165話 魔怪獣とは?
翌日。
広々と開けた光沢のある漆黒色に染められた一室。
部屋の中央に置かれたベッドの上で目覚めたユーラシアの視界へと飛び込んで来たのは、漆黒に塗りつぶされた竜の顔。
「っ⁉︎」
「目覚めたようですね」
ドラルドは巨体ながらも器用な手つきで飲み物を器へと注ぎ、目覚めたユーラシアの下へ運ぶ。
「あ、ありがとうございます」
「敬愛する魔王様の尊敬する存在ならば、このようなこと造作もありません」
「やぁ、調子はどうだい? ユーラシアくん」
「ユーリさん・・・・・ここは?」
「ここは魔王様の寝室です。いえ、そうであった場所です」
「そゆこと。うん、調子も大分良さそうだし問題ないね。流石は魔大陸。あれほどの消耗をたった一日程度で回復させるなんてね」
意識を失うほどの消耗と蓄積ダメージ。普通ならば数日間目覚めなくても不思議ではない。
けれどもこの魔大陸では魔力不足に陥ることは絶対にない。尚且つ、ユーラシアの表皮は魔怪獣でさえ傷を付けることができていなかったため、一日休めば完全回復するのにも納得がいく。
「そう驚くことでもないでしょ? まぁ第三等級とはいえ、魔孔開いてたったの三日であれだけの数を魔力のみで蹴散らしたのには驚かされたけどね」
「ええ、竜王としての本来の魔力をほとんど発揮し切れずにあれほどまでの強さ。流石としか言いようがありません」
そう言うと、まだ先ほど渡された飲み物がカップに残っているにも関わらず、別のカップをドラルドから渡される。
「先ほどのものは体を温めるミルクです。こちらは、【魔力草】というものです。それをお茶で薄めたものになります」
【魔力草】・・・それは、ダンジョンや魔力の濃い場所にならばどこにでも生えている見た目はごく普通の雑草。けれど、その場に満ちる魔力を吸収し育っているため、魔力の不安定な魔物などはその場の環境に体を適応させるために魔力草を餌とする個体も存在する。
魔力草は、摂取した者の全身へと、内包する魔力を隅々まで行き渡らせるという効果を持つため、今のユーラシアが摂取すれば、既に内に宿る魔大陸の魔力との相乗効果で、より一層細胞一つ一つに魔力を定着させることができ、安定する。
「すごい! 剣化の呼吸で魔力を行き渡らせる感覚の何倍も濃い感覚で全身の細胞に魔力が染み渡るのを感じる・・・」
ドラルドは少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべて再びユーラシアへとその大きな背中を向ける。
「ユーリさん。いくつか気になることがあるんですけど、いいですか?」
「何でも聞いてくれ」
「さっき言っていた第三等級って何なんですか?」
「えっと・・・・・それは、あれだよあれ」
ユーリは魔怪獣に関する情報をほとんど知らない。
すると、見かねたドラルドが説明を始める。
「魔怪獣の強さを表す指標みたいなものです」
魔怪獣には三から一までの等級が存在し、一番強いとされるのが第一等級。
第三等級の強さを分かりやすく説明すると、剣聖魔カリュオスと同程度の強さ。体の構造や知識量、学習能力などの差はあれど、実際に一対一で戦わせた場合、勝敗がどちらに転ぶのかは分からない。
そして魔怪獣の第一等級は全て人型。しかし、全てに共通するのは意思疎通が取れない点。
本来ならば魔物よりも魔怪獣の方が知識は数段上がる。しかし、剣聖魔やドラゴニュートといった例外もたまに存在している。
では、そもそもの魔物の定義とは何か?
魔法生物と比較し、述べていく。
魔物とは、身を構成するあらゆる組織(血や肉)が魔力により作られているということ。
魔法生物とは、人のように魔力を内包するための物質的な肉体を持っている。しかし、レプラコーンのように、本体は霊体として実体のない妖精も魔法生物として分類される。
つまり、魔物と魔法生物との大きな点は、魔法の是非。魔法を扱えるか、それとも魔力そのものを扱うかにあると言える。魔物は後者、魔法生物は前者である。
その点、物質的な肉体を持ち、魔法を扱えないエルフは、そのどちらにも属さない種族となる。
また、精霊は自然現象として扱われるため、エルフ同様にどちらにも属さない。
つまるところ、人類も魔法生物の一種と言えよう。
しかし魔人は、魔人化の魔法により魔王因子を宿した者たちを称する名であるため、また別の分類になる。
「魔怪獣は魔物の何倍もの魔力を宿していて、第一等級に関しては、私たち十大魔人に匹敵するほどの魔力量を宿しています」
「なるほど〜」
魔怪獣とは、ユーリが魔大陸から姿を消した後に誕生し始めた新種の個体。
「ちなみに私たち十大魔人は、一人一人がエルフをも上回る魔力量です。魔王様に憧れを抱かれている貴方ならば、魔王様に与えられた試練を乗り越えられると信じていますよ」
「はい。絶対に乗り越えてみせます!」
この試練は、ユーラシア自身のための試練。
ユーラシアは覚悟を宿した熱き瞳でドラルドの大きな背中へと視線を向ける。
そしてその視線はそのまま自身の隣に座るユーリへと移され、僅かに怒りの感情が含まれる。
「——————ユーリさん。貴方は一体何者ですか?」
ユーラシアは魔大陸へやって来た初日、目覚めてすぐにバランに連行されてしまったために、ユーリと一切会話ができていない。
そのため、十大魔人と呼ばれる者たちの中にユーリがいたことが疑問でしかない。
「俺はユーラシアくんが思っている通り、十大魔人の一人だよ。言っちゃえば魔族だね」
魔王の転生体であるアートと和解しているユーラシアにとって、体験していない人魔戦争など、怒りを抱く理由にはならない。
今ユーラシアの中にある怒りの正体。
それは——————
「フェンメルさんへの思いは嘘だったってこと?」
兄と慕った存在。そしてその存在を大切に思う気持ちを共感できたユーリの気持ちが嘘だったかもしれないという怒り。
「私は、失礼しますね」
「いいや、君にも関係のあることだよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「——————ユーラシアくん。一つだけ言ってあげられることは、俺がフェンメルを友だと思っていた気持ちに嘘偽りは一切なかったってこと」
ユーラシアのユーリへ向けられる鋭い目つきに変化はない。
「そんな怖い顔しないでくれない? フェンメルから君の話を聞いた時に抱いた嬉しさも本当だし、君がフェンメルに抱く思いを知って嬉しく思ったのも本当のことさ」
続けられたユーリの言葉を聞き、ようやくユーラシアの目つきが元へと戻る。
「それなら、よかったです。疑ってごめんなさい」
「いいってことよ。そうだ、少しだけドラルドと二人きりにさせてくれないかな? その後で特訓を始めるとしよう」
「分かりました」
ユーラシアはベッドから降りると、多少二人のことを気にした様子でその場から去って行った。
「それでは聞かせてもらいましょうか。先ほど出て来たそのフェンメルという名の者が、どう私に関係しているのかを」
「君にって言うよりも、君たちに関係していることだよ」
そう言うと、ユーリは薄らと笑みを浮かべた。
「教えてあげよう。俺たちの道しるべであるこれまでとこれからのことを」