159話 神の決断
我は自らが創造した世界のため、人類のために人類を滅ぼそうとしました。
その方が世界にとっても、人類にとっても最善だと思ったからです。
そんな我の考えは間違っていたのでしょうか?
そう考えさせられるほど、我ですら従わせることのできない運命は、何度も人類の味方をするのです。
まるで、人類を滅ぼすことを許さないとでも言うように・・・・・
我はかつて三人の神人を誕生させました。
『原初』と呼ばれる一人目の神人には、「アクエリアス」の名を与え——————
対人魔暦を終え、解放暦に突入した人類は争いを始めてしまいました。なので、辛くも殺人を命じてしまったアクエリアスの助けとなればと思い、魔王のペットの人喰い魔獣であったマンティコアの内に抱く復讐心を利用して、神の力と「ネメシス」の名を与え——————
最後に、巫女として祭り上げられていた人の子に「フローラ」の名を与えました。
フローラは、人の身でありながら唯一神の力を感じることのできる存在であったため、巫女の運命から救われたい意思を我へと向けて来たのです。
我が名を与えた神人三名は、我にとって大切な存在です。
故に、アクエリアスが望むのであれば、勇者ともう一度家族になることを許そうと思いました。
アクエリアスは、異世界から来た転移者です。
我が転移させたというよりは、元々アクエリアスがいた世界の最高神が、辛き運命を背負わされてしまった世界からユキを解き放つ選択をしたのがきっかけで、我の世界へと送られて来たのです。
世界とは我が持つ世界の他にも多数存在し、その世界での最も高位の神たる存在を「最高神」と呼ぶのです。
そしてそれぞれの世界には、必ず生命が暮らす惑星が存在します。
我ら最高神は惑星を創造し、自らの世界を作って行くのですが、基準となる変化前の世界に何か新たなモノを創造したとすれば、そこには次元の歪みが生じることとなるのです。
そしてその歪みは、時として異世界にすら干渉してしまうほどなのですが、我が異世界に存在する「地球」という惑星を真似て創造した惑星は、足場となる土地と環境を育てる魔力のみ創造したため、そこに生命が誕生して環境がある程度育って行くまでには、惑星の存在が世界へと定着したために生じた次元の歪みは消え失せていました。
けれど、歪みが消失する間に何名かの異世界人が強制的にこの世界へと飛ばされてしまったため、他の最高神たちの許可を得て我の世界にも人類が暮らす惑星を創ったのですが、借りを作ることとなってしまいました。
そのため、柊 雪なる少女を受け入れる際には、我は文句の一つも言えませんでした。
正直に言うと、転生ではなく、転移させるという条件を突きつけられていたため、あまりよくは思いませんでしたが。
そしてその後、勇者を作りだすためには、地上の魔力に染まっていない純粋な存在を必要としたため、再度異世界の最高神に借りを作る形となってしまいます。その存在にかつて雪の家族であった新庄 政宗と石上 日向を選んだのは、我の中に雪に対する情なるものが生じてしまったからに他なりません。
そしていつしか、我の手から離れる時が来ることを予知していました。
それがまさか、人類を滅ぼそうとしている時とは思いませんでした。
しかし、これもまた運命・・・・・ということなのでしょう。
本人は覚えていないでしょうが、アクエリアスは柊 雪だった頃の夢を見ました。
それは、例え記憶がなくとも、心が記憶を求めている証拠でもあります。
故に我は決断を下しましょう。
次また人類へと運命が傾くようであれば、我は人類滅亡から手を引くと——————。
だからこそ、我の力を存分に使うことのできる繋がりを神人との間に生じさせ、アクエリアスを勇者の下へと送り出しました。
結果、アクエリアスは雪として我ではなく勇者を選び、アクエリアスに娘を殺された男が憎しみの連鎖を断ち切り、憎き相手であるはずのアクエリアスを受け入れる姿を見せつけられてしまったのです。
