190話 入団試験
入団試験は実技試験のみとなるが、この場では子も大人も関係なく、一人前に狩をすることができるのだという実力を証明する必要がある。
まずは単純な身体強化魔法による身体能力テスト。
次に魔法の練度テストへと移る。
魔力樹とそれに比例する魔力量を測定後、魔力から魔法への変換(発動)速度、かつ正確さと強度も共にテストするため、簡易異次元キューブへと受験者一人一人を閉じ込め、計一分の間、魔法を連続発動させるテストが行われた。
しかし魔導師の本質は何も魔力量や魔法のみでは測れない。
よって、冒険者として最も大切な戦闘力をテストするため、一対一の対戦が入団試験ラストの項目となる。
勝利条件は、相手に敗北の意思表示をさせるか、場外負け、制限時間が訪れるかの三択。
今試験において、ケンタは特筆魔力が優れているわけではない。
それでも、珍しい炎魔法や、これまでの努力が身を結んだ身体能力の高さを見せつけ、他の受験者を押さえて頭一つ抜けた成績を残せていると言える。
しかしケンタには気になる人物が一人がいた。
その人物は、腰あたりに黒い紐を巻き、上下が真っ白に染められた着物のような「道着」と呼ばれる衣装を見に纏う青年。
歳は自分よりも三つ四つ上と言ったところ。
その青年は、終始裸足で試験を受けているにも関わらず、身体能力テストではケンタよりも上を行く実力。
魔法実技に関しては、他の受験生の様子を見ることはできないため知りようがないが、間違いなく今回のダークホース。
そのキリッとした眉毛から形作られる気合いの籠った表情がケンタへと緊張を走らせる。
「次、受験者名「ケンタ」と「ルイス」は前へ」
唐突に自身の名前が呼ばれたことによりケンタの緊張は高まっていく。これまでの試験とは違い、この戦闘試験は客席に座る勇者にも見られている。
ケンタは雑念を取っ払い気を引き締めると、睨むように目の前に立つルイスへと視線を向ける。
「お手柔らかにお願いするっす」
「お互い、全力を尽くそうぜ!」
「それでは、始め!」
「———おす‼︎」
試験官の合図とほぼ同時に馬鹿でかい気合いを入れるルイス。
ケンタはあまりの勢いに面食らってしまう。
その一瞬の隙を見逃すルイスではない。
ケンタが戦闘態勢へと入るまでに遅れた一瞬の間に、無数の斬撃が飛ばされる。
しかしその斬撃ははっきりと視認できるものではなく、空間に若干の歪みが生じるというモノ。
ケンタは素早く横移動をして回避を試みるが、惜しくも左腕へと斬撃が掠ってしまう。
「クッ」
しかし休んでいる暇はない。
回避した先にも斬撃が待ち構えており、更に回避した先にも斬撃。
ケンタは一向にルイスの姿を捉えられることなく、翻弄されていく。
「貰ったっす!」
ルイスの声が響くと同時にケンタの脳天へと激痛が走る。
「カッ——————」
容赦のない踵落としが炸裂し、ケンタの意識を刈り取る。
肉体的な成長度で言えば、ケンタとルイスは四歳ほどの開きがあるが、この歳の四歳は、大人と子供ほどの成長の差が存在しているため、試合を見ている多くの者の目には幼い少年をルイスが一方的に痛ぶっているようにしか見えていない。
しかし、それは違う。
ルイスもケンタと同様に、その実力を直感で感じ取り危険視しているからこそ手加減などできないのだ。
冒険者ギルドの入団試験は、何も数年に一度ではないが、上を目指す者同士、ここで勝ちを譲るほどプライドが安いはずがない。
地面へと叩きつけられたケンタの体は、ボールのように宙へとバウンドし、そのまま後方へと吹っ飛んでいく。
しかしその最中、突如ケンタの全身を真っ赤な炎のオーラが包み込む。
「『不死鳥の灯火』」
瞬時にルイスに負わされたダメージは、その全てが回復。
「俺にはお前の速さを捉えることはできないけど、そもそも足場となる舞台がなけりゃ動けないだろ」
そう言うと、ケンタは舞台上へと手のひらをつける。
「『炎化:覚醒』」
次の瞬間、舞台全てが瞬時に物質としての形状を変化させ、溶岩のようなドロっとした赤黒い見た目へと様変わりした。
突如足場が消えたことによりルイスに動揺が生じる。
