195話 悲劇のヒーロー
汚れ、ボロボロとなった黒と白の衣服に身を包んだ一人の男がゆっくりとケンタたちの目の前へと降り立つ。
男は長く真っ赤な髪をしており、瞳は宝石のように綺麗な緑色をしている。
正しくその人物は、世界の敵である竜王であった。
横に立つ真っ白な魔法生物は、竜姫「エルピス」。
しかし驚いている暇などなく、突如地下から伝わるもの凄い振動により、ポーメル国全体が揺れ始める。
「エルピス」
竜王がエルピスの名を呼んだ直後、ケンタたち四人を守るように巨大な羽を広げ、そして包み込んだ。
次の瞬間、アーノルド邸の巨大な屋敷は内側から爆発するかのように木っ端微塵に弾け飛ぶ。
「随分と風貌が変わっちまったみてぇだな」
「それはお前も同じだろ」
ポーメル国を襲った謎の化け物と向き合う竜王の姿。
その光景を目にしたケンタ、シェティーネ、レインの三名は、不思議な感覚に陥っていた。
世界の敵であるはずの竜王が、どうして自分たちを守ってくれたのか。
そしてルイスは一人、感動に浸っていた。
「久しぶりっす。ユーラシアくん」
ルイスの声に反応した竜王は、ゆっくりと視線を背後へと向ける。
「ケンタ——————シェティーネ——————レイン——————」
「え? もしかして忘れちゃったっすか? オイラっすよ、オイラ。ダンジョン試験の時に剣聖村で助けてもらった」
なぜか自分だけ名前を呼ばれなかったことに焦りを感じたルイスは、必死に竜王へと存在をアピールする。
そしてこの時、ルイスだけでなく、ケンタ、シェティーネ、レイン全員の恐怖心が消えていることに気がついた。
それは無意識によるものであり、竜王の存在が自分たちの心へ安心を与えている現状に面食らう。
「ルイスだったな」
「おす!」
「良かった・・・・・みんな無事みたいで。そこでじっとしててくれ。こいつとはオレが方を付ける」
竜王の鋭い眼差しが再び目の前の化け物へと向けられる。
「あん時は随分ボコられちまったけどよぉ、今回はそうはいかねぇぞ。今の俺は、神の力だけじゃなく、魔王の力も竜王の力も併せ持った最強の存在だからなぁ!」
「———始めようぜ、バーベルド。お前の御託に付き合ってる暇はねぇ」
「随分と余裕じゃねぇかよ。始める前に教えといてやるよ。今の俺は「マンティコア」だ。よく覚えとけや、クソカス野郎‼︎」
先ほど、アバランの首を刎ねた時に見せた一瞬のみ時間を停止する力を行使するマンティコア。
時間停止とは、字の如く世界の時を停止する力であり、マンティコアは神と魔王、竜王の力を得たことの副作用で時間をほんの一瞬のみ停止させられる力を得たのだ。
停止した時の世界には、何人たりとも踏み入ることなど出来はしない。
よって、相手にはマンティコアが瞬間移動したように感じられる。あるいは、攻撃が見えないなどの事態が起こり得る。
しかし竜王にはそんな技が通じるはずもない。
なぜならば、この世の大半を占める魔力を無効化する力と、最高神から与えられた神の力すら無効化してしまう力を有しているため。
故に、竜王は止まった時の世界でも動くことが可能となる。
そして、例え相手がどんなに速く攻撃を放とうとも、竜王には通じない。
意識内の時を何倍にも伸ばすことのできる思考領域が存在しているため。
よってマンティコアに攻撃する隙すら与えず、目に見えない速さの攻撃が一瞬にして複数回マンティコアの全身へと撃ち込まれる。
「カッハァ—————————随分とぬるい攻撃じゃねぇかよ!」
すかさず剣化の呼吸により己の両腕を剣と化した竜王の剣技が、マンティコアの四肢を一瞬にしてスライスする。
「効かねぇよ、クソがぁ‼︎」
負けずと瞬きの速さで四肢を再生してしまうマンティコア。
しかし、次の瞬間竜王の放った一撃の拳により、マンティコアの胸にどデカい穴が開けられた。
「クッ」
表情が一瞬硬直したマンティコアの隙をつき、天高く蹴り上げる。
「グオォォォォォォォ」
「『サンシャイン』」
天高く上昇するマンティコアに追いつき、そして体に触れた瞬間、マンティコアは体の内側から徐々に徐々にふくらみ始める。
そしてあっという間にマンティコアの姿形は消え失せ、その代わり天へと眩い光と全てを蒸発させてしまいそうな高熱を宿すとてつもなく巨大な炎の球体が出現した。
球体は世界樹など比べようもないほど大きく、更にその熱さを増していく。
「終わりだ」
球体は更に上昇を始める。
そうして宇宙空間へと突入した直後、一瞬にして消失したのだった。