185話 ワールドDエンチャント
俺は、配下である十大魔人全員に俺自身の正体と真なる目的を話して聞かせた。
それが、魔会が開かれる前のこと。
そして今、十大魔人に囲まれた俺は魔界の中心に佇み、地に這うかつてマンティコアの名を与えた者を見下ろす。
「それでは聞かせてもらおう。俺へと向けるその恨みの理由を」
俺はその者に手に翳し、傷を癒す。
途端に俺へと牙を剥けるが、俺は魔力の圧のみでその者の動きを封じる。
「クッ——————どうして俺をこんな所に連れて来たのか知らねぇが、二度と来たくはなかったぜ」
魔族との思い出の場所が、俺へ向ける復讐の怒りにより、お前にとっては苦痛を感じる場所と成り果てているというわけか。
そして、周囲の十大魔人たちは今の発言に理解を示してはいない様子。それもそうだろう。目の前のこの者がかつて仲間であったマンティコアなど知る由もない。
「俺のことなんて忘れちまったか?」
「お前は姿形が昔と比べてあまりにも変わりすぎている。皆、お前がマンティコアであった時のことを忘れたわけではないと思うぞ」
オーレルですらこいつの正体を知らなかったはずだが、一切の動揺のなさは流石の一言だ。他の者たちもこれでこの神人の正体が、かつて仲間だったマンティコアであることに気がついた様子。
「だが、分からない。俺はお前に恨まれるようなことなどしてはいないと思うが?」
確かに俺の言葉に嘘偽りは存在しないが、それでもこの者が抱く怒りの理由に心当たりがないわけではない。
しかし俺は敢えて挑発的な発言をする。
「ああ? 離せクソがぁ!」
どう抵抗しようが、今のお前に俺の拘束から逃れることなどできない。
この者の怒りに変化を与えるためにはまず、絶対的な力の差を見せつける必要がある。
「ハァハァハァ、んでだよ・・・・・なんでびくともしねぇ」
「これが今の俺とお前の力の差だ」
「はっ、力の差か。だが、てめぇの力は絶対じゃねぇ。そのことをイテェほど思い知らされたからな」
やはりな。
憧れとは裏返せば嫉妬心であり、期待である。
この者がかつて俺へ憧れを抱いていたことなど気がついていた。
そして俺が勇者に敗北したことで期待を裏切られ、失望しようとしたのだろう。
だが、失望などできなかった———いや、したくなかったと言ったところか。
故に行き場のないもどかしさは怒りに変換され、俺へと向けられる恨みと化したわけか。
「一つお前にいいことを教えてやろう。魔王とは、あくまでも人間の延長線上のお遊びに過ぎなかった」
「はぁ? 何言ってやがんだ?」
「あの時の俺は本気であったが、今思えばその程度だったということだ。だが、これから先、俺たちは神の領域に立つ。いや、俺はもうその領域に立っていると言える」
「神? 笑わせんじゃねぇよ。てめぇ如きが最高神様に匹敵するわけねぇだろぉが」
「手始めに最高神を滅ぼす。そうなればお前の主は消える。お前の考えは手に取るように分かるぞ。神攻が終了し、今度は最高神に対する息苦しさを感じている。ならば俺がお前を救ってやろう」
「分かったように、ペラペラと語ってんじゃねぇよ! 第一俺はてめぇを死ぬほど恨んでんだぞ」
「だから何だというのだ? お前のその恨みの根源は、俺への憧れから生じたものだろう。最高神を滅ぼし、お前の居場所を用意してやろう」
終始気に食わない様子だが、間違いなく俺の言葉は心へと響いている。
ならば次のフェーズだ。
俺は拘束に使用していた魔力を神人の体内へと潜り込ませ、細胞に眠るマンティコアの記憶を想起させていく。
そして次第に人型を保ちながら、身体中に幾つもの牙を生やした複数の口らしきものが存在し始め、いわゆる人型マンティコアが誕生した。
これでこの者は、神の力と魔力を宿す俺と同じ次元に立つ存在へと進化を遂げた。
しかし本当の進化はここからだ。
「てめぇの強さがもう一度信じるに値するか、存分に確かめさせてもらうぜ」
「安心しろ。これから俺は更に上の次元へと上り詰める」
俺はいよいよ十大魔人たちへと意識を向ける。
「覚悟はいいか?」
俺の発言に一人を除き、決意を見せる十大魔人たち。
「迷いがあるのか? トロプタ」
「いいや。ギリギリまで悩んじゃいましたけど、覚悟は決まりました」
そう言うと、トロプタは美青年であるユーリ・ポールメールの皮を脱ぎ捨て、醜いトロプタの姿を現した。
「もう二度と戻りたくないって思ってたこの姿ですが、モリィが言ってくれたんですよ。俺のこの姿を醜いと思ったことがないって。気に食わない奴ですけど、俺が覚悟を決めるには十分すぎる勇気を貰えましたから」
「余計な一言がなければ完璧なプロポーズでしたが、残念ですね醜穢。出直して来てください」
「勘違いしないで欲しいんだけど、別にプロポーズしたわけじゃないぜ」
「素直じゃありませんね」
とんだ茶番を見せられる羽目になったが、今日の俺は気分がいい。
見なかったことにしてやろう。
ともかくトロプタは、オーレルに匹敵する力を取り戻したということだ。
俺は無意識に笑みをこぼす。
アストラル界へ行かせたことは誤算だったが、十大魔人たちの頑張りにより結果的に多くの竜の因子を含んだ魔力を手に入れることができた。
魔会の席から追い出し、敢えて挑発的にユーラシアを『エルフの都』へ向かわせたのは、救いたい意思を阻止することで甚大なる魔力を吐き出させるため。
そして今のユーラシアならば神人如きに負けぬことなど、分かっていた。
俺の真なる目的は、万物を思いのままに支配することであり、竜王へと絶望を与えること。
憧れ故に竜王へと自分自身の手で絶望を与え、鬼あるいは悪魔と化した史上最高の竜王を、憧れの存在を完膚なきまでに叩き潰したい。
ユグドラシルの持っている全てを奪えないのなら、全て壊してしまえばいいだけのこと。
次第に魔界に満ちる魔力は俺を、十大魔人たちを中心に巨大な渦を巻いていく。
「さぁ、進化の時だ」
周囲を荒れ狂う魔力の渦は、俺と十大魔人たちの体内へと全て吸収された。
つまり、魔界に存在する魔力はゼロとなった。
共通して見た目に何か変化を及ぼしたわけではないが、俺たちはマンティコアも含めた全員が竜王の因子を融合させた存在となったわけだ。
更に、俺の与えた神の力を取り込んだ十大魔人たちは、十大魔神へと覚醒することに成功。
身体中に帯びる漆黒の模様が、ギラギラとした光沢を持った様へと変化する。
「『ワールドDエンチャント』」
この力は、魔力と神の力を融合させて創造した神技。
魔界に残った全ての魔物と魔怪獣が肉体を脱ぎ捨て、魔力へと変換されていく。
俺はその変換された魔力を世界中へばら撒いた。
ばら撒いた魔力を取り込んだ生命は、何者であろうと抗うことなく魔人化する。
「もうすぐこの星は我が手のもに——————」