193話 不可解な任務
シェティーネ、レイン、ケンタ、ルイスの四名は、即席パーティを結成後、すぐにある任務を請け負い、同行者一名を加えて目的地へと向かっていた。
成長したレインの『空間操作魔法』により、一瞬にしてポーメル国付近へとワープした計五名。
「緊急の任務っつうから、ほんとは素人なんざ連れて行きたくないんだが、どうしてもこの任務じゃなきゃいけない理由を聞かせてくれるか?」
今回、ホワイトハンター四名の同行役を任されたこの男は、アバラン・レージ。
ランクはブラックである実力者。
そして今回任された依頼のランクはAランクの中でも特に急を要するとされる任務。
Aランクとは、ブルーハンターでも難度とされる任務であり、ブラックハンター同行の元ならば失敗はあれど、全滅は免れる。
ハンター。つまり冒険者とは、ホワイトハンターによる最初のランク決め以降は、自身のランクに見合った依頼しか受けることができなくなってしまう。
ホワイトハンターでは、まだギルドとの仮契約的な期間であるが、色持ちハンターとなった時点で、そのギルドが保有する大切な戦力となる。故に、敢えて命の危険を犯す行為は制限が設けられているのだ。
けれど、ホワイトハンターではランクを測定するため、いくら受ける依頼に制限がないとは言えど、Aランクの依頼を受ける者など滅多にいない。
しかしシェティーネとレインには、どうしても今回受けた依頼でなければならない理由があった。
「依頼のあった場所は、私たちの故郷なのよ」
「故郷・・・・・? そういうことか」
アバランは何かを納得する表情を浮かべ、頷く。
「アーノルドって名前どっかで聞いたことあると思ったが、あの有名な剣聖の家系か。そりゃあ、自信も実力もあって当然だな・・・・・何より、故郷が襲われてるのに見て見ぬフリはできねぇわな」
「既に父さんたちが討伐してしまっている可能性もあるが、昨夜の依頼がまだ残っていることを考えた時、予想外の何かが起きた可能性も否定し切れない」
ギルドに届く依頼は、依頼主から「魔法協会」へと情報が送られ、協会による審査の元、各地のギルドへ依頼情報が送られる。
依頼は、内容と距離、ギルドの質を元に審査にかけられる。
ポーメル国からさほど距離が離れていないクリメシア王国や、その他にも依頼が実行可能な周辺国のギルドへと複数の同じ依頼が振られることになるのだ。
依頼主から魔法協会を経てギルドへと情報が届くまでの時間は長くてもおよそ五分程度。
そして、依頼が完了された際も全体に情報が共有される時間は五分程度となる。
よって、昨夜張り出されたポーメル国「ウェストン」からの魔物討伐の依頼が掲示板に張り出されているということは、依頼の未完了を意味している。
ポーメル国には、シルバー・ゴールドハンターに匹敵する剣聖、剣姫がいるため、本来ならシェティーネとレインが出張る必要などない。
しかし、依頼が数時間経った現在も完了されてない以上、認めたくはないが、何かよからぬことが起きていると考えるしかないのである。
常に冷静なレインたちが、珍しく感情的にギルドの受付人と多少の揉め合いをしていた理由はそれである。
「確かに考えてみりゃあ、不自然だな。こう言っちゃあれだが、たかだかAランク程度に剣聖たちが手こずるとは思えねぇ。魔法協会が審査した以上、ランクミスなんてことは万に一つもねぇだろうしな」
聞き手に徹していたケンタとルイスにも、アバランの言葉により緊張が走る。
「こんな時にあれっすけど、確かシェティーネさんとレインさんは、入団試験の時は見かけなかった気がするっす。それなのに、どうしてギルドに所属できたっすか?」
「簡単よ。私たちは魔法学園の卒業生だもの」
「魔法学園の卒業生ならば、希望すれば卒業と同時に希望するギルドへと所属することができるんだ。ただし、ギルド側が認めてくれる必要はあるがな」
「魔法学園か・・・・・」
すると、ケンタがボソッと言葉を漏らしたことで、シェティーネの不思議そうな視線が向けられる。