更に、ルイスが宙へ飛んだと同時に放った複数の斬撃は、その全てが自らを炎と化したケンタの肉体を通り透ける。
「そんなのアリっすか⁉︎」
このまま地上へと逃げてしまえば、ルイスの場外負けとなってしまう。かと言って、舞台上に降りてしまっても無事では済まない。
ケンタの『炎化』は、ミラエラの『エーテルアイス』と同様に、自らの肉体を物質体と霊体の中間の構造へと作り変える魔法。
そして『炎化:覚醒』は、元々見に纏う衣服などの小さい規模のモノも同時に炎化させてしまうことができた『炎化』を更に飛躍させ、触れたモノ全てを『炎化』させることができるという言わばチート技をこの約五年の間で完成させてしまったのだ。
しかし、今の段階では命ある者への干渉は不可能。
闘いの結果は、ルイスが舞台外へと出てしまったことによるケンタの勝利かと思われたが、ケンタも自身の魔法により舞台が消えてしまったことで、同様に場外負けとなってしまったのだった。
「この試合は引き分けとします」
こうして入団試験の全肯定が終了した。
「クソッ、あん時はいい考えだと思ったのに、自爆なんて何やってんだよ俺・・・・・こんなんじゃ、ミラエラさんが帰って来た時に笑われちゃうよ。シスターにも」
ケンタは後悔に頭を抱えながら、ギルドの壁に描かれているミラエラの肖像画を見つめる。
「もっと自信持とうよ。さっきの試合、相手は相当な使い手だったけど、ケンタも文句なしの活躍だったよ。絶対受かってるって」
「軽いなぁー、マサムネさんは」
「本気だよ。でもさ、ケンタはどうして冒険者ギルドに入りたいと思ったの? 出会った頃から修行を頑張ってたのは知ってるし、強くなることが目標なのも知ってるよ。だけど、やっぱり何か理由があるんじゃないかなってさ」
「理由かー、前にも聞かれたけどさ、なんかどうしても思い出せないんだよな。ただ、どうしても隣に立ちたい人がいたようなそんな気がするんだよ。まぁ、理由は忘れちまったけどさ、とにかく俺は強くなりてぇんだ」
勇者はケンタの言葉になぜだが悲しそうな表情を浮かべる。
「なぁ、アレ何?」
「ん? あー、アレは任務の依頼書だね」
ケンタと勇者は掲示板へと足を運ぶ。
ギルドの掲示板には様々な数の依頼書が貼られており、その中でも特に目につくのが掲示板の上に掲示された一際大きな依頼書。
それは二枚存在し、一つは真っ赤な髪色に緑の瞳をした人物が描かれており、もう一枚には、真っ白な魔法生物の姿が描かれていた。
「気になるか? そりゃあ、気になるよな」
「ミハエルさん」
「奴らを見かけたら、すぐ逃げろよ。噂を元に作った依頼書だが、竜のくせして人の姿をしてるってのはどうにもマジらしくてな。約五年前に神をも撃った奴に対抗できるのは、勇者様とドラゴンスレイヤーくらいなもんだ。それに、約二年前から起きてる連続殺人もこいつの仕業で間違いねぇな」
「そう思う根拠が?」
「襲われる被害者に特徴はない。子供だろうが女だろうが関係なく襲う残虐さ。加えて、一流冒険者と言われる奴らもたった一撃で狩られちまってんだ・・・・・そん中には、俺のギルド員も混ざってた」
ミハエルは悔しそうに下唇を噛み締める。
「もう一方のこいつは、噂によると「エルピス」っつう名前らしい。名前とは反対にその真っ白な見た目から『竜姫』と呼ばれてる。どっちも厄災級の怪物だ——————まぁ、冒険者をやることになったら、十分に気をつけるんだな」
そう言い残すと、残る仕事を片付けるべく、再び自室へと戻って行った。
「ユーラシアと、エルピス・・・・・」
「何か、思い出したことでもあんのか?」
「思い出したって言うか、マサムネさんとヒナタさんの口からよく、ユーラシアって言葉を聞かされてたなって」
「・・・そうだね」
「なんか今、不思議な感覚なんだ。なんて言うか・・・・・竜王は悪い存在なはずだろ? なのに、この顔を見てたら胸の奥が温かくなってくるっていうか」
勇者は、ケンタの言葉に薄らと笑みを浮かべる。
「その調子なら、いずれ分かる時が来ると思うよ。さっ、試験も終わったし村に帰ってご飯にしようか」
「うん! シスター何作って待ってるかな〜?」
ケンタと勇者は、ソルン村へと転移魔法陣により帰還し、後日の試験結果を待つのだった。