196話 1人目のドラゴンスレイヤー
「スッゲェ〜・・・・・」
言葉を失う一同。
その中でもケンタは、記憶はないながらも確かな気持ちの高まりを感じていた。
竜王はその後ゆっくりと地上へ降り立ち、そのままケンタたちの方へと歩き出す。
「こっちに来るわよ」
「見れば分かる。だがこの場合、逃げるのが正解なのか?」
明らかに自分たちを守ってくれた竜王に対し、疑心暗鬼になる三名。
竜王と遭遇した場合、いかなる状況であっても逃げなければならない掟が存在している。
しかし、目の前の存在は本当に敵なのだろうか?
ケンタたちはその真偽が分からなくなってしまっている。
「改めて、お久しぶりっす」
ケンタ、シェティーネ、レインが疑心暗鬼に陥っている中、ルイスは多少笑顔を引き攣らせながらも竜王へと頭を下げる。
「ああ」
「さっきの剣化の呼吸は見惚れるほど見事だったっす。剣聖村で出会った時は正直嫉妬して、泣いた日もあったっすけど、今は単純に尊敬してるっす」
「その・・・・・助けてくれてありがとう。けど、貴方は敵のはず、よね?」
シェティーネの体は小刻みに震えており、竜王に対する恐怖心が伝わってくる。
それだけではない。ポーメル国の惨状に対する恐怖、両親を失った現実を受け入れられない気持ちに駆られ、とても冷静でいられる状態ではない。
それでも口にしなければ、確かめなければならないと思った。
なぜなら、今のシェティーネの発言を受けた竜王の表情がとても悲しいモノに見えるから。
「ルイス。貴方はさっき、彼とはダンジョン試験の時、剣聖村で会ったことがあると言ったわよね?」
「おす」
「それって、私たちと初めて会ったあのダンジョン試験のことで合っている?」
「おす」
シェティーネだけではない。レインも同様の恐怖と苦痛に心が張り裂けそうになりつつも、目の前の竜王の存在を放ってはおけない。
「———教えてくれないかしら? 貴方は本当は何者なの?」
この時、既にシェティーネの体の震えは一時的にだが止まっていた。
それは、今は辛い現実からは目を逸らし、ただただ目の前の竜王へと意識を集中させていたから。そして、竜王が敵ではないと本能により悟ったからに他ならない。
そしてその直感は、何かに怯え、苦しそうな表情を浮かべる竜王の姿を目にしたことにより確信に変わっていく。
あれほど圧倒的な実力を有する存在が、なぜだかとても小さく感じられる。
「オレは——————」
竜王が言葉を発すると同時に、その言葉に被せて別の声がシェティーネたちの耳へと届く。
「警告する‼︎ 今すぐにその子たちから離れなさい!」
気がつくと竜王を含めたシェティーネたち五名の前方には、列を成す大軍が押し寄せていた。
「我々は『魔法協会』だ。その特徴的な赤髪・・・・・貴様が竜王で間違いないな? 圧倒的な力を持ちながらそれを平和の為でなく単なる暴力として振るうその残虐非道さ——————何の罪もないこの国の人々を皆殺しにした罪。これまでの数々の罪。今日この時をもって償ってもらうぞ‼︎」
「何言ってるっすか、ユーラシアくんがやったんじゃ——————」
竜王はルイスを手で制し、前へ出る。
「何でっすか? ユーラシアくんはむしろオイラたちを助けてくれたじゃないっすか」
「オレたちがいくら声を荒げようと、今の世界には何一つ届かない。ルイスがここでオレの味方をすれば、奴らの矛先がオレだけでなく、お前らにまで向きかねない。けど、お前らにだけは覚えといて欲しい——————」
竜王は少しの間口を閉ざすが、意を決して続ける。
「オレはお前たちの味方だ」
そう言うと、竜王は軍の方へと向き直る。
「人質とは小癪な真似をするんだね」
すると軍の列の間をかき分け、一人の金髪美女が姿を見せる。
髪は腰ほどまでの長さで、青と白で彩られた体のラインが浮き彫りとなるスリムな衣装を纏っている。しかし、胸があまりないため、そこまで支障はなさそうだ。
更に、左手にはレイピアの如く鋭く、そして長い剣が握られている。
「彼女はまさか・・・・・ドラゴンスレイヤー⁉︎」
シェティーネが驚いた様子で声を上げる。
そして次の瞬間、ほんの一瞬の間に竜王との距離を詰めた金髪美女は、レイピアを躊躇なく竜王へ突き出す。
陽の光に照らされたレイピアが眩い光を放ち、周囲の者たちの視界を数秒間遮断する。
しかし、放たれた光は反射された陽の光だけではなく、レイピアの先端が竜王の右手のひらに触れることで発生した大量の火花によるものでもあった。
「うそ——————」
ボソっと、驚愕の感情を抱きながらも表情は変えずに言葉を漏らす金髪美女。
次の瞬間、竜王の魔力に晒されたレイピアは木の枝のように簡単に折れてしまった。
「私じゃ君には勝てないね」
攻撃の手を止め、潔く負けを認める金髪美女。
「オレの敵はあんたらじゃない」
そう言い残すと、竜王は再度後ろにいるケンタ、シェティーネ、レイン、ルイスへと視線を向け、エルピスとともに姿を消してしまった。