「そう言えば、ルイスが学園に行かない理由は分かるけれど、あなたはどうしてその歳で冒険者になろうと思ったの?」
ケンタはまたしても不服そうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい。別に年齢のことで実力をとやかく言いたいわけじゃないの。ただ、学園に行けば、色々な知識や経験が手に入るし、何よりも同世代の人たちと切磋琢磨して競い、学び合うこともできるわ」
「そりゃ、前までは学園ってやつに興味があった気がする」
「気がする?」
「覚えてないんだよ、そん時の感情を。でも唯一「強くなりたい」っていう感情はずっと胸の中にあるから、俺はもっと広い世界を見て、もっともっと強くなりてぇんだけど——————」
ケンタのどうにも歯切れの悪い回答に四名の視線が一斉に向けられる。
「その、そのさ、なんで強くなりたいのかも分からねぇんだ。ただ強くなりたいからって理由で前まではいいと思ってたけど、最近、何か理由があったんじゃないかって。大切な何かを忘れてる気持ちになるんだ」
「大切な何か、か・・・・・言われてみれば、俺にも思い当たる節がないわけじゃない。ふとした瞬間だが、感情に違和感を感じる時がある」
「私もよ。胸の奥から知らない感情が溢れ出しそうになる時があるの」
「決まって違和感を感じるのは、お前に寄ってくる男たちを排除している時だ。確かに相当綺麗になったとは思うが、どいつもこいつも呆れるほどに群れてくる」
レインはその時の光景を思い出し、どっと疲れた表情を浮かべる。
「それを言ったら兄さんの方こそ、学園の女子たちの間では相当な人気を誇っていたわよ。まぁ、私にとっては関係のないことだから放っておいたけれど」
「思い出すだけで気分が悪くなる。あんなもの、最初以外は苦痛でしかない」
レインの顔色は徐々に真っ青となっていき、一人歩くペースに支障をきたし始める。
「けれど、確かに私も感情に違和感を持つのは決まって、男子たちに話しかけられる時だったわ」
先ほどの緊張はどこへやら、別のことで頭の中を支配されるレインとシェティーネの表情には徐々に余裕さが見え始める。
その光景を見せられるアバラン、ケンタ、ルイスの三名も意識が誘導されるほどに緊張は解けていく。
しかし突如鼻を燻る吐き気を催す嫌な激臭がシェティーネたちの意識を奮い立たせ、緊張を一気に加速させる。
「うっ! 何この臭い⁉︎」
「魔物の腐敗した臭いによく似てる」
そのまま臭いの下へ歩みを進めて行くと、衝撃的な光景が飛び込んできた。
それは、木々に囲われた地面へと横たわる強烈な内側からの衝撃により臓物という臓物が飛び出し、既に原型を保てなくなった巨大な何かだった。
「こいつ・・・・・」
アバランが何かに気づいたらしく、目を見開く。
「依頼書の魔物じゃねぇか」
「「「「えっ⁉︎」」」」
思わず四名の反応がシンクロしてしまう。
目の前のその生物は、紛れもなく魔人化に失敗したムスコスが魔怪獣と成り果てた姿だった。
「一体誰の仕業っすか?」
「分かんねぇ。けど問題なのは、討伐されてんのにそれがギルドに伝わってねぇってことだ」
ムスコスの死骸は、死後一時間以上は既に経過していることは確実。
魔物は死後一時間経過後から徐々に腐敗臭を醸し出すことが知られており、今回周囲に漂う激臭は凄まじい。
一時間どころか、死後数時間経過していてもおかしくはない。
それなのになぜ、討伐完了の情報が魔法協会から届いていないのか?
考えられる原因は二つ、ギルドに何かが起きているか? 魔法協会に何かが起きているのか?
更に、死骸の様子から他の魔物に食い荒らされたものではないという点。
ビンビンに伝わる悍ましい気配が、周囲の生物の侵入を拒絶しているのだ。
腐敗臭に混ざり、また別の血生臭い臭いがアバランたちの鼻を刺激する。
「——————行ってみましょう」
身の毛もよだつ状況の中、シェティーネ、レイン、ケンタ、ルイス、アバランの五名は恐る恐るポーメル国へと足を踏み入れるのだった。