169話 魔会への招待
五日後。
魔王城にて、アートが座る玉座の左右へ十大魔人の二名が佇む。
「オーレル」
「はい」
「三日後に魔会が開かれることになった。シュイランに正装の準備をするよう伝えておいてくれ」
「承知しました」
アートは軽くため息をつきながら、天井に佇む月を眺める。
「五百年以上ぶりか・・・・・奴らと言葉を交わすのは」
「失礼ながら魔王様。わだすは、魔会になんて行かなくていいと思うんだす」
「コヤムギ。己の立場を忘れたか?」
彼女は、不眠のコヤムギ。
常に眠そうにそしているその見た目から人類によってそう呼ばれるようになったのである。
そして今、オーレルの凄まじい眼力に睨まれ、コヤムギの目はパッチリと見開かれている。
「オーレル様、そうじゃないんだすよ!だから怒らないで聞いて欲しいんだす」
「いいだろう」
「ありがとうございます。わだす、許せないんだすよ。人魔戦争で、わだすたちのことを見捨てたあの人たちのことを——————」
「お前は何も分かってはいないんだな」
オーレルの胸元へとアートの腕が差し出され、言葉の続きはアートにより述べられる。
「魔会とは、人間で言うところの各国の王が集まる会合のようなもの。そこではたわいもない話が繰り広げられる。言うなれば王たちの息抜きの場だ」
魔会に出席するメンバーは、異世界において各々支配を収めた邪悪なる思想の持ち主たち。
「そして俺は、奴らの本質すら見抜けぬほどの弱者であった。どの時代、どの世界であっても、弱者は切り捨てられるべき存在。だが、今の俺は前の俺とは違う。そのことを見せつけるためにも今回の招待には応じる必要がある」
「・・・・・そう、だすか。余計なことを言ってしまってごめんなさいだす」
「よい」
「つきましては王よ。魔会への出席メンバーは既に決めておられるのですか?」
魔王を除けば最強の魔族たるオーレルは、いついかなる時でもその屈強な表情は崩さない。
しかし僅かに今だけは、多少の不安が垣間見える。
その不安の裏側には、魔会への同席を強く希望する思いが隠されているのだ。
魔会へ同席させてもらうということは、一応は魔王であるアートの付き人ということになる。
十大魔人最強の称号にかけて、王であるアートを守ることに尋常ならざる覚悟を抱いている。
「そうだな。オーレル。お前にはいつものことながら同席してもらうつもりだ」
「ハッ!」
オーレルは左胸に強く右拳を打ち付けると、軽く頭を下げる。
そしてそんなオーレルの口元には、僅かに笑みが浮かんでいるようにも見えた。
「そしてもう一人は、ユーラシアを連れて行こうと思っている」
「ユーラシアって、竜王の転生体とか言う人間のことだすか?」
「その通りだ。俺が魔王としてこの世を支配していた時代に奴は生きてはいなかった。ならば、この世には王が二人存在しているということになる」
オーレルは折っていた腰を更に低め、床へと膝を付く。
「お言葉失礼してもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「魔会で飛び交う話題は、己の野心を満たせたことによる自慢話と、それによる将来の展望などが大半。人間の味方である竜王がその話を聞けば、怒りの矛先が王へと向けられかねないのでは?」
アートはそんなオーレルの言葉など一切不安に思うことなく、むしろ微かな笑みを浮かべて見せる。
「仲良しごっこはもうじき終わる。このタイミングでユーラシアには真実に向き合ってもらわねばな」
「それで、その肝心の竜王は今どこだすか?」
魔王城はおろか、現在、魔大陸内にユーラシアらしき魔力反応は見当たらない。
「ドラルドの情報によると、三日ほど前にアストラル界へと向かったそうです」
「え? 魔王様から命じられたのは、第一等級の討伐だすよね?」
「五日前、あの後見事に魔怪獣ネビュラに勝利したとのこと。けれど、勝利したと言っても、魔力のみの戦闘ではない上に、ネビュラの逃亡による不戦勝」
「ほう。第一等級の魔怪獣が自らの意思で逃げ出したと?」
「そのように聞き及んでおります」
アートは興味深そうに笑みを浮かべる。
「その魔怪獣を追ってアストラル界へ行ったわけではないだろう」
「はい」
「アストラル界では常に世界のどの場所よりも多種多様な魔力が飛び交う。確かに今のユーラシアの育成場所としては納得のいく場所だ。だが、感情までも同時にコントロールできるようになられては、後々面倒が生じることになるな」
「それならば、今すぐにでも向かった方がよろしいかと。あそこは、こことは時間の流れが異なりますから」
「ふむ。そうだな。それじゃあ、お願いできるか?———コヤムギ」
まさか自分に矛先が向けられるなど予想していなかったコヤムギは、分かりやすく動揺を見せる。
「あっえっ、わだすだすか?」
「王の命だ。お前に任せる」
「もしかしたら、自然界の方にいるかも・・・ここは手分けして——————」
「頼んだぞ」
絶対的な強者二人から向けられる物言わせぬ圧に押され、コヤムギは渋々ユーラシアを迎えに行くことになったのだった。
「・・・・・はい」