177話 ユーラシア vs 十大魔人
魔大陸へと戻って来たオーレルとユーラシア。
その気配に気がついた十大魔人たちが次々と王の間へと姿を見せ始める。
そしてそこにはエルピスの姿も。
「随分と早い帰りだね。おっ、二人だけ?」
普通ならば『魔会』は、こちらの世界の時間にして約一ヶ月以上行われる。
そのため、一週間ほどの帰還には疑問を感じざるを得ない。更に、アートの姿が見当たらない点と、ユーラシアの暗く落ち込んだ表情から、ユーリは状況を瞬時に把握し、いち早く気を引き締める。
「ああ、王の御意思だ」
オーレルのいつにも増して緊迫感のある雰囲気に、他の十大魔人たちの表情も真剣なものとなっていく。
「聞け。今日この時をもって、約束の時が訪れる。全ては我らが王のため、命落としてでも己の使命を全うしろ」
オーレルの言葉を受け、皆の瞳に殺意が宿る。
そしてその殺意は、中央に佇む存在。ユーラシアへと向けられる。
「・・・・・一体どうしたんですか?」
ユーラシアもその違和感をすぐさま感じ取り、意識を切り替えて気を引き締める。
「竜王。助けに行きたいか?」
「当たり前です。ボクはもう弱くない・・・・・みんなを守れるだけの力を持ってるんです。だから行かせてください!」
向けられている殺意の理由など、ユーラシアには分からない。だが、ミラエラや学園の友人たちが危険に晒されているのなら、助けに行かない理由などない。
もし向けられている殺意が牙を剥いて襲いかかって来たとしても対応できるよう、ユーラシアは密かに目の前の強者たちと戦う覚悟を決める。
短くも長い付き合いであった彼らにユーラシアの心は打ち解け始めていたが、敵になるというのならその壁を乗り越えるしかない。
「だが、行かせるわけにはいかない。王に課せられし試練を乗り越えられていないお前が、一体何を守れる?」
オーレルの言う課せられし試練とは、魔怪獣の第一等級を魔力のみで倒すというもの。
しかし、今更そんなことに意味がないことは、オーレルとて理解している。
「今のボクは貴方よりも強い。だからそこをどいてください!」
いつの間にかユーラシアの退路を断つように円となりユーラシアを囲む十大魔人たち。
ユーラシアはオーレルだけでなく、殺意を向ける十名ともに敵対の意思を示す。
そして、ユーラシアの下から距離を取るエルピスには一切の関心も示さない十大魔人。
「ならば強さを示せ」
オーレルはゆっくりと背中に背負っていた大剣を抜き両手で構えると、勢いよく魔力を送り込んだ。
直後、大剣は漆黒の炎を生じたさせ、その身に纏う。
熱気が王の間全体を包み込む。
「この剣の名称は、「業火刃」。剣に含まれる熱源は、我の魔力を一定数与えることで着火する」
業火刃が纏う炎は約一千度。
持ち主であるオーレルの汗が湯気を立てて蒸発する。
「行くぞ。竜王!」
他の十大魔人はすぐさま後退し、二人の下から退避する。
以前とは異なり、手加減など一切ないオーレルの全力の一撃がユーラシアを襲う。
対するユーラシアは、避けるでもなく、正々堂々オーレルから振り下ろされる漆黒の業火を纏う大剣を受け止めた。
「ん⁉︎」
魔王城はその一撃のみで足場が崩れ、連鎖的に崩壊を起こす。
ユーラシアは地上の足場へ再び着くまでの一瞬の間に、受け止めたオーレルの大剣を素手の力で真っ二つに折ってしまった。
これにはオーレルは目を見開き驚きが隠せない様子。
剣とは、横からの力に弱い。とは言っても、五メートルほどある大剣を小さな手で受け止めただけでなく、たったの一撃加えただけであっさり真っ二つに折ってしまうなど、普通ならば不可能。
ユーラシアは動揺により生じたオーレルの隙を見逃さず、腹部へと拳を繰り出す。
「見事だ——————」
オーレルの言葉がユーラシアの耳へ届いた直後、今度はオーレルが後方へと勢いよく吹き飛ばされる。
その光景を見ていた他の十大魔人たちは、魔王城の瓦礫の上に佇むユーラシアに恐怖を感じ、更に一歩後退る。
「冗談。アストラル界で過ごしたって言ってもたった三年だよね? まさかオーレルがここまで手も足も出なくなっちゃうなんてね」
ユーリはユーラシアの実力を知っている。しかしそれは魔力の凄さを知っているという意味である。
しかしユーラシアは、一切の魔力を使わずにオーレルを圧倒してみせた。
ユーラシア以外は誰一人として知らない。
アストラル界の日々の中で『竜王完全体』がどれほどの成長を遂げていたのかを。
共に過ごしたドラルドでさえも・・・・・。
今のユーラシアは、剣化の呼吸を無意識に行える領域まで成長し、その上肉体的にも大幅な成長を遂げたため、これまで心配して来た体力と肉体の損傷の問題を気にすることなく、今扱える『竜王完全体』の力を全力で発揮できるようになった。
