189話 対人竜暦
約五年と半年後。
世界は約五年半前、邪神の手により生命全ての歴史が改ざんされた。
しかし、それは記憶上での話であり、実在する文化などに直接変化を及ぼしたわけではない。
それでも人類は自身の記憶に適合するよう周囲の環境を少しずつだが変化させていったのだ。
対人魔暦、解放暦、神放暦は始めから存在しなかったこととなり、今現在は対人竜暦と呼ばれている。
人と魔族が争い合っていた頃を対人魔暦と言ったように、人と竜が争う現代を対人竜暦と人類は名付けたのだ。
しかし竜族は、王であるユグドラシルを除いて全滅している事実に変化はない。
つまり、邪神の記憶改ざんにより、人類に恩恵を与えてくれた最高神を滅ぼした竜王のみが人類全ての敵であるということ。
今や竜王は世界各地で指名手配されているにも関わらず、出くわした場合は即逃走を義務化された世の中となっている。
唯一立ち向かうことが許されているのがドラゴンスレイヤーと呼ばれる者たちと勇者のみ。
ドラゴンスレイヤーは一人で大国とされる国家を滅ぼす力を有する者のみに与えられる称号であり、世界にはまだたったの五名しか存在していない。
そしてドラゴンスレイヤーになるためには、三つの選択肢が用意されている。
まず一つ目が、魔法学園に必ず存在する冒険科へと入学し、卒業と同時に冒険者ギルドへとエスカレーター式に所属する手段。
二つ目が学園には入学せず、冒険者ギルドの入団試験に合格して入団する手段。
これら二つはどちらにせよ、ギルドから与えられる任務をこなしていくことで、その実績を経歴として残していき、己の価値を証明していくことになる。
この場合、最終目標がドラゴンスレイヤーであろうとなかろうと、入団すればお金を稼ぐ一端の大人として扱われる。
そしてラスト三つ目が、ギルドには所属せず、野良として世界規模で人々に認めさせる圧倒的な実力を示すこと。
この三つ目の方法でドラゴンスレイヤーとなった者が一人のみ存在している。
けれど大半の者たちが一つ目か二つ目を選択することとなる。
そして、どの選択を取るかに関わらず、最終的には『魔法協会』と呼ばれる、かつてはゴッドスレイヤーと呼ばれていた存在により判断が下されることとなる。
ちなみにこの『魔法協会』は、人間社会の秩序を管理する中枢組織であり、魔法学園並びに冒険者ギルドの全てがこの組織下に属している。
そしてここにも一人、新たに冒険者ギルドへの入団を強く希望する者がいた。
名をケンタというこの少年は、歳は12。
魔法学園だけでなく、冒険者ギルドの入団するための最低年齢も10歳となっており、今受験者の中では最年少となる。
「うわぁ〜スッゲェ‼︎」
ケンタは目を輝かせ、ギルド内の至る箇所を見回す。
「ここがミラエラさんとシスターが昔入ってたっていうギルドかぁ」
今日は、半年に一度の入団試験日なため、ギルド内はいつにも増してお祭り騒ぎ。
受験者は、ケンタを含めてザッと五十名程度。
「おう、ガキ。ここはてめぇみてぇなガキがお遊び気分で来ていい場所じゃねぇんだよ。帰ってママのパイでも吸っとけや」
ありきたりな挑発をケンタへと早々に向けて来るのは、片手に骨付き肉を握りしめるメタボな大柄な男性。
しかし、男性がケンタの付き添い人へと視線を向けた途端、目を見開き血相を掻いて去って行った。
「今何したの?」
「いいや、僕は何もしてないよ。ただまぁ、僕の存在にビビっちゃったんじゃないかな?」
「へぇ〜」
ケンタは興味なさげに視線を外す。
「ハァ、うぜ。あんたここ数年でなんかただのナルシスト野郎になってない?」
「相変わらず酷いなぁー、ヒナッちゃんは。逆にそっちはキツさ増したんじゃない?」
「は? 喧嘩売ってんなら買うけど?」
「何言ってんの。僕たち二人で一人なんだから喧嘩できるわけないでしょ」
「ほほう、マジでいい度胸してんなマサムネ」
「ちょっとやめてよ二人とも、みんな見てるから! まったくもう」
ケンタの仲裁により、言い合いすることに夢中になっていた日向と政宗は我に帰ると、周囲の視線を受けて急に恥ずかしさが込み上げて来る。
「おい、あれって勇者様じゃないか?」
「そうよ、勇者様よ!」
「「「「「勇者様!」」」」」
先ほどまで盛り上がっていたギルド内が更に熱さを増していき、これから入団試験だというのに収集がつかなくなる事態に。
「黙れ、てめぇら‼︎」
突如後方から凄まじい声が響いた瞬間、皆嘘のように静まり返る。
「朝からギャーギャーギャーギャー、発情期かよてめぇらは」
「誰だよ、この爺さん」
盛り上がる集団の間に割り込んで来た老人へと手を伸ばした一人の受験生は、老人がしなやかな動きで首筋に打ち込んだ手刀により、気を失ってしまった。
「爺さんだぁ? 礼儀がなってねぇ若僧だな。俺はドラゴントゥースのギルドマスター「ミハエル・ゲイツ」だぜ? 今の攻撃を避けられないようじゃ、てめぇは不合格だな」
そう言うと、ミハエルの視線はケンタと勇者へ向けられる。
「よう、お前が今回試験を受けるっていうサーラんとこの子供だな」
「は、はい」
「ついて来い」
ケンタと勇者はミハエルに連れられ、ギルドの奥にあるギルドマスター専用の部屋へと通される。
「サーラから話は聞いてる。その歳で入団試験とは度胸あるじゃねぇかよ。で、もう受付は済ませたのか?」
「いいや、それが色々絡まれちゃったせいでまだなんですよ」
「おっと、これは失礼しちゃいましたね。サーラから貴方の話も聞かせてもらってます。手続きはこっちでしとくんで、気にしないでください」
強面なミハエルだが、勇者の前では蛇に睨まれた蛙の如く表情筋を緩ませてできるだけ威嚇しないよう、笑顔を作る。
「そんじゃ、頑張れよケンタ」
「はい!」
ミハエルから差し出された拳に拳を合わせて気合いを貰うケンタ。
いよいよ、試験本番を迎える。