182話 ユーラシア消失
ユーラシアが都エリアへと到着すると、チャンドラ含め、全てのエルフたちがユーラシアを出迎える。
先ほどのバーベルドとの戦いでユーラシアが訪れていることは、エルフの都全体に知れ渡っていた。
「アタシャたちエルフの民は皆、竜王様が必ず生きておられると信じておりました」
そういうと、チャンドラを起点として次々とエルフたちがユーラシアへと頭を垂れ始める。
「えっ⁉︎ 何? どういうこと?」
「覚えてないかもしれないですが、アタシャたちエルフ族は、かつて竜王様が生きてった時代に助けて貰った御恩があるんですよ」
チャンドラは普段のアホみたいな話し方をなるべくしないよう意識しながら言葉を並べるが、癖というものはやはりそう簡単には直らない。
「まずは、現状の説明をしよおうかと思うんで、アタシャの部屋まで案内しちゃいます」
ユーラシア、エルピス、ミラエラ、エルナス、勇者、ユキの六名は、チャンドラに連れられ、巨大な扉を構える部屋へと案内される。
通されたのは、「金色堂」という広々とした一帯が金で染められた一室。
「ささ、遠慮なんてしないでくださいね」
執事たちにより、机の上へと次々におもてなしの準備がされていく。
そしてユーラシアとチャンドラは向かい合うように金色のソファへと腰を下ろすと、早速チャンドラは話し始める。
神による人類への侵攻が終了した事実と、ユキが仲間になったことをユーラシアへと話して聞かせた。
どのような経緯でユキが人類側につくことになったのかは、直接勇者の口から聞かされ、ユキ自身もその意思をしっかりと自分の口からユーラシアへと伝えた。
「まず、ボクが今の話を聞いて思ったことを正直に話すよ」
そう言うと、ユーラシアは自身の胸元にエルピスを抱き寄せ頭を撫でる。
「もう大切な人たちが傷つかなくて済むなら、ボクがそれ以上望みたいことなんて何もないよ。だけど、君たちに奪われた命は決して戻っては来ない」
怒りではない。ただ冷静に何かを伝えようとするユーラシアの瞳がユキの瞳と重なる。
「分かっておる。わらわの罪が消えぬこと。決して許されることではないことを」
「うん。だけどボクは、君がこれ以上ボクの大切な人を傷つけないのなら、ボクも君をこれ以上責めることはしないって約束するよ」
その冷静すぎるユーラシアの対応を目の当たりにしたエルナスとミラエラは一度顔を見合わせ、そしてユーラシアへと視線を戻す。
「必ず傷つけぬと誓おう。もう二度と、わらわは誰の命も奪いたくはない」
ユーラシアは小さく微笑む。
以前は殺したいほどの憎しみを抱いた相手だが、アストラル界での成長が精神的にユーラシアをとてつもなく強くした。
故にユーラシアは、ユキとのやり取りの中で一切の感情の乱れを見せることはしていない。
「ボクの兄と慕った人は、君に殺された。だけどそれでボクが復讐の鬼になることをフェンメルさんは絶対に望んでない。いつまでも過去に囚われてる情けのない姿も見たくないと思うから。だから、君への怒りは消えることはないけど、君を許すよ」
ユキの瞳に涙が浮かぶ。
罪の意識を一番強く感じているのは、ユキ自身。
決して許されない罪だと分かっていても、「許す」という一言は、ユキの心を貫くのには十分すぎる言葉だった。
ユキは涙が溢れるほど、心の中で声にならない謝罪の言葉を何度も述べるだった。
そして二人のやりとりを見ていたエルナスも同様にユーラシアの発言と態度に心打たれていた。
自分もつい先日、大切な妹を失ったばかりなため、ユーラシアの言葉が刺さってしまったのだ。
「貴方は何を泣いてるのかしら?」
「うるさい。ほっといてくれ」
「そうだそうだ。竜王様に会いたがっていたみんなを、銀の間で待たせちゃってるんだった」
「ボクに会いたがってる人ですか?」
チャンドラをはじめとしたエルフたちがユーラシアの出現に気がついた時、魔力の気配を感じたエルフ族以外の者たちもユーラシアの気配を感じ取っていた。
しかし、このまま一斉に押しかければ迷惑になると判断したチャンドラは、一先ず自分たちエルフが最初にユーラシアを出迎えることとし、その後で感動の再会をしてもらおうと思い、もう一つの自室である「銀の間」で待ってもらうことにしたのである。
