187話 ミラエラ・リンカートンの罪
「え・・・・・? ボクがかつて滅んだのが、ミラのせいってどういうこと?」
一瞬にしてユーラシアの頭の中は真っ白となり、視界が歪む錯覚に襲われる。
誰よりも信頼し、愛していた家族のような存在。
けれど彼女のかつて犯した罪は、ユーラシアは知らなければならない。
時は竜族がまだ生命体の頂点たる存在だった時代。
竜族を始めとするドラゴニュートやユニコーン、人類などの様々な生命たちが弱肉強食という基盤の上で豊かに共生していた時代。
全ての種族が竜王を崇め、神の如く奉っていた。
竜王は決して下の者たちへ何かを命じて強制するでもなく、皆が豊かに平和な世界を生きていけるよう常に世界を見守っていた。
竜王の魔力樹は、何者よりも環境を豊かにしていき、その圧倒的な存在感と強さを武器に無駄な血を誰であろうと流させることは許さなかった。
竜王ユグドラシルは、最高神に次ぐ世界の王であり、管理者であったのだ。
そんな竜王が最も愛していた存在が竜族でただ一体の白竜。
彼女は竜王の憩いの場であり、希望であり、妻であった存在。
名を、竜姫「シエル」。
世界を象徴する竜王ユグドラシルを唯一包み込むことのできる存在として自らその名を付けた。
そしてシエルは、当時竜王の付き人であったミラエラの母親のような存在でもあった。
シエルは、僅か十五歳という若さでこちらの世界に転移して来たミラエラを仲間として竜族に引き入れて以来、心からの愛情を注いで共に日々を過ごして行く。
しかしシエルは、愛するミラエラの手で命を奪われてしまったのだ。
きっかけは、シエルが子供を授かってしまったこと。
ミラエラは、ダメなことだと分かっていながらも竜王ユグドラシルに恋をしてしまっていたのだ。
そしてその恋心は「愛」となり、「嫉妬」へと変わっていった。
出産後、ユグドラシルとシエルの子供を目にしたミラエラは、理性を抑えることができないほどの嫉妬による憎悪の感情に支配され、弱っているシエルの命を奪ってしまった。
これが、ミラエラの犯した罪である。
『愛する妻を失った竜王は、絶望により我を忘れ、仲間である竜を手にかけてしまったのです。故に我も全力で貴方を我の下へ転移させようと試みましたが、当時の貴方の力は凄まじく、我の力でさえ跳ね返してしまうほどでした。ですが、貴方はそんな我の力を伝い、我の下へ自ら赴いたのです。行き場のない止めどなく溢れてくる怒りの感情を受け止めてもらい、そして己自身を止めてもらうために』
ミラエラは竜王の細胞を与えられているため、竜王を制御できる存在である。しかし、暴走した竜王はミラエラであっても止めることはできなかった。
竜族が滅んでしまった原因はミラエラだが、直接的な原因は竜王であったということ。
けれどユーラシアは、ミラエラがそんなことをするはずがないと自身へと思い聞かせ、最高神の言葉を信じる姿勢を見せない。
「——————事実なのよ」
ミラエラから短く発せられた言葉に唖然とするユーラシア。
そして次の瞬間、ユーラシアの顔周辺を真っ白な煙が覆い、そしてかつて竜王として生きた時代のミラエラ視点での記憶が脳内へと流れ込んで来た。
それにより、転生により忘れていた竜王だった頃の記憶が、抱いていた感情と共に徐々に徐々に蘇って来る。
愛する妻「シエル」の姿と、愛しい想いまでもユーラシアの心を満たしていくと同時に、失ってしまった悲しさ、当時抱いていた怒りの感情が一気に込み上げてくる。
しかしユーラシアは暴走することはなかったが、立っていることがままならなくなってしまったらしく、地面へと膝をつき、ひたすら無言で涙を垂れ流す。
悲しみ、怒り、苦しみ。
ミラエラは大切な存在をユグドラシルから奪ったのだ。
ユーラシアにはその怒りを存分にぶつける権利がある。
しかし竜王は当時、この真実を知らなかった。もし知っていたとしてもミラエラを傷つけようとはしなかっただろう。なぜなら、家族として愛してしまっているから。
それは恋愛的な意味ではないが、シエルと同じくらい大切な存在なことに変わりはない。
だからこそ心が壊れてしまいそうなほど苦しいのだ。
「ごめんなさい。謝って許されることではないことは分かっているわ。私は、貴方から最も大切な存在を奪った挙句、今まで罪の重さから逃げてしまっていた」
「——————確かにボクが暴走したのは、ミラのせいだったかもしれない。だけど、仲間の命を奪ってしまったのはボク自身だ」
実際は、暴走した竜王を止めるために行動した竜族たちが命を奪われてしまったのだ。
暴走した竜王は周囲の環境と他種族を関係なく襲い、それを止めるために仲間である竜族が犠牲になったというわけだ。
「以前なら、ミラのことをいくら大切に思っていたとしても絶対に許すことはできなかったと思う。だけど今は、ミラはボクの唯一の家族だから。それに、今のボクには新しく愛したいと思える人がいる」
その存在とはシェティーネのこと。
そしてミラエラはシェティーネとユーラシアの仲を認めまいと、再度同じ過ちを繰り返してしまいそうだったことに気がつき、いつしか二人の恋を応援するようになっていった。
壊れてしまいそうな心を何とか保ち、ミラエラへと辛さを滲ませた笑顔を向けるユーラシア。
「ユーラシア——————」
ミラエラの瞳に涙が浮かぶ。
「ミラ・・・ボクは君を許すよ」
『貴方にとっての転生とは、一種の成長だったのですね』
そう最高神が言葉を発した直後、突如として何者かの腕がミラエラの胴体を貫通した。
「ゴプッ———」
背中から貫通した何者かの腕はミラエラの腹部から突き出され、手には心臓が握られている。
「やめろ——————ッ‼︎」
ユーラシアの叫びと同時にミラエラの心臓は握りつぶされ、そのまま地面へと倒れ込む。
「何が成長か。罰すべき者を見逃す成長など、ただの退化だろう」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ——————」