176話 魔会
『魔会』とは、異なる世界の邪神と呼ばれる神たちが集う交流の場。
彼らは皆、元は最高神が持つ創造の力そのものであり、それが意思を持った存在。
今では自世界の最高神を排除し、自身の世界の頂点に君臨する支配者たち。
王級界に照らされた眩い光に導かれ、アート、オーレル、ユーラシアが姿を現す。
「よぉ、約五百年ぶりだな。優哉」
姿を見せたアートたちをギムルは嬉しそうな笑顔を向けて迎え入れる。
「久しぶりだな。そして一つ訂正しておこう。俺は転生して優哉ではなく、今はアート・バートリーと名乗っている」
「お久しぶりですね〜。見たところ、髪色は以前のままですが、肉体は作り変えられているということでしょうか。人間とはやはり興味深い生き物です」
「久しぶりね。一度滅ぼされたらしいけれど、元気そうで何よりだわ」
「相変わらず趣味の悪い奴らだ。その口ぶりから、俺の動向を何百年も観察していたというわけか? ウィレイ」
漆黒の翼を持つウィレイは、目を閉じて薄ら笑みを浮かべた後、横目を隣に座るギムルへと向ける。
「あ? んだよ」
「フッ、優哉。いえアート。貴方のことを観察していたのは彼よ。私はただ話を聞かされていただけ」
「おいおいひでぇじゃねぇかよ、ウィレイ——————って、お前も俺にそんな目できるようになったのかよ」
ふと、アートに向けられる多少の殺気が込められた視線を感じ取ったギムルは、またしても嬉しそうに手を叩いて笑みを浮かべる。
「悪かったよ。魔会メンバーにお前をスカウトしたのは、他でもないこの俺だ。お前には期待してるってことだぜ? この俺から期待を向けられるだけでお前は幸せもんだ。それをもっと自覚してくれよ」
「調子のいいやつだ」
アートは呆れ気味にため息を吐くと、先ほどからずっと睨みを利かせてくる自身の左隣の者へと視線を向ける。
「相変わらず、俺のことが気に食わないと言った表情だな。シュクメ」
「当たり前だろう。たかだか人間の分際で何様のつもりなんだ? 貴様は」
アートとシュクメの間に、見えない火花がバチバチと音を立てて弾け飛ぶ。
もう幾度と見せられて来た優哉とシュクメの絡み。約五百年という時を経てもまだ相変わらず優哉改めアートへと噛み付くシュクメの様子を、魔会メンバーは当然、付き人たちでさえも慌てる様子なくただただ見守る。
「久々の魔会だというのに、お前との絡みはもう飽きたな。五百年という長き時を経ても尚、お前は何一つとして変わってはいない」
「貴様は一体何が変わったと言うんだ?」
「いずれ分かるだろう」
アートのナメた態度に我慢の限界を迎えたシュクメが席から立ち上がろうとしたその時、空間全体に手のひらを重ね合わせた乾いた音が響き渡る。
「まっ、一先ず『魔会』を始めようぜ。せっかく作った料理が冷めちまうからよ。続きは飯を食いながらってことで」
ギムルの仲裁により、一先ず空気は切り替わった。そして、ユーラシアたちは見たこともないような料理が机へと並べられていく。
何を材料として使っているのかは定かではないが、肉料理や魚料理らしき皿が次々並べられていく。
そうして揃った数々の料理。
全体的に暖色系の皿は一皿もなく、そのほとんどが緑や青、紺といった寒色系で彩られている。
けれど料理から放たれる熱気により、空間に少し温かみが増す。
「ふむ。これは中々美味だな」
アートが頬を緩ますのは、水色の輝きを放つスープ。
「だろ? そいつは俺の世界から採れる空の恵みをいただいたもんだ。普通空って言ったら実体のないモノ想像するだろうが、俺の世界では、その空を食べることが出来ちまうんだよな」
ギムルは自慢げにアートを唸らせた食材について語り出す。
「んで、ずっと疑問なんだけどよ。どうしてお前、ずっと俺たちにタメ口きいてんだ?」
ギムルの一言により、またしても空気が一変。今度は緩和ではなく、空気が一瞬にして凍りつく。
「ウィレイやウィスはそこまで気にしてねぇみたいだが、シュクメはそのことに一番腹を立ててるんだと思うぜ。まぁ、さっきはお腹空きすぎて途中で止めちまったけどよ」
そう言うと、ギムルは目線でシュクメへと話の続きを代わるか? と問いかけるが、シュクメからは「続けろ」と、逆に返される。