銀の間は、金色堂とはまた違って落ち着いた灰色の空間となっており、扉を開けた瞬間、ユーラシアの瞳へと懐かしの顔がいくつも飛び込んで来た。
まず始めに飛び込んで来たのは、師匠であるオータル。
「オータル師匠! それにブルジブさんとビヨンドさんまで」
「久しぶりだな、ユーラシア。たった数ヶ月会わないうちにまさか俺を追い越すほど強くなってしまうとはな。お前の才能にはいつも驚かされる」
オータルとユーラシアは互いに笑顔で握手を交わす。
「お久しぶりです。随分と強くなってしまったようで、見違えやした」
「本当にのう。あの時も凄まじかったが、今はまるで別人のようじゃの」
続いて視線を向けた先には、百名ほどいる全ドラゴニュートたちが一斉にユーラシアへと頭を垂れる姿。
先ほどは見ている人が少なかったため、そこまで周囲を気にする必要もなかったが、いくら精神を鍛えたといっても流石のユーラシアでも大勢の人たちの前では恥ずかしさを感じれずにはいられない。しかし、表面上は平静を装う。
そんなことお構いなしにドラゴニュートを代表してイグドルが声を上げた。
「竜王様。またしてもお会いできたこと、誠に嬉しく思います。先ほどの戦いは見事でした! 我たちの細胞に宿る竜王様の因子が熱く激っておられました」
イグドルの熱量に多少引きつつ、ユーラシアは周囲に視線を向ける。
正直、バレてしまうことに抵抗はないが、エルナス含めてこの大勢の人たちはそのほとんどがユーラシアが竜王の転生体である事実を知らない。
しかしこれだけ大きなイグドルの声。
理解できるできないは置いておいて、間違いなくみんなの耳に「竜王」という単語は届いたことだろう。
そして見回すと改めて胸が痛む。
この場に集まる人が例え、避難民全員でなくとも大勢の命が失われてしまったことに。
遠くの方には、ユーラシアの成長した姿に驚く教師の姿やラウロラやアイリスたち『エルフの都』遠征組の姿が見える。
「良かった。モラトレア先輩以外は、みんな生き残れたんだ」
ユウキを除いた遠征組七名全員の姿が確認できたことに安堵する。
他にも魔法研究科の関わりを持ったイニレータやマーラ、ポディーノの姿も確認できた。
そしてヴァロ、ゴディアン、レイン、リリルナなどの友となった者たちの姿も確認できた。
「あれ? シェティーネさんは?」
突如、目の前がぐらんぐらん揺れ動く感覚にユーラシアは襲われる。
ひょっとして死んでしまったのではないか? そう思うと、心が強く締め付けられて激しい痛みが襲い来る。
「——————ユーラシアくん」
しかし耳に突如届いた愛しい声により、ユーラシアは心が晴れやかになっていくのを実感した。
そして気がつくと、シェティーネを強く抱きしめていた。
「え?あっ、へ?——————ちょっと、ユーラシアくん? こ、これ・・・え?」
シェティーネはあまりの衝撃に思考がパニック状態に。
「ごめんっ。その、安心したらつい——————」
「ううん。大丈夫よ・・・・・その、生きていてくれて本当に良かったわ」
シェティーネの顔には、心からの笑みが浮かべられていた。
「つい、ならば何でもしていいと思っているのか? 随分見ないうちに強引になったものだな、ユーラシア」
「いや、本当にわざとじゃないんだよ。ただ、シェティーネさんの顔を見たらつい抱きしめたくなっちゃって——————」
「いい度胸だ」
冗談なのか、本気で怒っているのかよく分からないレインの無表情。
しかし、次の瞬間途端に表情が緩む。
「まぁ、お前をシェティーネの恋人として認めたくはない気持ちは本当だが、俺もお前が生きていてくれたことは素直に嬉しく思う」
「レインくん・・・・・って、別にボクたちは付き合ってるわけじゃないからね」
「フッ、見ない間に別人のように変わってしまったと思ったが、お前はお前のままでよかった」
ユーラシアとレインとの間で繰り広げられる世界。そして、二人はシェティーネが先ほどから顔を真っ赤に染め上げていることに気が付かずにいるのだった。
「そういえば、ミューラさんはまだ見つかってないの?」
ユーラシアの質問に対して気まずそうに目を逸らす二人。
「わらわから説明させてもらえぬか?」
そうしてユキは自分でミューラを殺してしまったことをユーラシアへと話した。
