
「——————お前たちには遠く及ばぬ存在と知るがいい」
突如、聞き覚えのない声がエルナスとロッドの耳元へと届く。
「どれほど恨もうが、竜王とは神が憧れた存在。貴様ら如きが軽々しく届き得ることを想像していい存在ではない」
声はエルナスとロッドの頭上から響いている。
次の瞬間、部屋の天井が勢いよく突き破られ、陽の光とともに黒い何が落ちて来た。
その者は、全身が真っ黒に染められた毛に覆われた獣の様な見た目であり、背負われるは、五メートルほどの身長と同等の大剣。そして、表皮には硬質な鱗が存在している。
「我が名は、オーレル。神である邪神に仕えし十大魔神。お前の命、我らが神———邪神へと捧げよ」
エルナスとロッドは、目の前で起きている現象全てに脳が追いつかない。
『魔法協会』の本部である『L』・・・この場所には、神放暦でも『L』と称されていた、別名「最終防衛ライン」と呼ばれる巨大シェルターが存在していた。
『魔法協会』の本部は、シェルターを更に巨大なモノへと進化させ、今ではピラミッド状の世界一巨大な建造物として知られる施設となっている。
そして、『L』の強度は、レッドハンター以下の実力では、傷一つ付けることができないとされるほど。
そんな強固な守備力を誇る建物へ、目の前の男は拳一つで堂々と忍び込んで来たのだ。
「命を捧げろってのは、どういう意味だ?」
「お前たちの残りの人生を神へと捧げろという意味に他ならない」
「冗談にしちゃぁ笑えねぇ冗談だ。おい、エルナス! 下がっていろ」
ロッドはエルナスを自身の後ろへと回り込ませる。
そのまま目の前に佇むオーレルへと警戒心を剥き出しに、腰を低め、右腕を腰と水平に持ち上げた臨戦態勢を取る。
「愚かな。どう足掻こうが我には勝つことなどできない。そのことは薄々感じ取っているだろう」
「だからなんだってんだぁ? やらなきゃ死ぬってのに、やらねぇ理由がどこにあるんだよぉ!」
ロッドが僅かに重心を目の前へと傾けた瞬間、ドラゴンスレイヤーと認められるロッドの目にさえ見えない速度で放たれる、巨大な拳。
その一撃は、ロッドを悶絶させるのには十分な威力であった。
魔王の力だけでなく、神の、竜王の力までも兼ね備えた今のオーレルの一撃は、以前のバーベルドをも大きく上回る。
「ガハァ」
この時、ロッドの細胞に刻まれた何百年と昔の古き記憶が蘇る。
それは、かつての魔王と戦った際の細胞レベルに刻まれた圧巻の衝撃。
今受けたオーレルの一撃と、細胞に刻まれた衝撃とが反応し合い、ロッドの脳へと偶然にも人魔戦争の記憶を思い出させた。
「何だこれは・・・・・どういうこったぁ?」
約五年半信じてきた偽りの歴史と、実際の歴史とが絡まり合い、脳内はパニック状態。
そうとは知らずにオーレルの左手がロッドの右腕へと回される。
直後、純粋な腕力のみでロッドの機械仕掛けの巨腕にヒビを生じさせ、コウィジン作「バズーカシリーズ」二度目の破壊が成される。
そしてこの出来事が更に、バーベルドとの戦いの記憶を想起させる結果となる。
それは次第に道を辿り、ロッドの記憶を神放暦の始まりへと遡らせるのだった。
「——————竜王は、敵じゃないのか?」
そのボソッと呟かれた一言にオーレルの表情が僅かに驚いたものとなる。
「どうやら我は、失態を犯したようだ。だが目的は神に誓い、必ず果たさせてもらう」
オーレルの発言を受け、ロッドの口元に僅かに笑みが浮かぶ。
「不屈のオーレルとはよく言ったもんだ。神だか、王だか知らねぇが、二度も人類をお前たちの好きにさせてたまるかよ。どうせ、人類の記憶がおかしくなってやがんのもお前んところの魔王の仕業だろ」
「我が王は、今や神たる存在」
「まぁ何にせよ、俺たちの命を奪いに来たみたいだが、殺意が感じられないのはどういうわけだ?」
「我の目的は「エルフ」の魔人化。真なるダークエルフを生み出すことにある」
「エルフを魔人化? そんなことできるわけがねぇ。都を覆う結界だけじゃなく、エルフ自体が聖なる存在。要するにお前たち魔の者とは対極に位置する存在だ」
ロッドは、目の前の存在の口元にも自身と同様に笑みが浮かべられている様を見て眉を顰める。
「お前が笑ったところを初めて見た気がする」
「確かに笑ったのはいつぶりだろうか・・・・・我自身も分からない。お前は自分が何者なのか気づいてはいないようだ。神の真なる目的のため、最も大きな障害は竜王、そして勇者の存在。この二名においては、神であろうとも絶対に従わせることは叶わない。故に存在を消してしまう他ない。そして、同じく魔の力が通じぬエルフも同様に消される運命だったが、神はそれをお止めになられた」
