188話 新時代
目を血走らせ、ミラエラの下へ駆け寄ると真っ赤な涙を垂らすユーラシア。
「貴様には更に絶望してもらわねば困る」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
まるで自我が消し飛んだかのように発狂するユーラシア。
直後、魔力が爆発的に高まる。
「『竜王の咆哮』」
とてつもない魔力が込められた竜王の一撃がユーラシアの口腔内からほんの僅かに姿を見せた瞬間——————
「フッ」
その刹那の間に邪神が吐いた息一つで咆哮はその姿を顰めてしまった。
「——————は⁉︎」
唖然とするユーラシア。
恐怖ではない。
ただ絶対の自信を持っていたからこそ、理解できない現実に対する硬直。
脳が無意識に状況整理を試みているが、ミラエラの死に対する苦痛と怒りにより、半ば思考が停止状態となってしまう。
その一瞬の油断の隙にユーラシアの体は邪神により自由を奪われ、地に横たわる。
「新たな時代の幕開けをお前にも見せてやろう」
そう言うと邪神は目を瞑り、頭上へ意識のみを向ける。
『次は我の番ということですか』
「その通り。この時をどれほど待ち侘びたことか」
『ここで我は滅びますが、すぐに終わりを迎えることでしょう。希望の芽は既に成長を始めています。その芽が育ち切った時、貴方の時代もそこで終わると断言しましょう』
「希望だと?」
僅かに邪神の意識が地に横たわるユーラシアへと向けられる。
「それは楽しみなことだ」
そう言い最高神の気配を掴むと、神の力と魔力とを融合した新たな神技を発動させる。
『神滅の光』
直後、ドス黒い漆黒の光が『原 天×点 界』全体を覆うと、実体を持たない『神』という名のエネルギーを全て呑み込み、消滅させた。
『神』が地上へ降りることのできない唯一にして最大の理由は、神は『神』という名のエネルギーであるということ。『原 天×点 界』はそれ自体が神のエネルギーに満たされているため、『原 天×点 界』=最高神であったとも言える。
よって最高神が消滅した世界に『原 天×点 界』は存在し得ない。
故に残された『原 天×点 界』は加速度的に消滅していき、消滅に巻き込まれれば、いくらユーラシアとて消滅は免れない。
けれど邪神は地に這うユーラシアを愉悦に浸った様子で見下ろす。
「無様だな。そして貴様にはこれから更なる絶望が待ち受けることだろう」
直後、「パチンッ」と乾いた音が空間に響き渡る。
そして気がつくと空間の消滅は時が止まったかのように動きを止めてしまっていた。
ひたすらに静寂。
見た目に何ら変化はないが、まるで世界に自分と邪神のみになったかのような感覚。
「俺とお前の時間以外を全て止めた。一度しか言わないからよく聞いておけ。この時を持って、世界はユーラシア・スレイロットという存在を忘れる」
邪神の放つ言葉の意味が理解できないユーラシア。
「言うなれば、この星に存在する全ての生命の記憶を改ざんした。これまで培ってきた竜王としての、ユーラシアとしての記憶を世界中の全ての者から消し去り、人魔戦争と神攻の記憶の全てをありもしない竜族との戦争の記憶に塗り替えたというわけだ」
つまり、人魔戦争以前の記憶もその全てが、邪神により改ざんされた偽の記憶の辻褄に合うように改ざんされてしまうということ。
かつて竜族は滅びることなく、人類の天敵となった記憶へと塗り替えられてしまう。
しかし実際には竜王以外の竜族は滅んでしまっているため、神と人間の協力により竜王以外は滅ぼされたということになる。
その点、マサムネとヒナタの勇者としての存在が忘れられることはないが、ユーラシアの両親であるアトラとメイシアが新たな勇者・英雄と讃えられた記憶は消えてしまうということ。
「そして、竜族との戦争において人類に力を与えた最高神を竜族の王である竜王、貴様が殺したという筋書きだ」
既に世界の記憶はこのように改ざんされてしまった。
いくらユーラシアが抗おうとしたところで、既に手遅れ。
「この星を支配する———この世界の全てを支配する。そのためには貴様は邪魔なのだ、竜王よ」
邪神は悔しそうに、そしてなぜか悲しそうに言葉を続ける。
「貴様はこれから命に代えてでも守りたい者たちから恐怖と蔑みの視線を向けられ絶望し、孤独に絶望し、大切な者を失った苦しみに絶望していくことになる——————だが、俺は人類が創り上げてきた歴史そのものを変えることはできない。人々の感情まで操ることなど今はできない。故にお前の味方をしてくれる者は必ず現れることだろう。だが、俺が発動した神技により人類全てが魔人と化すことになる。そうなれば、この星は真の意味で俺のものとなり、次の星へと支配の手を伸ばしていく」
「ボクは大切な人を守るためならどんなことだってする。例えボクのことを覚えていなくても、大切な人を傷つけようとする存在に容赦はしない!」
邪神は嬉しそうに邪悪な笑みを浮かべる。
「待っているぞ、ユーラシア。お前は必ず絶望から抜け出し、その怒りを絶やすことなく俺へと全力のお前をぶつけに来い。かつて憧れ嫉妬した・・・・・そんなお前を完膚なきまでに叩き潰すことで、俺は真の意味でお前から解放される。そして、この世界の王となるのだ」
再び「パチンッ」という音が響くと、時は瞬く間に動き出した。
あっという間に天の遥か高みに存在する『原 天×点 界』は消滅し、ユーラシアは真っ逆さまに地上へと落下していく。
次第に地面へと激突し、勢いは弱まることなく更に地下へとユーラシアを誘う。
更に周囲への影響はものすごく、周辺諸国は隕石の如く落下したユーラシアの衝撃派により消滅を免れず、世界樹さえ収まってしまいそうなほど巨大な穴が出現したのだった。
そしてこの巨大穴が後の世の新たな象徴となっていくことなど、この時はまだ誰も知らない。
そうしてその後数年間は、誰一人として竜王の姿を目にすることはなかった。
この物語は、生命の頂点である『竜王』と魔の王『邪神』による戦いの伝説を描いたものである。
『竜魔伝説』 第一部 完。