186話 神の願い
ユーラシアとミラエラは気がつくと、見慣れない白銀色の輝きを帯びた空間にいた。
「ここは、どこなの?」
「確かヒイラギさんが、最高神がボクたちを必要としているとか言ってたような」
ユーラシアたちが一面白銀色で覆われた辺りを見回していると、突如空間内に何者かの声が響く。
『我は最高神。貴方たちをこの場へと導いた者です』
ユーラシアとミラエラは、瞬時に警戒心を強める。
『ここは原 天×点 界という名の神の存在し得る場所ですが、貴方たちをこの場へと導いたのは、ユーラシア・スレイロット。かつて竜王であった貴方にしか頼むことのできないことがあるからです』
「ボクにしか頼めないこと?」
ついこの間まで神と人間は命をかけた戦いをしていた仲なため、ユーラシアの警戒心は当然と言える。
最高神はユーラシアたちの警戒心を解くため、優しく語りかけ続ける。
『人間を含むこの世界の全てを創造したのは我であり、我は創造物の健やかな発展を見守って来ましたが、人間が互いに滅ぼし合う様を見て、一時は我の手で愚かなる人間を滅ぼそうと考えていました。ですが今は、愚かなのは我であったことを理解し、再び人間の生を見守ることに決めたのです。故に神人であるバーベルドの暴走を止めるため、貴方を『エルフの都』へ送る手助けをさせてもらいました』
「なるほどね。貴方が突然『エルフの都』に現れたのは、そういうことだったの」
最高神は地上へと自ら降りることはできない。故にユーラシアの力を見込んでバーベルドの暴走を止めてもらうことにしたのだ。
バーベルドは人間を殺しまくることで、人間の生きる価値のなさを再度最高神へと証明しようとしていたが、逆に自身の存在価値をなくしてしまうことになってしまったというわけだ。
『竜王よ。今度は貴方を殺さずに済んだこと、我は心から安心しています』
「それって、どういう——————ボクはかつて貴方に滅ぼされたってこと?」
まるで竜王であった自分を殺したのは自分であると言いたげな最高神の口ぶりにユーラシアは疑念を抱かずにはいられない。
そして、なぜかミラエラは何かを恐れた様子で俯き、動揺していた。
『そのことについては追って話すつもりです。今は、アート・バートリー。またの名を「邪神」と呼ばれる存在についての話をしましょう』
「邪神? 聞いたこともないわね」
聞き慣れない単語に、ミラエラの脳内は更に掻き乱されていく。
『邪神とは、元々は我自身の創造の力そのもの。その力が意思を持った存在です。ですが、いえ、だからなのか、邪神は我の創造物を己の物にし、思いのままに支配しようとする支配欲の化身のような存在だと言えるでしょう。ですが世界の権利は創造主である我が握っています。故に邪神にとって我は邪魔な存在』
「アートくんは魔王で、その正体が、邪神・・・・・?」
理解が追いつかないなりに、己の中にあるあらゆる情報を繋ぎ合わせていくユーラシア。
人類は今まで、神自身が人類へと攻撃を仕掛けていると勘違いしていたがそうではない。神は、神人やセンムルと呼ばれる存在を使って人類を滅ぼそうとしていた。このことから、神自身は直接地上へと降りることはできないのでは?というユーラシアの考えは当たっている。
しかしそう考えると先ほどの最高神がかつての自分を殺した表現との矛盾が生じてしまうことになるが、今と同様に最高神自らが自身の元へと招いたのならば矛盾は生じない。
それなら、アートの正体が神なのだとして、一体どうやって地上へと降りて来たのか。
ヒントは、『魔会』の時に呼ばれていた「優哉」という聞き慣れない名前。
つまり邪神は、人間となって地上へと降り立ったことになる。
神という絶対的な力を持つ存在でありながら、どうして人間になる選択をとったのか、その考えがイマイチ理解できない。
『我たちには神の力が通じないのです。故に邪神は、世界に歪みが生じた影響で飛ばされて来た魔力に染まっていない人間の体を依代に、地上へと降りてゆきました。そうしていつしか魔王と呼ばれるようになった邪神は、邪神としての記憶をなくし、完全なる別人格となっても尚、変わらず邪悪な支配欲を抱き続けていました。あの時は、神の力が目覚めていなかったために勇者を生み出し倒すことはできましたが、今の邪神はそうではありません』
かつて最高神が魔王の配下であるマンティコアを神人バーベルドにした理由として、邪神の魔王としての力を調べる意図があったのだが、神人になった影響で魔王の魔力は全てが消滅してしまったのだ。
故に、神の力+魔王の力+竜王の力を手に入れた邪神に勝ち目などない。
『既に我には邪神に対抗する手段が何一つないのです——————ユーラシア・スレイロット。貴方を除いて』
「けど、アートくんが本当に神なんだとしたら、貴方が勝てないのにボクが勝てるはずない」
弱気になるユーラシア。
しかし、それは仕方のないこと。現に直接的な力は感じることはできないが、頭上からビシビシと伝わってくる気配の圧は揺らぐことのない絶対的なモノ。
『貴方も感じたことでしょう。邪悪なる力の波長を』
ユーラシアはこの場所へと連れて来られる直前に感じた、大きな揺れと共に伝わって来た邪悪な気配を思い出す。
『邪神は神の力と魔力とを融合した力で我を撃つつもりです。そして我は魔力の創造主ではありますが、魔力に対抗する手段は持ち合わせていないのです。ですが貴方には魔力が通じない。だからこそ、貴方は今ここにいます』
すると、天からユーラシアの元へと光輝くラッパのような何かと共に、それを咥える真っ白な赤子のような存在がゆっくりと降りて来る。
そして「ブオォォォォォォォン‼︎」という鈍く体の芯に響く音が鳴らされた直後、ユーラシアの体が黄金色の輝きを放ち始める。
『今はまだできなくとも、いずれ貴方は神の力さえ寄せ付けない存在に至ることができるでしょう。託しましたよユーラシア——————かつて貴方の生を奪ってしまった我ですが、最後に贈り物ができたこと、心から嬉しく思います』
「ミラ?」
先ほどから何かに怯え動揺する様子が続いているミラエラを心配に思うユーラシア。
ミラエラは、この先最高神によりユーラシアへと伝えられてしまう己の罪に怯えているのだ。
『ミラエラ・リンカートン。貴方をこの場に呼んだ理由は、貴方自身が一番理解しているようですね。かつて竜王は貴方の身勝手な行いによって我により滅ぼすことになりました。故にユーラシア・スレイロットには真実を知る権利があり、世界の命運を託した以上、我の最後の使命でもあります』