183話 魔力樹消滅
時は数分前。
ある存在が誰にも気づかれることなく『エルフの都』へと入り込んでいた。
その者は、ユグドラシルの魔力樹の根元へ辿り着くと、満身創痍で横たわるバーベルドの下で足を止める。
「無様だな。俺への復讐はおろか、ユーラシアに手も足も出ず、お前は今死にかけている」
「ア———ハァ・・・ハァ」
既にバーベルドはまともに言葉すら発することができない状態。
いつ命の灯火が消えてしまってもおかしくはない。
しかしバーベルドを見下ろすその者は、バーベルドへ蔑みの視線を向け続ける。
「お前と拳を交えたことで思い出したことが一つある。それは、かつての俺の配下に「マンティコア」と言う名の魔獣が存在していたことを。しかし分からない。どうしてお前が俺を恨んでいるのか。一体何を復讐したいのか」
その者———アートの言葉に苛立ちを覚えるバーベルドだが、体も声も何一つとして感情のシグナルを伝えることができない。
「まぁ、それは後で確かめるとしよう。今はまず、こちらを優先するか」
そう言うと、アートは根元から魔力樹の頂上へと視線を向ける。
「『エルフの都』とやらには初めて来たが、すぐに分かった。これがかつての竜王の魔力樹だと言うことが」
そして次にアートの視線は、魔力樹の根元の奥深くへと向けられる。
「ふむ、なるほど。抜け殻と化した魔力樹を移動し、維持できているのはあの者たちの力があってこそということか」
アートは魔力樹の根元に空いた空間へ向けてゆっくりと歩みを進めていく。
すると、どんよりとした薄暗い膜のようなモノが外側に張られており、その中には目を瞑りピクリとも動かない五名の老人たちが円を描くようにして座禅を組んでいた。
「これもまた結界か・・・・・どうやら都全体を覆っている結界以上に強力なもののようだ。だが、俺には関係のないこと」
アートは結界に手のひらを触れさせると、自らの皮膚を結界に適合する組織構造へと創り変えていく。
そして結界を一切破壊することなく、結界内へと忍び込んでしまった。
「この者たちの命を絶てば、ユグドラシルの魔力樹は消滅することだろう。さらばだ——————」
アートの手刀が静かに、実にあっさりと五大長老たちの首を刎ねていく。
五大長老が死した今、誰にも気づかれずにユグドラシルの魔力樹の崩壊は進行していく。
結界から出たアートは天を見上げて薄ら微笑む。
「次はお前たちの番だ」
そう言い残し、アートはバーベルドと共に『エルフの都』から姿を消したのだった。