「いいか? 勘違いさせてんなら悪いが、俺たちとお前は友達でも対等な立場でもない。あくまでもお前はまだ俺たちに試されてる側なんだよ」
「試すか・・・・・一体俺の何を試す?」
アートの反応に、分かりやすく眉を顰めるギムル。
「とぼけんなよ。その様子じゃ、俺たちの正体に大方予想がついてんじゃねぇのか?」
「ならば逆に問うが、なぜ俺が以前の俺と同じだと決めつける? 人間であると決めつける? 俺の世界の最高神が滅び、そして再び支配する時までそう時間はかからないだろう」
ギムルは腹を抱えて大声で笑う。
「アハッハッハッハッハッハッ——————本当、言うようになったじゃねぇかよ。それじゃあ、もう一つの疑問を片付けるとしよう」
ギムルの鋭い視線がユーラシアへと向けられる。
ユーラシアは、アートが敵になってしまう未来は既に覚悟していたため、今の発言にそう驚きはしなかったものの、それでも敵とならない未来はないのかと思考してしまった。
その思考に浸っていた数秒間の内で、気がつくと自分以外の全員の視線が自分へと向けられており、多少の驚きを見せる。
中でも圧倒的なカリスマ性を漂わせるギムルから向けられる怒りの込められた鋭い視線は、隣に立つオーレルが可愛く見えてしまうほどの恐怖。
「優———じゃなくてアート。お前が同席させてるその赤髪の付き人のことだが、そいつの服、俺とほぼ被ってんじゃねぇかよ!」
言われてみれば、マントの有無だけで、色合いとデザインがよく似てしまっている。
シュイランは決してギムルの本日『魔会』に着てくる衣装など知る由もなかったため、完璧なる偶然。偶然とは恐ろしいものだとは、まさにこのこと。
「おい、テメェ。黙ってないで何とか言えよ。何で、この俺と衣装被ってんだよ」
ギムルは立ち上がり、ゆっくりとユーラシアへと近づいていく。
「え、あっ、それは・・・・・これは、その、ボクが用意したものじゃなくて——————」
アストラル界でいくら精神的成長を遂げたと言っても、そんなこと関係ないほどの圧がギムルからは放たれている。
隣に立つオーレルは終始無表情だが、意図的にギムルとは視線を合わせないようにしているのは明白。
そうしてギムルがユーラシアの目の前へとやって来た時、ギムルはあることに気がつく。
「おい、アート」
「何だ?」
「こいつ、人間じゃねぇかよ。いくら付き人を同席させていいっつても、俺が招いてもない人間を招待させるってのはおかしいんじゃねぇか?」
「俺のことを観察していたのだろう。ならば知っているはずだ。ユーラシアの実力を」
ギムルは呆れたようにアートの発言を鼻で笑い飛ばす。
「ハッ、あんなの俺からすればガキの戯れ程度のことだ」
ギムルからすれば、ユーラシアの『竜王の咆哮』は子供の戯れと同程度。それほどギムルは異世界の絶対的な支配者であり、強者であるということ。
アートはギムルの発言に感心する。
「ユーラシアの咆哮を見てその感想を述べられるのは流石だが、どうやら知らないみたいだな」
「何がだよ」
「このユーラシアも、俺と同様に転生者だと言うことだ」
アートの発言を聞き、他の魔会メンバーたちもユーラシアへと興味の視線を向ける。
「かつてのユーラシアは竜そのものであり、世界を統べるただ一人の王であったのだ」
「なるほど。どうやら貴様はそのユーラシアとやらにご執心のようだ」
「つまりは、憧れていると、そういうことですねぇ」
「あ? 憧れだ? 分かってんのか、アート。世界を支配するってことは、そいつが邪魔になるってことだぜ? 憧れてんのに殺れんのかよ」
アートはおかしく、そして楽しそうに肩を上下させて笑みを浮かべる。
「フッフッフ——————だからこそだ。今日ユーラシアをこの場に連れて来たのは、いつまでも俺を味方だと思い込んでいるそのおめでたい思考を切り替えさせるためだ」
「——————アートくん」
「俺は俺の目的があり、別にお前たちに認めてほしいわけではないが、俺は既に目的を遂行するための下準備を済ませ、この場に来ている。俺はもうすぐ世界を統べる王となる。故にお前たちに敬語を使う必要などない」
「よく分かった」
ギムルが軽く微笑みを浮かべた直後、アートの手のひらとギムルの拳が交わる乾いた音が王級界に響き渡たる。
正しく驚愕。
それぞれの付き人たちはおろか、シュクメを始めとする魔会メンバー全員が席から立ち上がり、目の前の光景を凝視する。
ギムルの強さは、アートたちの世界で言うところの神人など鼻息一つで消せてしまうほどの実力であり、全ての創造主である最高神ですら相手にならないほど。
不動の世界の頂点たる存在。
それはシュクメ、ウィレイ、ウィスも同じだが、それでもギムルが一番なのである。
そんなギムルの拳を、本気でないとは言え、アートは受け止めて見せたのだ。
「やってくれんじゃねぇか。俺の拳を受け止めただけじゃなく、運動エネルギーをほぼゼロにしやがって——————ったく、つくづくお前は面白れぇ」
ギムルは嬉しそうに微笑むと自席へと戻って行く。
「それで、そいつをこの場に連れて来た目的は達せられたわけだが、別れの挨拶でもしとくか?」
ユーラシアの表情は険しく、強く悲しみを抱いたものとなっている。
王級界に漂う空気は、ユーラシアを除け者としている。
避けられない運命。それでもユーラシアは諦めたくない意思を抱く。
「アートくん・・・・・どうしても、ボクたちは敵にならなくちゃいけないのかな?」
「分かっていたはずだ。俺とお前の関係は、最高神という目的が共通していた上辺だけのものだったことを」
ユーラシアは神攻から皆を守りたいという意思。そのためには神を倒さなくてはならない。
そしてアートは、己を滅ぼした最高神への復讐。
異なる理由による利害の一致。故に二人は今までは協力関係にあっただけ。
しかし、アートによる最高神へ復讐するための下準備は既に整えられており、もう少しでユーラシアの役目も終わりを迎える。
「最初はそうだったかもしれないけど、ボクたちは友達になれたじゃないか! アートくん。ボクは君と戦いたくない・・・・・かつての君は魔王だったかもしれないけど、今は違うだろ?」
アートは呆れるでもなく、嘲笑うでもなく、ただただ優しい恋人へ向けるような笑みを浮かべ、背後にいるユーラシアへと体を向ける。
「ユーラシア。俺はかつて竜王だったお前に憧れていたんだ。そして今も憧れている」
それならば余計にアートが自分と敵対する理由が分からない。
「な、なら、どうして——————」
アートの表情は冷たく、鋭く変化する。
「憧れとは、最大の嫉妬だと言うことだ」
そう告げると、アートはユーラシアへの興味が失せたかのように視線を逸らし、前へと戻す。
「・・・・・全然意味わかんないよ。どうして、どうしてボクたちが争わなくちゃいけないんだ・・・・・」
「一つ忠告してやろう。この王級界は、多様な世界に隣接している。故に、時間の流れは一定ではなく様々だ。今、俺たちの世界では既に一週間ほどが経ったことだろう」
「何が言いたいの?」
「守りたいのだろう? ならば急いだ方がいいということだ。今し方『エルフの都』に脅威が訪れた。皆を救いたければ、この場から去れ」
『エルフの都』に勇者がいることは、今のアートならばとっくに気がついている。しかし、敢えてユーラシアの危機感を刺激する言い方をして見せた。
ユーラシアはアートと敵になりたくない感情と、大切な者を失いたくない感情との葛藤の結果、後者を選択する。
「オーレル。後のことはお前に任せる」
「承知しました」
ユーラシアはその後、アートへ一度も視線と言葉を向けることなく王級界からオーレルとともに姿を消したのだった。
「お前の本気は十分伝わって来たぜ。憧れた存在をああも傷つけられるとは、逆に感心した」
「今のは中々に愉快なショーだったな。本当にお前が俺たちと対等な存在になれたならば、その時は歓迎してやろう」
ギムルだけでなくシュクメまでも、アートの覚悟に心打たれた様子。
シュクメに関しては、つい先ほどまで殺意を向けていたのが嘘みたいな態度である。
「それじゃ、改めて『魔会』を始めるとしようか」
「悪いが、今回は俺も帰らせてもらう」
「あ? 何でだよ、連れねぇな」
「ユーラシアを出て行かせてから、俺の世界では十数分ほど経過した。王になるための仕上げをする時間だ」
一瞬気分を害したギムルだが、すぐに笑みが戻る。
「じゃあ次会うのは、お前が世界の王になった時だな。せいぜい楽しませてもらうぜ」
そしてアートも王級界を後にし、己の役目を全うしに行くのだった。