「トロプタ。お前の目は節穴か? たかだか剣の一本が折られただけのこと。この身に傷一つ付いてはいない」
足音を響かせ姿を見せたオーレルは、先ほどとは比べものにならないほどのオーラを纏っている。
黒く染められた全身の毛は、その全てが相手を威嚇するかのように逆立っており、白く浮き出ている鍛え抜かれた筋肉は、より厚みを増して最強たる真の獣の姿を見せつける。
「剣が折られる未来は見えていた。だが、ここから先は我らに負けはない」
オーレルの振り下ろされる拳にユーラシアの拳が交わり、衝撃で地上が歪む。
その後も幾度となく交わる拳と拳。
徐々に両者の纏う魔力は増していく。
その度に震える大気が荒々しさを増していき、魔大陸の地形に変化を及ぼす。
「グハッ」
オーレルの今の実力は、バーベルドに勝つことは難しくとも遜色のないもの。
そんなオーレルの攻撃のことごとくを掠りもせずに避けるユーラシア。
始めはその表情に苦しさなどの変化はあれど、魔力を増す度、ユーラシアの表情に変化はなくなっていく。
徐々に開き始める力。
オーレルは、ユーラシアから繰り出される攻撃全てにダメージを負っている。
既に防御など意味のないほどにユーラシアの拳は重く速い。
それでもオーレルは表情一つ変えずに拳を繰り出す。
互いの拳が交わらずとも、嵐のように大気は震える。
そして次第に大気の震えは、一定の法則性をもって螺旋状の渦を巻く。
「『命の収穫』」
突如甲高い声がユーラシアの耳へと届いた瞬間、漆黒の輪がユーラシアの体へと纏わりつき、動きが封じられる。
その瞬間、オーレルはユーラシアの顔面へと容赦ない拳をめり込ませ、地面へと叩きつけた。
「私の『命の収穫』は、捕らえた獲物の生命力を吸収します。つまり、まずは魔力を吸収し、枯渇すれば命そのものをって感じです。発される力に比例して吸収力も増していくのでご注意を」
「おいおい、そりゃあ悪手じゃないか? モリィ。お前がユーラシアくんの魔力を吸収してどうすんだよ」
「安心してください。吸収した魔力は、好きなように再利用できますから」
モリィは自慢げな表情を浮かべて、ユーリを見下す。
「貴方たちは一体何のためにボクの邪魔をするんですか! ボクは、ただ大切な人たちを守りたいだけなのに——————」
「竜王と言えど、いくら貴方の魔力を持ってしても私の魔法からは逃れることはできないですよ」
ユーラシアはモリィの発言など無視して限界など知らない魔力を爆発的に高めていく。
「ハァァァァァァァァァァァァァ‼︎」
「えっ、ちょ・・・・・信じられません。こんなことが可能だなんて」
「モリィ。お前は大分ユーラシアくんのことをナメすぎだな」
モリィの魔法は、ユーラシアの力技で破壊されてしまった。
その直後、ユーラシアの頭上から巨大な竜巻が落とされる。
「さ〜て、どうやって抜け出す?」
ユーリは楽しそうな笑みを浮かべるが、次の瞬間、その笑みは消え失せる。
ユーラシアが纏う魔力の密度により、竜巻は瞬く間に姿を消されてしまった。
「王にすら引けを取らない強さ・・・・・フッ見事だ」
再びユーラシアの拳をその身に幾度も受けながら、オーレルは笑みを絶やさない。
続けてユーラシアへと襲い来る十大魔人たち。
周囲を全て囲まれ、逃げ場を塞がれたユーラシアは、視線一つ動かすことなくただ一言口にする。
「さようなら——————」
そう言い放った直後、ユーラシアの右拳に更なる次元を逸した魔力量が込められる。
「『竜拳』」
拳に纏われた魔力は灼熱の赤色に変化した後、巨大な爪を持つ竜の手へと姿を変える。
そうしてオーレルには触れることなく地上へと突き刺さったユーラシアの右拳から放たれる『竜拳』の威力により、魔大陸全土の地面は至る箇所が割れ、地中に眠っていたマグマが地上へと噴き出し始める。
衝撃により魔大陸を覆っていた結界に綻びが生じる。
「これちょっとまずくない?」
「このままだと、醜穢が殺されてしまいますね」
「いや、俺たち全員、王に殺されるでしょ」
「イチャついてねぇで、さっさと結界を元に戻すぞ!」
「まさかここまで手がつけられなくなっているとは、流石と言うべきですね」
「だが目的は達した。全力を持って結界を元へ戻す」
「流石はオーレル様だすね。あれほどのダメージを受けながらも、そのピンピンとしたご様子。わだす、感服するだす」
「ハハっ。マジそれな〜。どんだけ不屈なんだよって感じ♪」
「いいから手を動かせ」
こうして十大魔人全員の協力により、綻びが生じた結界は無事修復され、いつの間にかユーラシアとエルピスの姿は魔大陸から消えていたのだった。