199話 自分にとって竜王とは、どういう存在か?
ユーラシアの顔に浮かぶは驚愕と絶望の色。
改ざんされた記憶だけでなく、自らが犯した罪を知られてしまった。
勇者の言う通り、人を殺す事実は大切な者たちの心を傷つける。
そして胸に抱く後ろめたさが、更にユーラシア自身をも苦しめてしまう。
そのことをユーラシアは今、身をもって体感していた。
「どうして連れてきたんだ・・・・・オレはこいつらに合わせる顔がねえ」
先ほどは、元バーベルドことマンティコアにより最大のピンチを迎えていたために助けに入らざるを得なかったが、ユーラシアは自らケンタたちの前へ姿を現すつもりなどなかったのだ。
こうなってしまっては、辛い現実と向き合わなければならない。
「顔を上げて前を見てみなよ」
ケンタから目線を逸らすユーラシアへ勇者が声をかける。
覚悟を決めて恐る恐るケンタたちの顔を見上げると、彼らの表情は嬉しさと悲しさの相反する感情が垣間見えるものとなっていた。
「オイラ、何も知らなかったっす。ずっとダンジョンの中にいたせいで、外の世界のこと何も知らなかったっす。確かに人を殺すことはダメなことっす。けど・・・・・今の話を聞いてオイラ、嬉しいって思ちゃったんすよ」
ルイスが——————
「どうしてなのか・・・・・私たちの記憶から貴方の記憶だけが消えてしまってるみたいだけど、貴方が先ほど言ってくれた「味方」という言葉。私たちは信じることにするわ」
シェティーネが——————
「俺たちは時々、心が無意識に覚えているような根拠のない懐かしい気持ちに駆られることがあるんだ。そして竜王——————お前を見た時、言葉を交わした時に懐かしく温かな感情が込み上げてきた。例え思い出せなくても、お前のことを知らなければならないと思っている」
レインが——————
「俺さ・・・・・あんたのこと悪者で、みんなの敵だって思ってた。まぁ俺だけじゃないけど。とにかく、実際に会ってみるまでは恐怖でしかなかったんだ。でも、実際俺たちを守って戦ってる姿見てさ、かっこいい、あんな風に俺も強くなりてえって本気で心から思った。そんでさ、この感じ、初めてじゃないような気がするんだ・・・・・なんかミラエラさんのこともソルン村のことも知ってるみたいだし、教えてくれよ、あんたは本当は何者なのか」
ケンタが——————
みんながみんな、竜王への思いを真剣に述べていく。
知りたがっている。
目の前の存在は、自分にとってどういう存在だったのかを。
「——————オレは竜王だ。けどそれは転生前の話・・・・・て言っても分かんねぇよな。要するに今は竜王の力を持ったただの人間なんだ」
この時ボソッと発された勇者の「ただの人間ってことはないでしょ」という発言は、竜王の耳にしか届いていなかった。
「だとしても噂通り、オレは多くの人の命を奪っちまった。例え本当のオレたちの関係を知ったとしても、今更意味があるとは思えねえ」
本当のことを話したとして、結局記憶が戻らないのでは竜王の心が更に抉れていくだけ。
そのことを恐れているのだ。
「何でっすか? 何でそう思うっすか? オイラは全部覚えてるっすけど、意味がないなんて思わない——————覚えてるからこそ、今まで必死にオイラたちを守ろうとしてくれてたユーラシアくんの力になりたいって本気で思ってるっす!」
ルイスは両目に涙を浮かべ、ユーラシアへと言葉を向ける。
「以前一人ぼっちだったオイラを救ってくれたのはユーラシアくんっす。次はオイラが、一人で苦しむユーラシアくんを救う番っすよ!」
「私たちもそうだけどさ、救うことに慣れすぎると救われることが苦手になるんだよ。けどね、救われようとしてるってことはさ、あんたの存在を例え忘れてても必要とされてる証拠なんだよ。だからそいつらの思い受け止めてあげな」
ミラエラを失った時以来見せなかったユーラシアの涙が、小さく瞳からこぼれ落ちる。
「——————オレは、今を生きてんだもんな」
これまで過去に縛れ続けていたユーラシアの心の紐が緩やかに解けていく。
例え思い出せなくとも、目の前の四名がユーラシアにとってかけがえのない大切な存在に変わりはない。
事実を知ってもらうこと。それが何よりも大切なのである。
「オレとシェティーネ、レインは、以前はマルティプルマジックアカデミーっていう魔法学園のクラスメイトだったんだ。ルイスは学園のダンジョン試験で出会った剣聖魔」