この話を聞いたユーラシアの脳内には、以前ミューラが行方不明となった際の出来事が思い出されていた。
あの時、ユキに対してミラエラが取っていた怒りを含んだ冷たい態度の意味をようやく理解するユーラシア。
「ごめん、ミラ。ボクあの時、ミラのこと誤解して——————」
「何のことか分からないけど、過ぎたことを後悔するのはもうやめにしましょう。今私は、貴方の謝罪よりも、貴方にこの三週間で何があったのかを知りたいわ」
以前のユーラシアを知っている者ならば、ユーラシアの見た目すら成長してしまった秘密を知りたいと思うのは当然のこと。
そのため、多くの者たちがユーラシアへと更に意識を集中させる。
その後、ユーラシアは魔導祭による神攻直後にミラエラたちと別れて暗黒大陸と呼ばれている魔大陸に連れて行かれたこと。
そこでの修行の日々を皆へ話して聞かせた。
しかし、神による人類への侵攻が終了し、ユキだけでなく皆が新たな時代へと前を向こうとしている現状を知り、魔王時代再来の可能性の話は話すことができなかった。
「へぇ〜、あんた魔界にいたんだ。ていうか、暗黒大陸って魔界のことかよ」
「魔界?」
ユーラシアは突如勇者から飛び出した聞きなれない単語に首を傾げる。
「え? 何、魔界にいたんじゃないの? あーそっか、人によって魔大陸のことを魔界って言ったりすんのよ」
「そうなんですね。あの、ずっと気になってたんですけど、貴方は一体何者ですか? この中じゃダントツに強い気配だ」
勇者は魔力を抑えているが、ユーラシアにはその実力を隠し切れていないことに一瞬眉を上げて反応する。
「私らは勇者だよ。かつて魔王を倒したね」
「えっ、勇者様? ほんとに?」
ユーラシアは分かりやすくテンションが上がる。
それもそのはず。ミラエラとソルン村で暮らしていた頃に、よく魔王を倒した勇者についての話を色々と聞かせてもらっていたため、密かに憧れを抱いていたのだ。
「まぁね」
「そういえば、ユーラシア。貴方、魔界にいたのなら、どうやってここまで来たの?」
「それはボクにも分からないんだ。気づいたらここにいて、目の前にミラたちがいたんだよ」
つまり、ユーラシアは『エルフの都』へと何者かにより瞬間移動させられて来たことになる。
しかし、他者を『エルフの都』へ送り出せる者が存在するのか。
「あっだけど、飛ばされる前に女性の声が聞こえたんだ。『ネメシスを殺してください』って。多分、ネメシスってさっきのあいつのことだと思うんだけど」
その瞬間、ユキが何かを察した様子で目を見開く。
次の瞬間、とてつもなく大きな揺れと共に邪悪な魔力の気配が『エルフの都』全体を包み込む。
「この魔力の気配——————」
「まさか、魔王の仕業か?」
ミラエラと勇者は邪悪な魔力の気配の原因をいち早く悟る。
「アートくん・・・・・」
そして更にその数秒後、突如としてユーラシアとミラエラの身体がつま先から消滅していく現象が発生する。
「何これ⁉︎ ミラ!」
「一体どういうことなの? 敵の攻撃? けれど、この場の誰にも気づかれずに仕掛けるなんてあり得ないわ・・・・・とにかく、誰も私たちに触れてはダメよ!」
一気に動揺が走る空間に、ミラエラの声が大きく響き渡る。
誰も何もできない無力な状況。ユーラシアとミラエラの体が半分ほど消えかかった段階でユキが口を開いた。
「間違いない。これは最高神様の仕業であろう。だが、何故にこのようなことを?」
神攻は終了した。
ならば、これは仕掛けられた攻撃などではなく、何かユーラシアとミラエラを最高神自ら招かなければならない事情があるということ。
「一つ確かなことは、これは攻撃などではない。理由は分からぬが、其方らを最高神様は必要としておられるのだろう」
しかしペガサスにまで詳細な人の言葉は分からない。
契約で繋がれているのならば意思により思いを伝え合うことは可能だが、ユキの言葉の意味をエルピスは理解しない。
故に、エルピスはユーラシアのピンチに声を荒げて必死に駆け出す。
しかし間に合わない。
ユーラシアとミラエラが消失し、エルピスは一人悲痛を上げるのだった。
「ヒュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼︎」