175話 魔会当日
魔会当日。
エルピスは久しぶりにユーラシアに構ってもらえることが嬉しくて、部屋中を駆け回っている。
アストラル界から戻る三日前までは、自分の修行で精一杯だったため、エルピスの相手をしてあげることがほとんどできなかった。
互いに交わすのは、おはよう。行って来ます。おかえり。おやすみ。基本的な挨拶のみ。
そのためアストラル界からユーラシアが戻って来てからの三日間は、ほぼ丸一日一緒にいる時間が続いていた。
アートからは特に何も言われておらず、言われているとすれば、本日の正午に王の間へ来いとのこと。
それまでは二人の時間を思い切り楽しむことにした。
ユーラシアは楽しそうに駆け回るエルピスの姿と、アストラル界を出る際のドラルドとの会話から、魔導祭でユキと戦った時のことを思い出していた。
正確には、ユキとの戦闘で無意識に感じた気になる出来事。
それは、死を悟らされた瞬間に頭へと過った真っ白な胴体と白銀の翼を持った一体の竜の存在。
エルピスとユーラシアは、血の契約を交わしており、エルピスがユーラシアへと向ける笑顔には「愛情」が込められている。
ユーラシアもエルピスをミラエラ、シェティーネと同じくらい大切な存在だと認識している。
そして、白銀の翼をした白色の竜がユーラシアへと向けていた笑顔にもまた、愛が込められているようにユーラシアは感じた。
竜はユーラシア以外は滅んでしまっているため、当然会ったことはない。ならば、竜王の時の記憶か?
そしてユキとの戦闘で過った時、ユーラシアはその存在に愛しさを感じた。
もしもそれが勘違いでないのならば——————
「ひょっとして、彼女はボクの——————」
そう言いかけた瞬間、部屋の扉が開かれ、ドラルドが姿を見せる。
「おはようございます」
「——————へ? あ、うん。おはようございます。ドラルドさん」
ユーラシアは急に我に返り、ドラルドを見つめる。
「何でしょう? 私の顔に何か付いていますか?」
「いや、その、アストラル界でボクにしてくれた質問のことなんですけど・・・・・」
なぜ突然ドラルドはユーラシアへあんな質問をしたのだろう。
もしかすると、何か知っているのではないのか。
そう思ったが、今彼女の正体や関係する何かを知っていたところで意味はないと判断したユーラシアは、言葉を呑み込む。
「ううん。やっぱり何でもないです」
「そうですか。それでは、もう少しでお時間ですので、行きましょうか」
「はい」
そしてユーラシアはシュイランの用意した赤い衣装に着替え、王の間へ。
オルタコアスでのお披露目式の時も赤い衣装だったが、あの時の色合いは赤と金であった上、司祭服のように足首ほどにまでスカートのようにヒラヒラとした布が降りていた衣装だった。しかし今回は、全体が赤黒く、下はズボンのようになっており、肩からはマントが付けられたワイルドな造りとなっている。
「似合ってるな。ユーラシア」
「ありがとう。アートくんも似合ってるね、かっこいいよ」
「当然だ」
ユーラシアとアートの衣装の見た目は似ているが、アートの衣装のメインは黒。そこへ様々な相乗効果を発揮する色が所々散りばめられている。
そしてオーレルの衣装のメインもまた黒であり、ボタンや淵などには金色の線が走らされている。その上、アートとユーラシアとは異なり、軍服のような片方の肩だけに白いマントが掛けられている。それは、オーレルの大剣によりマントが破れないようにするための対策。
「流石はシュイランだ。我のこの衣装も申し分ない」
オーレルもシュイランの衣装にはご満悦の様子。
「ありがとうございます。約五百年ぶりに全力で腕によりをかけた甲斐がありました」
シュイランも嬉しそうな表情をオーレル、アート、ユーラシアへと向ける。
王の間には既に十大魔人皆が集結しており、アートの横へと堂々と立つオーレル以外は、玉座に座るアートへと頭を垂れている。
そしてシュイランもその一員に加わった。
その中で一際目立つ者が二名ほど。
ユーリとモリィだ。
モリィがただただ無言でユーリの脇腹をひたすら突くというやり取りが行われていた。
「その辺にしておけ、モリィ」
突如オーレルに名前を呼ばれたモリィは体をビクつかせる。
「そいつは我の叱りも受けている。今回だけは見逃してやれ」
モリィは無言でユーリから手を引いた。
ユーリは一度ため息をついた後、オーレルへと軽く視線を向ける。
オーレルは無言で、『次はないぞ』と告げるのだった。
数分後、満月が浮かぶ天井の夜空の景色が黒一面に覆われる。
それが正しく、王級界への入り口。
「それでは行くぞ」
アートは席から立ち上がり、ユーラシアの腕を掴む。
「待っててね、エルピス」
ユーラシアは掴まれた腕とは反対の腕でエルピスの頭を撫でる。
次第にユーラシアとオーレルはアートに先導され宙へと浮かび、そうして王級界へと姿を消すのだった。