171話 自然界
自然界には地水火風の世界がそれぞれ存在している。
地の世界は、最高神が創造した惑星そのもののことであり、その一部が魔大陸と化し、今では暗黒大陸と呼ばれている。
水の世界は、正確には水のエネルギーではなく氷のエネルギーにより支配された世界。地上は全て氷山によって形造られ、天からは氷の雨が永遠と降り続けている。
火の世界は、炎よりも高温なマグマの海がどこまでも広がっている。
風の世界は、歪な岩山が聳え立つ地上と青空が存在しており、透明な風が不規則に四方八方吹き荒れている。
久しぶりに風の自然界へとやって来たユーリは、以前来た時と何ら変わっていない景色に感動すると同時に、宙に浮かんでいる先客を発見する。
「やぁ、こんなとこで何してるんだ?」
「私はただ、風と戯れているだけです。魔大陸はあんな見た目になってしまいましたし、落ち着ける場所は今ではここしかありません。なので、厄介な風くらい我慢してあげますよ」
なぜか上から目線の先客に対し、ユーリは呆れた様子で苦笑いをする。
「相変わらずの上から目線だな。モリィ」
十大魔人 無心のモリィ。
全身を包み込む漆黒の模様は、ドレスのような見た目と化し、頭にはウエディングベールのように薄らと透けて乗せられている。
「不満ですか?」
「いや、不満っていうか、我慢するくらいなら来なきゃいいだろ?」
「バカですね、醜穢は」
ユーリはあからさまに嫌悪感を示し、眉を顰める。
「自然界と呼ばれる火と水はリラックスとは程遠いい空間です。それに作った張本人は既にここにはいません。魔大陸もあのような姿では十分に落ち着くことはできません。何より一人になれる空間ではありませんからね。分かりましたか? 醜穢」
ユーリの目つきは睨みに変わり、モリィへと向けられる。
「その呼び方やめてくれるかい? 反吐が出そうなんだ」
「すみません」
案外あっさり謝罪の言葉が返されたことにより、抱いていた怒りの感情はどこへやら吹き飛んで行ってしまった。
「第一、わざわざ魔大陸を風の自然界にしてしまった貴方に、多少の不満をぶつけることの何がいけないのか、私には理解できません」
「それで言ったら、オーレルに文句を言ってるところは、一度も見たことがないけどな」
モリィは分かりやすくユーリから視線を逸らしそっぽを向く。
「はぁ、俺の調子をここまで狂わすことができるのは君くらいだ」
「ありがとうございます」
「褒めてない。まぁ、ごゆっくり〜」
背を向け、自然界を後にしようとしたユーリをモリィが呼び止める。
「貴方はその姿のまま、今後も一生生きていくつもりですか?」
「分かってるだろ? 俺が以前の醜い姿を嫌っていたこと。もう二度とあんな姿に戻りたくないんだ」
ユーリは下唇を血が出るほど強く噛み締め、かつての悔しさを思い出す。
「私は醜いなどと思ったことは一度もありませんよ」
ユーリは思わず振り返り、モリィの瞳をじっと見つめる。
彼女の瞳に嘘偽りの感情は浮かんではいなかった。元々無心と言われているため、そもそも本心かどうかなど分からないが、それでも嘘はついていないようにユーリには見えた。
「お、俺を揶揄うのもいい加減にしてくれよ」
「まぁ、何でもいいですが、自然界を創り出せるほどの力をみすみす逃すのは惜しいと思っただけです」
ユーリは、人間の皮を被ってしまったことで、魔族時代の本来の力の半分すら引き出すことができていない。
トロプタの実力は、あのオーレルに引けを取らないほど。
自然界とは、元々全てが魔大陸であった。
ある日起きたオーレルとトロプタの大喧嘩の影響で、次元が割れて喧嘩の影響をもろに受けてしまった空間のみ魔大陸から切り離されてしまった。
その喧嘩の代償で発生したトロプタの力である風のエネルギーと、オーレルの怪物並の怪力が創り出した地上を抉った岩山が風の自然界として誕生したのだ。
「そう思ってくれるのはありがたいけど、それで言ったら俺は彼に比べれば赤子レベルだぜ」
「あの者は竜王の息子です。比べる対象にすらなり得ません」
自然界の火と水の世界は、竜王の息子が魔大陸の一部を利用して創り出した世界であり、このことから炎と氷。二つの力を厄災級で操る存在だったことを知ることができる。
「けれど、その竜王と俺たちはそう遠くない未来では敵同士になる運命だ」
それを聞いたモリィは特に驚くことなく、無表情。
「やはり、薄々そうではないかと思ってはいました。魔王様がただ仲良しごっこをしているだけなはずがありません」
そう言うと、モリィはユーリへと手のひらを向け、この先の動きを制する行動を見せる。
「何、これ?」
「説明は不要です。いずれ魔王様からその本意を聞かせてもらえる時まで待つとします」
「俺はまだ何も言ってないけどね」
「言おうとはしていましたよね? 無心ですが、私は周囲に無関心ではありません」
ユーリは再び呆れたような薄ら笑みを浮かべると、両手を上げて降参の意思を示す。
「やっぱり君と話すと調子が狂う。まっ、今だけは存分にリラックスするといい——————再び俺たちの時代が訪れるその時までね」
ユーリはボソリと最後の言葉を言い終えると、ユーラシアとドラルドを待つことなく、魔王城へと戻って行くのだった。