確かに人間の欲望は争いを生みます。これから先もその惨めさは決して消えることはないでしょう。けれど、人とはそうして育み合っていくことで幸せを作り出すことのできる生命であると思い知らされました。
我は異世界に憧れ、人の暮らせる地を誕生させようと考え、思い通りにならないからと滅ぼそうとしていたのですね。
これでは・・・・・悪しき存在である邪神と同じではありませんか。
やめましょう。
世界は我のモノである前に、世界に存在する生命のモノなのです。
最高神は自らの膝元へとバーベルドを呼び出す。
そして伝える神攻の終了を。
「何故ですか⁉︎」
『勝手ながら人類の行く末を守ってみたくなりました』
誰よりも人類の滅亡を望んでいた最高神から突然飛び出した理解不能な発言に、バーベルドは分かりやすく気分を害す。
普段なら、最高神を絶対的な存在として崇める心を持ち接していたが、最高神と言えどもその身勝手な振る舞いに、魔王に対して抱いた感情と同様の感情を抱いている。
それは、裏切られたことによる怒り。
「俺の復讐は、どうなるんです?」
『貴方の魔王に向けるその復讐心まで我が止めることはできないでしょう。そしてその必要もありません。ですがその結果、人類へと被害が出てしまうことになるのであれば別ですが、魔王もネメシス同様に、我へとかつて己を滅ぼした復讐の怒りを燃やしていることでしょう』
人類に感情を与えたのは最高神。
抱かれる全ての感情を制御、理解することなどできないが、理解できるものもある。
そして魔王も人間同様に欲望を抱く生命。故に、それに付随する感情が抱かれるのは至極当然のこと。
だからこそ最高神は、己へと向けられる魔王の怒りの感情を理解することができるのだ。
『貴方はこれまで通り、我の側に仕え、我を支えてください』
それは、向けられる魔王の刃から守ってほしいという最高神の合図でもある。
けれどバーベルドの内には、拭えない気持ち悪さがどよめいていた。
「アクエリアスは、どうしたんですか?」
『貴方が元は魔族だったように、アクエリアスは元は人間です。そして勇者の家族でした。故に、アクエリアスは柊 雪として、勇者と共に過ごしていくことを選んだのです』
「その選択を許したんですか? んなの明らかな裏切り行為じゃないですか!」
『確かにネメシスの名を持つ貴方にはそう映ってしまいますよね。だからこそ怒りを抱くのも理解できます。ですが、アクエリアスの選択は我の意思でもあります。共に見守ってはくれませんか?』
バーベルド自身の目的は、魔王への復讐。
例え人類への侵攻をやめても、魔王への復讐心は止められない。
それに、ユキの裏切りも最高神の意思となれば、怒りを燃やす理由にはならない。
故にバーベルドが最高神へと向ける怒りの理由などないはず。
けれど強まる怒りと理性の矛盾。
頭では怒りを抱く理由などないと知れど、感情が理性の邪魔をして怒りを燃やす。
理由は明白。
バーベルドの中に神の力が宿り、かつて魔族だった頃とは姿、思考が変わっても、その本能は変えられないということ。
魔族は、皆が魔王の因子を取り込んだ支配欲の塊。
その中でも魔族時代にマンティコアであったバーベルドは、特に人間の血肉を求めて行動した。
その時の記憶は今でも鮮明に覚えており、本能も潜在的に無意識の空間で記憶している。
だからこそ、ユキとは異なりバーベルドは神人となった今でも人類を滅ぼすことで愉悦を味わっていた。
確かに魔王への復讐は悲願。
だが、自身から生き甲斐とも言える殺人を奪うなど裏切りだ。
神人として生まれ変わった時から、神攻は始まっていた。
それが日常であり、生き甲斐であり、喜びだった。
しかし、神人となった以上、最高神は逆らうことのできない絶対的な存在。
己の内に宿る神の力が最高神への敬愛の感情を抱かせていると言ってもいいほどに。
故に、ユキが神人でありながらも最高神ではなく勇者を選んだことにかなりの衝撃を受けさせられた。
残されたバーベルドは一人静かに最高神の膝元から姿を消し、己の内なる感情と意思と向き合う時間を要するのだった。