168話 ユーラシア vs ネビュラ
始めに仕掛けたのはユーラシア。
持ち前の身体能力を活かし、素早く魔怪獣の周囲を移動。
ユキから学んだ攻撃戦法を利用し、魔力を練った斬撃を無数に飛ばしていく。
まるで豪雨の様に隙がなく、三百六十度ユーラシアから放たれる斬撃の猛威が魔怪獣を襲う。
しかし魔怪獣は諸共せずにその場で立ち尽くすのみ。
迫り来る斬撃のこと如くが魔怪獣の体をすり抜け、傷一つ負わすことはできない。
「本当に攻撃が効かないんだ・・・・・」
そしてユーラシアが一瞬動きを止めた瞬間、次は自分の番とでも言いたげに頭から順々に霧へと再び姿を変え、ユーラシアの視界を一面灰色で覆う。
視界が遮られた状態。音もなく突如右頬に衝撃が走った。
「ッ⁉︎」
次は右足、左腕、そして腹部へと、次々に繰り出される魔怪獣の猛攻。
「クッ!」
ユーラシアの表皮にこの程度で傷がつくことはないが、攻撃による音や匂いもなく、視界も遮られた状態。ただただユーラシアの体力のみが物理的にも精神的にも削られていく。
「どうしてボクの攻撃は当たらないのに、向こうの攻撃は当たるんだ?」
ユーラシアはここで一つあることに気がつく。
攻撃が自分に届いているということは、ひょっとして攻撃する瞬間を狙えば、こちらの攻撃も有効なのではないかと。
ユーラシアは『竜眼』を発動させ、僅かながらに周囲の霧に生じる歪みを見逃さず、ネビュラから放たれる攻撃に自身の拳を合わせる。
「よしっ!・・・・・けど——————」
ユーラシアは見事ネビュラから放たれる攻撃を己の拳で相殺することに成功。しかしそれは相殺ではなく、ユーラシアの拳がネビュラからの攻撃を受けたという現象。
ユーラシアは迫り来る攻撃に意識を集中させたからこそ、僅かに込められる魔力量の差と空間の歪みを捉えることができたが、ネビュラに何かダメージを与えられたわけではない。実際には振るったユーラシアの拳はただ単に空を切り、ネビュラからの攻撃のみがユーラシアの拳へと届いたのだ。
そもそも、ネビュラの実体は霧である故、攻撃する瞬間だとしてもネビュラ本体にダメージを物理的に与えることなど到底不可能。
ユーラシアは本能でそのことを悟った。
しかし状況が悪いのはネビュラも同様。
ユーラシアの『竜王完全体』は、魔法無効効果を持つため、そもそも魔力による攻撃が効かないのだ。
故にユーラシアの攻撃は効かなくとも、相手の攻撃もユーラシアには届かない。
ネビュラは、霧に宿る魔力で空気を操作し、魔力とともに空気砲のような攻撃を幾度となくユーラシアへと放っている。それはただの空気砲だと思うかもしれないが、ユキの『断罪の雨』に負けず劣らずの威力を宿す殺人技。『断罪の雨』と比較し、その範囲の狭さと数の少なさに差はあれど、その一撃は本来即死効果を有する。しかし、ユーラシアに対しては全くもって効果がない現状。
それだけならばまだいいが、ネビュラの真骨頂は、霧の中へ捕らえた獲物への精神干渉にある。
ネビュラは、魔孔や目、鼻、耳などから霧に宿る自身の魔力を相手の体内へと侵入させて神経系を蝕んでいくのだが、ユーラシアに限っては、そもそもの話、侵入すること自体が不可能。
こうなっては、両者とも相手に手も足も出ない状態が続いていた。
その状況で動きに変化を見せたのはネビュラ。
始めに見せた人型の状態へと己の姿を変化させる。
ネビュラの人型バージョンには、タイプが二つ存在する。
一つ目は、最初に見せた見せかけ倒しの見た目のみに変化を及ぼすパターン。
二つ目は、今現在のタイプ。見た目に何ら一つ目と比べて変化は見られないが、異なる点はその内側に存在する。
ネビュラは、霧に宿る己の魔力で周囲の空気を自由自在に操作することが可能。
それはつまり、周囲の物体・物質なども操作することができるということ。限界は当然存在するが、主にネビュラが人型となるために操るのは、空気中に含まれるダニやカビ、細菌やクズなどの埃となるハウスダスト。
