162話 友という存在
その後は自然と城内へと市民や学園の生徒たちも戻り始め、この場に残ったのは、勇者とユキ、ミラエラ。そしてもう一人、シェティーネ。
シェティーネはただその場で立ち尽くし、気まずそうにユキを見る。
勇気を出して話し出せないでいる。
そしてそんなシェティーネの様子を見かねたユキは、敢えてエルナスから受けたダメージを残したまま、自らシェティーネの下へと歩み寄っていく。
「其方もわらわを罵倒するか?」
「・・・・・そんなことをしても意味なんてないわ。そんなことをしても、貴方のせいで死んでしまった人たちは生き返らないもの。それに、ユーラシアくんだって・・・・・」
「そうか、そうであったな。其方はあやつに惚れておったな」
シェティーネは一瞬動揺した様子で無意識に足元へと向けていた視線を前へ向けるが、ユキと視線を合わせようとはしない。
負ってしまった心のダメージは相当なもの。本来なら、起き上がることすら困難なストレスを抱えた状態。
しかし、ユキの言葉を聞き、向き合わなければならないと思ったからこそ、この場に残ったわけだが、いざ向き合うと、今のシェティーネでは上手く思いが伝えられない。
「けれど、今はわらわたちの話をしよう」
シェティーネとユキの視線が交わる。
「先に言っておくが、これから言うことに一切嘘偽りはない。聞いてくれるか? シェティーネさん」
再度逃げようとしていたシェティーネの視線をユキは逃さない。
「わらわが其方のことを友だと思っていた気持ちは本物。其方たちと学園の生徒として過ごした数ヶ月間は、わらわにとって幸せと感じるに値する日々であった。それと同時に辛くもあったのだ。常に思考の中心にあるのは人類の滅亡——————勇者とともに己の運命と向き合ってゆく覚悟を決めた時、其方の存在も同時にわらわの脳内へと思い浮かんだのだ」
「———ユキ?」
シェティーネは目の前で自分へと頭を下げるユキの姿に驚き、目を見開く。
「すまなかった。其方たちを騙し、そして其方を侮辱したこと」
人類の命を奪ってしまったことは、謝罪などで許されることではない。どんなことをしたとしても許されざる罪。
そして、シェティーネにしてしまったことも、決して謝罪などで許されることでないことはユキとて理解している。しかし、謝らなければならないと思った。言葉という暴力で一時でも友として心を許した存在を傷つけてしまったから。
いつからシェティーネの存在がユキにとって友人になっていたかは分からない。
魔導祭前、最後に会話を交わしたあの時には、既にユキの中でシェティーネは友達だったのだ。
この謝罪が受けられないのは当然だ。
ユキが長々と頭を下げているのは、決してシェティーネに寄り添ってもらいたからではない。自分の気持ちを理解して欲しいからではない。
既に友人ではなくなってしまったシェティーネだが、記憶の中のシェティーネに対する別れの挨拶でもあるのだ。
もう、友の関係には戻れない。
「顔上げてちょうだい」
見上げるシェティーネの顔には、悲しさで満たされていた先ほどとは僅かに異なり、なぜか笑みが浮かんでいた。
「私はとても悲しかったわ。貴方の正体に気がついてしまった時。貴方がこれからしようとしていることに気づいてしまった時。そして、貴方の友達になれなかったのだと知った時」
すると直後、ユキの小さな体は全身がシェティーネの温かな体温に包まれる。
「けれどそうじゃなかったのね。確かに貴方のしてしまった罪は消せないし、歩んできた過去は変えられない。それでも貴方は、私を友達だと言ってくれるのね」
「こ、これは一体何のつもりじゃ⁉︎」
「貴方は人間として生きていきたいと言ったわ。だから私は、貴方のことを受け入れようと思う」
「——————よいのか? わらわは数えきれない命を奪い、其方を傷つけたのだぞ?」
「分かっていたらどうとかいう話ではないけれど、私はあの時、貴方の友達になれなかったことを悲しく思ったわ。けれど、私のことを友達だと思ってくれていた貴方にとって、あまりに失礼だったわ」
「だからわらわのしてきたことがなしになるわけでは——————」
「なるわけないじゃない!」
シェティーネは勢いよくユキの背中に回していた両腕を肩へと移動させ、体から遠ざける。
あまりの返しのキレのよさにユキは面食らい黙り込んでしまう。
「どんな人たちだって、他人のことを全て理解するなんて不可能だわ。だけどね、これからは少しでもお互いのことを理解できるように努力していかない? そして、信頼して助け合える関係になっていきたいと私は思う」
微かにユキの瞳に涙が浮かぶ。
「・・・・・私と、友達になってくれないかしら?」
ユキは、シェティーネから差し出された両手を握り返す。
「——————感謝する」
「違うわよ」
「え?・・・・・そうであったな——————こちらこそよろしく。シェティーネさん」
「ええ、よろしく」
こうしてシェティーネとユキは、本当の意味で友人になるための第一歩を踏み出せたのだった。