「そう、だったの・・・・・」
「そしてケンタ。お前とオレは、血の繋がりはないけど、ソルン村で一緒に育った家族みたいな存在。ミラはオレの親代わりで、シスターももう一人の母親みたいな存在だった」
記憶は確かに失われてしまった・・・けれど、想いは強く心に刻まれている。
「教会のみんなは元気にしてるか?」
「うん———元気だよ」
突如、ケンタの目から涙が溢れる。
「は? え? んだよこれ・・・・・体が勝手に——————」
覚えていない。けれど思い出したい兄の記憶。
意識ではなく、心が嘆いている反応・・・それが涙となって現れた。
ユーラシアは優しい笑みを浮かべ、涙を流すケンタの頭に手をそっと置く。
「随分、強くなったみてぇだな」
立ち姿。動き一つ一つにその者の実力が垣間見える瞬間が存在する。
勇者やユーラシアクラスになると、一目見ただけで相手の実力が判断できてしまう。
「ありがとな、勇者。こいつらと話せなかったら、オレは取り返しのつかないほど闇へ引き摺り込まれてたと思う」
「なら、良かった」
「——————オレが罪を犯し続けることでこいつらを悲しませちまうのはその通りだ」
ユーラシアは涙を流すケンタの頭から手を離すと、ケンタたち同様に悲しさと嬉しさが相まった表情を浮かべる。
「例え記憶が無くなっちまったとしても、心は今も残り続けてる・・・・・・そのことを知れたことが、今のオレにとっては何よりの救いだ。だからもう一度礼を言わせてくれ——————ありがとな」
「やめろよ。あんたらしくもない———って、んなこともねぇな。前のあんたを見てるみたいだわ」
勇者は柄にもなく照れくさそうな表情を浮かべる。
「前のオレに戻ることはできねぇけど、もう人殺しはやめる。あんたらを信じることにするぜ。魔人化させられた人たちを救う魔法を完成させられるってな」
「ありがとう。君の信頼に必ず応えてみせるよ! 差し当たってなんだけど、今回、君の助けがなかったら今頃ケンタたちは確実に殺されてた。だから強くなってもらう必要がある。自分の身は自分で守れるくらいにはね」
これに対してケンタたち四名は反論の余地もない。
なぜならそれが事実であり、実際に本人がそのことを身をもって一番理解している。
「勇者。こう言っちゃあれだけど、あんたはあのマンティコアとかいうバケモンに勝てた自信はあんのか? 力の痕跡で何となく分かってると思うけど、あいつは以前の神人だった時以上の力を持ってた」
「知ってるよ。こう見えても勇者だからね。確かに奴は五年以上前よりも格段に強くなっていた。おそらく魔導祭の時の魔王になら勝てるほどにね。けど、勝つのは僕たちさ——————なんたって勇者だからね」
そう言うと、勇者は優しく、幼い子供に向けるような笑顔をケンタたちへと向ける。
「まぁ要するに、さっきのは建前ってやつだよ。正直、ケンタたちが今から数年間死ぬ気で修行したとしても、神人にすら遠く及ばないだろう。けど、ケンタたちの眼はユーラシア。君と離れることを望んではいないように見える。だから提案だ。僕たちが邪神による魔人化の力を解除する魔法を完成させるまでに、僕たちが認める強さに達していること。そしたら、君たちを仲間として認めても構わない」
ユーラシアは一歩離れたところで勇者とケンタたちの様子を無言で見守る。
言われずとも、人を殺さないと誓った瞬間、勇者とともに世界を救う命運は確定した。
その旅にケンタたちは付いては来られない。
戦力にすらならない足手纏い。
しかし、勇者が認める強さを獲得し、ケンタたち自身がともに旅立つことを望むのであれば、ユーラシアとケンタたちは兄弟や学友の枠を超え、命すら互いに預けられる仲間となれるだろう。
当のケンタ、ルイス、シェティーネ、レインの四名は、既に覚悟を決めた鋭い目つきへと変化していた。
「「「「お願いします!」」」」
未完全な言葉ながらも、込められた感情のみで彼らの思いがユーラシアと勇者には伝わった。
「それじゃあ、早速ダンジョンへ行こう。魔界の魔力が消失した今、この世で最も魔力の濃い場所はダンジョンだと言える。そして君たちのエネルギー源も魔力だ。シェティーネとレイン、君たちの姓はアーノルドだったね。つまりは剣聖魔と縁があるってことだ。てことで決まり! 安全かつ魔力が豊富なダンジョンで修行を始めるとしよう」
こうして半強引にダンジョンでの修行が決定したのだった。