それらを霧に存在する水滴一つ一つと魔力により結合させ人型化することで、物理的に干渉可能な肉体を作り出すことを可能としている。
肉体の強度は、取り込むハウスダストの量や素材によって変化する。
そしてここ魔大陸では、地に存在する砂も同様に結合させることが可能なため、更に硬度な肉体を作り上げることができるのだ。
そうして音もなくユーラシアの背後へと回り込んだネビュラ。
脳天へと振るわれるネビュラの鎌は、まるで豆腐のように岩をも切り裂き、海を切り裂く。
そんな脅威がユーラシアへと一瞬にして迫り来る。
カキンッと、鼓膜を痛く振動する金属音が奏でられる。
その瞬間、ネビュラの振り下ろしたはずの鎌は、ユーラシアが頭上へと差し出した右腕により弾き返されていた。
ネビュラは言葉を発しない。けれど感情がないわけではない。
これまで外部の存在と戦う機会など全くなかったネビュラにとって、外部から来た人間との戦闘は、よい経験となるはずだった。しかしそれは、その最初の相手がユーラシアではなかったらの話。
自らの攻撃のこと如くが意味を成さず、奥の手を見せた挙句、尚通じない現状。
この瞬間、ネビュラの戦意は完全に折れたと言っても過言ではない。
ユーラシアの『竜王完全体』はユーラシアの成長とともに日に日に成長していく。肉体の強さは物理的なことだけでなく、精神の成長でも変化を及ぼす。
これまでユーラシアは、コキュートスやカリュオス以降も数々の強者と渡り合って来た。
その経験が精神の成長、肉体の成長の糧となり、結果的に『竜王』の力の成長を促すこととなった。
先ほどのオーレルは次元を逸する強さを持っていたが、第一等級ネビュラに関しては、今のユーラシアの強さでも十分に通用する強さ。
オーレルとアートはユーラシアの成長速度を見誤っていた。
これまでは敵があまりにも強大すぎたためにユーラシアの力が見劣りしてしまう場面が多かったというだけであり、今も止まらずものすごい勢いで成長している。そして、そう遠くない未来、ユーラシアは制限を背負うことなく自らの力を制御し、神人すら軽く超えてしまうほどの存在となっていくだろう。
ユーラシアはネビュラが人型へと姿を変えた瞬間、その鋭利な爪へと視線を誘導されてしまう。
ユーラシアの体の半分ほどあるその長い爪は、ユーラシアが多少の恐怖心を抱くのには十分な迫力があった。
自分の攻撃は当たらず、相手の攻撃は自分へと届く。
その固定概念を植え付けられたまま、気がつくとネビュラは目の前から姿を眩ませ、ユーラシアの背後へと回り込んだ。
そして振るわれる殺意。
ユーラシアは咄嗟に防御態勢へと入るが、瞬時にそれがミスだったのではないかと悟る。
(もしもボクの防御をすり抜けて、相手の攻撃が届いちゃったら・・・・・? いや、絶対そうだ!まずい!早く逃げなくちゃ——————)
しかし、頭上へと持ち上げた右腕とネビュラから振り下ろされた鎌が音を立ててぶつかり合う。
「え?」
振り返ると、ネビュラは弾かれた鎌を地へと下ろし、全身を脱力させる。
それを隙だと勘違いしたユーラシアは、竜の力が宿る拳を一瞬にして幾度となくネビュラへと撃ち込んだ。
直後、ネビュラの体は弾け飛び、再び灰色の霧へと変化する。
その後、ユーラシアへと再び攻撃が飛んでくることはなく、霧はそのままどこかへと去って行ってしまった。
「アートくんからは、魔力だけで倒せって言われてたけど、流石に今のままじゃきつかった・・・・・」
遠方へと逃げていく霧を目で追いかけるユーラシアの目の前へと、ドラルドとユーリが姿を見せる。
「魔孔を開いて一週間も経たない内に、第一等級をあそこまで追い詰めることができれば上出来ですよ」
「それにしてもまさか向こうから逃げてくなんてね。進化したんだか、退化したんだか、分からないな」
「それでは、明日以降も頼みますよ」
「頼む?」
「頑張りましょうと言う意味です」
ドラルドはそう言うと背を向け、魔王城へと歩き出すのだった。