ロッドは何かに気づいたらしく、一気に顔を青ざめさせ一層警戒心を強める。
「気づいたようだな。エルフという存在のみならば魔人化させることは不可能。だが、人間の側面をも持つお前を利用することで不可能が可能になる。何事にも弱点は存在し、どんなに無敵な存在であろうと、そこから攻めていけばいずれは崩れる。竜王がそうであったように——————最高神がそうであったように」
オーレルはロッドへと手を差し伸べる。
「我が神へ命を捧げよ。我らの仲間となるのだ」
「答えはNoだぁ‼︎ 男の告白は受けねえ主義なんだ」
ロッドはムキムキと自身の体をオーレルと同じサイズへと『増強・増大』させていく。
「デカけりゃいいってもんじゃねぇが、上から見下ろされんのはどんな気分だぁ?」
次第にオーレルの巨大さをも超え、天井に空いた穴が巨大化したロッドの体により、更に広げられていく。
「エルナス。協会のみんなを避難させろ——————今すぐだ!」
「了解した!」
エルナスはロッドの影に隠れて総帥室から脱出すると、すぐさま本部中の至る箇所に配置させてある魔法人形たちを起動させ、本部全体へと緊急避難警報を発令する。
『本部全体へ伝達。総帥室へと魔神と名乗る侵入者が現れた。現在、総帥が交戦中。本部にいる者たちはすぐさま一人残らず地下へ避難しろ!』
エルナスの指示の下、本部内にいる戦闘員・非戦闘員関係なく全ての職員が一斉に統率の取れた連携の下避難を開始する。
世界の中枢を担う存在として、緊急事態下でも誰一人慌てることなく冷静でいられるのは、流石と言える。
「見下ろされるのも悪くない気分だ。だが、今のお前が一撃放てば、それだけでこの建物は廃墟と化すだろう」
「また建てればいいだけの話だ。ここら一帯は、この建物以外に存在するものは何もない。魔法協会に喧嘩売ったことを後悔させてやる」
「喧嘩を売った自覚などないが、満足するまで付き合うとしよう」
始めに動いたのはロッド。
オーレルは剣すら抜かず、直立不動でロッドから放たれる巨大な手のひらによる平手打ちを全身で受け止める。
「バァン‼︎」と、最早爆発音に近い音を響かせるほどの威力。
「その程度では、痒さすら感じない」
「ただの挨拶だ——————ヌゥ⁉︎」
ロッドは平手打ちした手のひらをそのまま丸め込み、オーレルを持ち上げようと試みるも、不動。
全くもってピクリとも動かせない。
「見た目にそぐわず、重たい野郎だぜ」
「どうした? 何を遊んでいる。それとも右腕がなければまともに力も発揮できんか?」
「グゥゥゥ・・・・・こいつは想定外だぜ」
「次は我の番」
オーレルは自身を覆うロッドの手のひらを鷲掴みにすると、まるで自身の手のひらへと吸い寄せられるようにロッドの左手がぐしゃりぐしゃりと潰されていく。
オーレルはただの指の力のみでロッドの左手を自身の手のひらに収まる程度まで握り潰すと、ロッドの全身を軽々と振り回し、左右交互に地面へと叩きつける。
「カハッ」
「実に脆い。お前たち人間の作る王国も、お前たち自身も」
それから何百、何千回と叩きつけられた本部は既に原型を留めておらず、廃墟と化してしまった。そして、ロッド自身も複数の臓器への重症と、全身のあらゆる骨が粉々に砕かれる絶命必至の深刻なダメージを負わされた。
「ハァハァハァハァハァ——————ウグッ」
意識を朦朧とさせながら虫の呼吸を繰り返すロッドの胴体を貫通し、紫色の輝きを放つ直径一メートルほどの円柱が建てられる。
「これは神自らのお力が込められた力の結晶。エルフにはこれすらも通じぬが、貴様がダークエルフとなった暁には、貴様のエルフの細胞から発せられる魔人化の粒子が、純粋なエルフたちをも魔人化へと導いてくれるだろう」
つまり、この柱には『ワールドDエンチャント』の感染効果が付与されているということ。
光は徐々に弱まっていくと同時に、円柱が突き刺さるロッドの胴体の部分から徐々に黒ずみが生じていく。
「真なるダークエルフの誕生だ」
ロッドの体は一ミリも残さず真っ暗に埋め尽くされる。
骨と筋肉全てがより頑丈なモノへと作り変えられ、負傷していたはずの臓器全ても元通り。オーレルとの戦いのダメージは、その全てが消失した。
「神はこの世界の全てを支配なさるおつもりだ。故に支配できぬものなど必要はない。地下にいる者全てを抹殺し、『エルフの都』へと迎うとしよう」
「おう」
こうして歴史上初。エルフの細胞を宿した者による魔人化——————真なる「ダークエルフ」が誕生したのだった。




